15話 守護之御霊神社
冬馬が見たものは黒い鳥居。
そこはどうやら神社のようであった……
階段を上るとそこは土道が十字路になっており、正面には大きな黒い鳥居が目に飛び込んできた。
辺りは暗くなって見えにくかったが、泰典が照明弾を更に高く上げたことによってその全貌が姿を現した。そこには立派な黒く塗られた木製の鳥居が冬馬たちを出迎えるかのように聳え立っていた。
その高さは三メートル以上はあるだろうか。立っている両側の柱の間は二メートル強といったところである。これは明神鳥居といわれる形で、神社にはよく見られる形状の鳥居である。
「この神社内をサーッと通り抜けて、右にシュッて曲がって、そっから真っすぐドーンッて行ったら屋敷があるんや」
準が身振り手振りで説明しているが、ほとんど冬馬の耳には入っていなかった。それ程にこの鳥居の優美ではあるが、どこか恐れもあるようなその姿に見入ってしまっていた。
神社の中の方へ目を向けると、鳥居を越えた先には石畳の道が見える。長方形の切り石が三列に敷き詰められた道で、奥に向かって一直線に伸びている。道幅はそれ程広くはなく、途中で台座の上に狛犬らしき石像が道を挟んで向かい合って鎮座している。更にその奥は暗くて鮮明にはわからないが、どうやら社のような建物があるようだ。
しかし何より目を見張る光景があった。
――それは石畳の道の両側に等間隔で並んでいる満開の桜並木である。
街中ではすでに桜の見頃は終わりを迎えて散り始めているのだが、山の上ではまだまだ花見が出来るほどの咲き具合だ。時折吹きつける風に、桜の木がまるで人がリズムを取っているかのようにその体をゆさゆさと揺らしている。その度に、そこからふわりと桜の花びらが空に舞い上がる。暗がりの青黒い空に泰典の照明も相まって、ライトアップされたかのように見映えする光景だ。
見る者の目を釘付けにするようなその幻想的な光景を前に、この三人も例外ではなかった。
「ここの桜は日本一や。ま、俺が勝手にそう思ってるだけやけどな」
「うん、そうだね。でも、なんか懐かしいような感じもする。やっぱり神社やお城とかで見る桜って、厳かっていうか、奥床しさがあるよね」
「ハハハッ、えらい真面目コメントやんけ! でも俺もそう思うわ。日本人の心っちゅうやつやな!」
準のよくわからない言葉と共にいつもの豪快な笑い声が響き渡る。
それから神社にそのまま入って行くのかと思いきや、準は神社の中には入らなかった。その場で体を右に回転させて、檳榔子染の羽織をひらりと靡かせながら向きを変えたのだ。
「昼間やったら神社を抜けて行くと早いんやけど、今は通らん方がええわ。何かと危険な場所でもあるしな!」
「そうなんだ。まあ、暗いからかもしれないけど、見た感じ不気味で怖いし、鳥居もなんか黒いし……。他の神社と比べても変だもんね」
冬馬はまじまじと鳥居を見上げた。黒い鳥居というのはやはり珍しい。こんな鳥居は初めて見たと言ってもいいだろう。それに先程から近づき難い雰囲気が漂っている。何がはっきりとはわからないが、これも霊気によるものだと薄々感じていた。
「やっぱり普通の神社じゃないの?」
「そういうことや。結界も張ってるし、無闇に近づかん方がええ」
いつになく神妙な顔つきになった準を見て、冬馬もグッと気持ちが引き締まる。相変わらず微風が吹きつける中、気温の低下も相まって一瞬背筋が寒くなる。月光が粛々と照らし始めたこの場所も、深々と夜へと更けていく時間が流れているのを感じる。
「それってやっぱり、悪霊がまた出るってこと?」
山に入って陽が暮れた途端に悪霊が現れた。普通に考えると、いつまた出て来てもおかしくない状況である。
冬馬の疑問に答えたのは泰典だった。
「いや、ここは大丈夫だ。この辺りは神社を囲むようにして、厳重に何重にも結界が張られている。滅多なことでは悪霊は出て来ないだろう」
「出て来たとしても、さっきみたいな感じで一人でも十分対応出来る。まあ、心配すんな!」
そう言って準はまた正拳突きをしてから、また冬馬の肩をバシバシと叩いてケラケラと笑い飛ばす。本来は暗く沈みがちになるような雰囲気なのだが、準が居れば月明りだけでも十分なほどに明るく感じる。
そんな準を見て、冬馬は何となく親友の直輝を思い出していた。どこか懐かしくもあり、そして寂しくもあり。そんな複雑な気持ちが込み上げてくる。
それでも冬馬が落ち込むことはない。今は前向きになれる。過去の悲しみよりも、これからの希望の方が遥かに大きくなっているのである。
守護師という仕事になるかもしれないことに些かの不安はある。だが悪霊に関わっていれば、居なくなった白猫のフクのことも何かわかるかもしれない。現に守護獣という犬も存在するのだ。フクも悪霊が見えていたに違いない。ひょっとしてフクも守護獣と呼ばれる猫だったのかもしれない。そう思うと新たな希望も湧いてきた。
冬馬は目の前でお座りしている二頭の犬の頭を軽く触れるように撫でた。
「もうすぐそこや。ぐるっと迂回するけど我慢してや!」
「うん、大丈夫!」
準がそう言った時、また風に吹かれて桜の花びらが舞い上がる。
黒い鳥居を包み込むように吹き上がるその光景に、三人の目がまたも釘付けになった。
冬馬はふと鳥居の上部に目が留まった。注連縄が波打つように結ばれているその上部の額束に、文字が書かれた表札のような物が掛かっていた。
(何か書いてある。神社の名前かな? なんて名前なんだろう)
暗くて見えにくかったが、目を凝らして見ると何とか読めた。
そこには――
『守護之御霊神社』
――と書いてあった。
冬馬は声を出して札に書かれた文字を読み上げた。
「『しゅごのおんりょうじんじゃ』か……って、怨霊のこと!?」
冬馬の顔が一気に青ざめていく。
怨霊が祀られているのか、それとも怨霊が封印されているのか。どちらにせよ、冬馬にとって第一印象は怖いイメージでしかなかった。
そんな冬馬に泰典は隣に来て、そっと小声で囁くように教える。
「あれは『おんりょう』ではない。俺たち陰陽師は『ごりょう』とも読めるが、ここは守護師が管轄する神社だ。あれは『みたま』と読むんだ」
「え、『みたま』なんですか? そ、そうなんですか。なんだ、そっかあ。アハッ、アハハハッ! アハハハハハッ! ……ハハッ」
「……」
五秒間の沈黙の後、準がボソッと呟く。
「お前、アホなんか? いや、ちゃうな。天然系やな!」
「基本、アホの方だと思う……」
頭をポリポリと掻きながら苦笑いしている冬馬に、準が嬉しそうに「別に悪いことちゃうで!」と言ってまたバシバシと肩を叩く。
冬馬は気恥ずかしそうに辺りを見回して、話題を変えようとまた喋り出した。
「それにしても、父さんもこの神社に来たことがあるのかな」
「そら、あるやろ。従家の当主やったら間違いないわ。従者かっておったやろうし、何かと重要な場所やからな、ここは」
「そうなんだ……。ほんとぼくは何にも知らないんだな。今まで何もしていなかったのがほんと、悔やまれる」
そう言って冬馬はしゃがみ込んだ。準の口振りでは守護師なら誰でも知っていることなのだろうか。でも自分は知らないことばかり。そう思うと自分の無知振りに情けなくなった。目の前でお座りしている二頭の犬の頭を軽く触れるように撫でながら、またゆっくりと話し出した。
「父さんはぼくが小さい時に死んで、それから母さんに女手一つで育ててもらって。ぼくは引っ込み思案で友達もほとんどいなかったんだけど、親友と呼べる友達が一人だけいたんだ。本当に掛け替えのない親友だったけど、事故で失った……」
冬馬は目線を上げて遠くを見つめた。直輝の顔を思い出し、込み上げてくるものを必死で堪えた。そんな冬馬を真剣な表情で準と泰典は聞き入っていた。
「それから生きることに何の意義も感じなくなった。学校には行ったり行かなかったり。引き籠って塞ぎ込んでいた時期があったんだ。今考えると無駄な時間を過ごしていたんだなって思うよ」
暗く沈んだ冬馬に声を掛けたのは準だった。冬馬の横に同じようにしゃがみ込んで今度はポンッと軽く肩を叩いた。
「それはちゃうな。お前にとってどんな苦しいことやったんかは俺にはわからんけど、その時間があったから今ここにおるんや。友達の死っていう悲しみを乗り越えたからここにおるんや。時間を無駄にするっていうんはな、やるべき事をやらんと怠けることを言うんや。せやからそれは無駄な時間やない。お前にとって必要な時間やったっていうことや」
「良いこと言うじゃないか。見た目はアレだがな」
「まあな! でも一言余計や。アレって何やねん!」
ドヤ顔の準のツッコミは無視して、泰典は冬馬に優しく語りかけた。
「人にとって休む時間が必要な時もある。歩けなくなったら立ち止まったらいい。前をしっかりと見据えていれば大丈夫だ」
準の飾らない熱い言葉に、そして泰典の説得力のある優しい言葉に、冬馬は重く伸し掛かっていた何かが取れたような気がした。ここに来るまで心に残っていた蟠りの様なものが、この二人の言葉によって取り払われた、そんな気がしたのだった。
「ありがとうございます、土御門さん! 準もありがとう!」
無言で頷く泰典に、
「なんか序みたいで癪に障るけど、まあええわ!」
と準が言って冬馬の肩をバシバシと二回叩く。冬馬も笑いながら「へへへっ。ちょっと痛い……」という声を出したのだが、準の笑い声に掻き消された。
冬馬に笑顔が戻り、バックパックを持ち上げるようにして立ち上がった。
「でもまさか、陰陽師みたいな仕事だなんて思ってもみなかったけど」
「陰陽師ちゃうわ! 守護師や! 一緒にすんな!」
「あっ、ご、ごめん! ……まだよくわかんなくて」
「お前、時々天然ボケかまして来るよな。気が抜けへんわ、ほんま」
「アハハハハ……。あっ、そうだ! 父さんが使ってたっていう形見があるんだけど、これもひょっとして何か関係があるのかな?」
冬馬は首から下げているアクセサリーの指輪を服の内側から取り出した。
「ああ、それか。それは守護師指輪やな」
「やっぱりそうなんだ」
「関係あるってもんやない。それは守護師にとって重要アイテムや。それを指に嵌めることによって霊気を安定して使うことが出来るんや」
そう言って準は左手を前に出して、人差し指に嵌めている指輪を見せてくれた。準の指輪も同じような円型の台があるシンプルなブロンズ色のフラットバンドタイプである。
冬馬がどうやって使うのか聞こうとした、その時だった。
二頭の犬が急に威嚇するように、冬馬たちの後方に向かって身を屈めて唸り始めた。
「見~つけた~」
「ビンゴだね」
冬馬が振り返ると、そこには赤髪の男と金髪の男がニヤついた顔でこちらを睨んでいた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
最後にまた新しいキャラが登場しました。
その正体は一体何者なのか……。
ここから怒涛の展開になっていく!(はずである)
ということで今後もよろしくお願いします!




