17話 初めての戦闘
いきなり荒くれ者の光太に襲われた冬馬だったが……
光太の突き出した右手が冬馬に到達した瞬間に霊気の飛散による閃光が迸り、周りにいた者は一瞬目が眩んでしまった。
だが、辺りに飛散した光はすぐに収束した。舞い上がった砂埃も微風に運ばれて少しずつ消えていく。
やがて視界が回復していき、そこに見えてきたものは……。
「冬馬! ……う、嘘やろ!?」
準が見たものとは――
光太の突き出した拳が冬馬の目の前で止まっていた。
いや、冬馬が止めていたのだ。
冬馬は光太の繰り出した右ストレートに吹っ飛ばされずに立ったまま耐えていた。顔の前で腕をクロスさせて防いでいたのである。
「なんで!? なんで防御出来たんや!? 身体強化もしてへんのに!」
傍から見れば体が光っていない冬馬が身体強化をしていないと思うのは当然である。現に攻撃した光太も見ていた勇一も状況を呑み込めていない。
しかしこの男は違った。陰陽師である泰典は理解しているようで、すぐさま準に解説を入れる。
「いや、違うな。身体強化はしている。よく見ろ、体が霊気に包まれているだろ」
泰典にそう言われて、準はもう一度冬馬の体を見た。泰典の作った照明弾と光太の体の光でわかりにくかっただけで、泰典の言う通り冬馬の体は薄暗くぼんやりと光っていたのだ。
「ホンマや……! そうか、夜でもここが明るいから気付かんかったんか!」
気付かないのも当然で、光っているというよりも消えかけている光のような暗い印象である。
実は光太が近付いて来た瞬間、冬馬は瞬時に霊気で身体強化をしていた。この時、裏山で悪霊と戦っていた時のことを思い出したのだ。霊気を使うということは、悪霊を相手にしている時と同じようにすれば良いのではないか。そう思った冬馬はいつものように“お願い”したのである。
冬馬は裏山で悪霊と戦う時はいつもそうしていた。その頃は霊気とか身体強化の術とか、ましてや唱言などといった言霊も当然知る由もない。夜に裏山に入ると、自然と力が体に集まって来る感覚だった。その集まって来た力にお願いをするように心の中で念じていたのだ。そうすることによって、それなりに上手く力をコントロール出来るようになったのだ。それからはずっとこのスタイルで悪霊と戦っていた。
自然と身体強化をする術を身に付けていたのである。
「なんだこの光は!? み、見たことねえぞ……。何者だ、お前は!」
そんな冬馬の事など知らない光太は、どうも現実を受け入れられない様子である。恐らく彼の思い描いていたイメージと大きく懸け離れていたのだろう。完全に体が固まってしまい、思考回路も停止しているようである。
だが光太がそんな状況で冬馬の顔をまじまじと見ている時、冬馬の頭の中はというと、光太とは好対照だった。
(そういや“何者だ”って時代劇みたいなセリフ、さっきも聞いたっけ。生まれて初めて言われた言葉を、まさか同じ日に二回も聞くなんてなんか変。あっ、実はこの人たちって昔の人だったりして)
冬馬はそんなどうでもいいようなことを考えながら、光太の顔を見ていたのだ。
そうとは知らず、光太はまるで未知の生物でも見たかのような反応である。
ハッと我に返った光太は、前傾だった体を次第に後ろへ引いている右足に重心を移す。そして冬馬の動きを警戒するようにじりじりと後退ると、そのまま後方へサッと飛び退いて距離を取った。
その一部始終をただじっと見ていた勇一の顔は、眉間にしわを寄せて難しい顔つきになっている。
そして、それは準も同じであった。口を大きく開けて未だに信じられないといった顔をしていた。
「俺もあんなん見たこと無い。……あっ! まだ守護師やないし、体が覚醒したばっかりやから光が弱いんか!」
「それも違うな」
泰典も初めは驚いていたが、なぜか嬉しそうな顔になり準の推測を真っ向から否定した。
「確かにそれは目覚めたばかりの者にはよくある話だ。だが違う。あの光は色で言えば、“黒”だ。だから発光具合も暗くてわかりづらいだけだ。だがこれで彼が二之丸家の血筋ということがはっきりした。あれはつまり、水気の黒だ」
「水気の黒やって!? 黒……! そういうことか! 黒い身体強化なんて初めて見たから気付かんかったんか。二之丸家は黒の始祖家、つまりは水気の使い手っちゅうことか!」
準の声が更に大きくなっている。それだけ冬馬の正体が明らかになっていくことに興奮しているようだ。それは泰典も同じのようで、口調が饒舌になっていく。
泰典によれば、名家の両主四従の六家は五気の始祖家に当たるという。両主の二家が土気、そして四従がそれぞれ、木気、水気、火気、金気の祖として受け継がれているという。
「だが今は水気属性だけがいない状態だ。水気系統の二之丸家とその下の二家が不在だからな。だが、彼が現れたことで水気系統が紡がれるんだ。そして――」
「五気属性が揃うことによって、五気のバランスが保たれるっちゅうことやな!」
「ちゅう……、そういうことだ」
満足そうな顔で泰典が頷いて光太と勇一の二人に目を向けると、未だ冬馬を呆然と眺めていた。
「……? あいつらはまだ気づいてへんのか」
準が泰典に顔を近付けて小声で囁いた。顔を近付けなくても十分聞こえるほど大きな声量なのだが、本人は至って真面目である。
「すでに俺の周りに結界術を施している。こちらの喋っている声は向こうに聞こえないから心配するな」
「いつの間に! さすが、打つ手が早いな」
「それよりも今は彼等を無闇に刺激しないことだ。名家の二之丸家と知ったら、また面倒なことになりそうだからな。隠しておいた方が良いだろう」
「了解や。あいつらはホンマ何するかわからんからな。美姫さんの雷が落ちる前に早いこと冬馬を連れていかんと」
「それが賢明だ」
「よしっ! 俺が何とか止めてみるわ」
準は泰典に向かってニヤッと笑ってから冬馬に駆け寄っていった。
「ふーむ……。それにしても名家の連中は近くにいるのに、どうして誰も来ないんだ。これも何かあるのか……」
泰典は準には聞こえないような声でボソッと呟いた。何か思い当たる事でもあるのだろうか。
準は冬馬に「大丈夫か?」と声を掛けて横に並んだ。意外と落ち着いた表情の冬馬を見て、準は安心したのか「あー、良かったー」と零した。
「ごめん、なんか腹立っちゃって。友達のこと悪く言われると、やっぱり気分悪いよ」
「友達って、お前なあ……」
恐らく準は「今日会ったばっかりやのに」と言い掛けたのかもしれない。だが何も言わなかった。代わりにどこか嬉しそうな顔で「ハハハッ」と笑顔で返した。
そして冬馬もまた感じていた。準とは出会って間もないのだが、馬が合うというか、昔からの友達のような親近感が大きくなっていた。だから準が悪く言われて無性に腹が立ったのだ。
冬馬は同じように笑顔で「へへへ」と返した。
「それよりお前、戦うたことあんのか? 身体強化はしてるようやけど、どこまで出来んねんな」
「悪霊っていうやつとは経験あるけど、人と戦うのは初めてだよ。でも赤い髪の人は戦うってよりも、なんか遊んでるって感じだけどね」
冬馬は光太と勇一をもう一度見た。そこには怖い顔した光太と、難しい顔の勇一がこちらをじっと見つめていた。
「ねえ、準が勝ったこと無いってことは、あの二人ってやっぱ強いの?」
「結構気にしてるんやけど容赦ないな、お前は」
準は苦笑しているが、怒っている訳ではなさそうである。準は冬馬の性格を何となくわかり始めているのだろう。半ば呆れ顔に近い表情である。
「あ、ごめん。そういうつもりで言ったんじゃ――」
「ああ、別にかまへん。勝ったこと無いんはホンマのことやしな。でも正直に言うたら、“あいつらには手を出すな”って、主の美姫さんから言われてるんや。あいつらが在野って理由もあるけど、実力はかなりのもんや。それにあいつらは他の在野連中を仕切ってるっていう側面もあるから、下手に手を出すとややこしいんや」
「そっか……。じゃあ何とかして、やり過ごした方が良いって事だね」
「簡単に出来たら苦労せえへんけどな。あいつらは手加減とか知らん、ただのアホやからな」
光太と勇一を見て、準は大きく溜息を吐いた。それほど厄介な相手と遭遇してしまったということだろう。手を出さない方が良いということなので、冬馬はこれからどうやってこの二人から逃げるかを考えることにした。
冬馬と準が会話をしている時、光太と勇一も冬馬を見ながら小声で会話をしていた。
「光太、あの新入りちょっと変だ。ひょっとして俺たちの捜しているものに何か関係があるかもしれない」
「マジか!? じゃあ、あの“鳴りを潜めている名家に繋がりのある奴が来る”っていう情報もまんざら嘘じゃねえってことか」
「ああ。それにあの光、子供の頃に見たことがあるような気がするんだ」
「でもそれってよ、属性が無いからあんな光り方するんじゃないのか。俺たちも始めはそうだったじゃねえか。クソ犬のペットがあいつのことを素人とか言ってたし、まだ霊気が体に馴染んでないんじゃねえの」
「その可能性もあるね。それでも何か引っかかるんだ。確信は何も無いけどね」
「まあ確かに、あいつの霊気は乱れまくってるような荒々しさがあるからな」
そう言ってまた冬馬を見る。準と何やら楽しそうに話していて、まるで緊張感が無いように見える。
「あいつら余裕なのか? クソッたれが!」
いきり立つ光太を他所に、何か考え込んでいた勇一の表情が変わった。
「……! ひょっとしてあいつ……!」
「どうした? 何かわかったのか?」
「いや、まだだ。まだ情報が足りないな。俺はじっくり観察するから、光太はあいつとタイマンで頼む」
「……ふん、わかったよ。じゃあ、一対一でやるか!」
光太は一歩前に出てから、首を左右に一度ずつ傾けて「ボキボキ」と首を鳴らす。そして例の如くニヤリと笑みを浮かべた。
それを見た準が、
「冬馬、こんなやつらに付き合うことないで。俺らは先を急いだ方がええ」
と言って透かさず冬馬の前に出ようとした時、横槍が入った。
「お前は口出すなよ。邪魔するなら俺が相手をしてやるさ!」
どうやら準の動きは勇一に読まれていたようだ。勇一はいつの間にか身体強化をしている。準が勇一の位置を確認した時には、すでに体当たりするように猛然と突っ込んで来ていた。
「あっ!」
準は前に体重が掛かった体を前に出した右足で踏ん張った。そして無理矢理に停止させた体をそのまま左へと飛ばした。当然体制は崩れ、砂埃を巻き上げながら地を転がっていく。
「くそっ!」
準の悔しそうな叫声が空しく響く。
誰もいなくなった場所を勇一は瞬く間に通り過ぎていくが、すぐに左足で踏ん張るようにして体を停止させた。
そして間髪入れず、胸の前で手を合わせた。
《我が魂に集いし者たちよ 我が身体を強化せよ》
勇一は言霊による唱事で身体強化をしたのだ。
「ちっ! 言霊って、お前本気か!」
準は砂埃まみれになった檳榔子染の羽織を掃おうとはせず、こちらも直様手を合わせる。
《我が魂に集いし者たちよ その姿を土気へと転じ 我が身体を強化せよ!》
準も唱事で言霊を使い、身体強化をして戦闘態勢に入った。
これにより、冬馬対光太、準対勇一という構図が出来上がった。これは冬馬や準の思惑に反して、望まぬ事態に陥ってしまった瞬間でもあった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
戦闘よりも会話が多くなってしまいました。もっと上手く書けるようになりたいものです。
次回はとある人たちのとある集会の話です。
では、次回もよろしくお願いします!




