14話 山中にて父を想う
冬馬は泰典の言葉に思わず驚いてしまった。
死んだ父の話題に冬馬は……
冬馬は思わず立ち止まり、手に掛けているバックパックのショルダーストップをギュッと握りしめた。
この人は父のことを知っている。どんな話が聞けるのかと、その心中は期待と不安が入り交じっていた。もちろん、父のことは母から聞かされていた。優しくて正義感が強くて、そして情に脆い人だったと。ただ、頑固でもあったそうで、一度決めたことを曲げるのが嫌いでよくケンカもしたと母は笑って話していた。
だけど、仕事の話は聞いたことが無かった。母は知らなかったのか、それとも隠していたのか。ここに来るまで気にしたことは無かったが、守護師という特殊な仕事をしていたとなれば俄然興味が湧いたきた。
「……ひょっとして、泰典さんは父さんと知り合いだったんですか!?」
「……」
黙っている泰典に、準が目を細めてその顔を見つめている。短パンのポケットに手を入れて、どことなくガラの悪い顔つきになっている。どうやら準は泰典を勘ぐっているようである。
そして何か思い当たったのか、少しだけ不敵に笑った。
「そういやあ、若い頃一緒に守護師と修行してたみたいやし、そりゃ普通はそう思うよな。あんた、ほんまは冬馬が二之丸家っていうんも知ってたんとちゃうか?」
準の問い詰めに泰典はまだ沈黙している。冬馬も瞬きをするのも忘れるほどその顔に見入っていた。高鳴る胸の鼓動を抑えつつその言葉を待つ。だが泰典の口から出て来た言葉は、二人にとって少々期待外れだった。
「なんか期待させてしまったようだが、そうじゃない。今は当主連中ともそれなりに面識はあるが、彼が当主だったのは俺が頭に就任する前のことだ。俺たち陰陽師でも守護師の名家と言えば、名前ぐらいはみんな知っている。ただ俺は若い頃に悪霊退治の現場で何度か見かけたことがあるっていう程度だ」
「そう……ですか」
残念そうに俯く冬馬の横で、準は冷ややかな顔つきだった。まだ何か疑っているのだろうか。その視線を浴びても泰典は顔色を変えない。準はそれ以上は何も言わずに泰典から視線を外し前を向いた。それを見た泰典は一つ溜息を吐いてから冬馬に優しく話し掛けた。
「悪いな。かなり昔のことだからあまり覚えていない。詳しい話は名家の古株連中にでも聞いてくれ。その方が色々と聞けるだろう」
「は、はい! それでも少し聞けただけで十分です。ありがとうございます、土御門さん!」
「気にするな」
素っ気なく返事をする泰典だが、どこか優しい顔つきになっている。息子と言ってもおかしくない年齢差があるので、もしかするとそういった目線で冬馬を見ているのかもしれない。
「そっか……。父さんって本当にいたんだ……」
冬馬は驚いた顔をしたかと思えば落胆した顔になり、そして今度は急に目が赤くなって遂に目からホロホロと涙が零れてきた。傍にいる二頭の犬も、「ク~ン」と鳴いて心配そうに冬馬の顔をじっと見つめている。
いきなり泣き出した冬馬を見て準は「え!? え!?」と慌てふためき、「ハンカチ、ハンカチ」と自分の体を弄り出した。結局は見つからなかったようで、準が「大丈夫か」と声を掛けると冬馬の涙はようやく止まった。冬馬は二度頷いた後、「大丈夫」と呟いてから軽く微笑み、服の袖で涙を拭いた。
それを見た準は安心したのか、「そうか」と呟いて微笑み返した。
「それにしても、“本当にいた”ってどういうことやねんな。家の人から何も聞いてへんってことは無いやろ?」
いくら記憶がないと言っても、自分の父親の存在を疑う人なんているのだろうか。この疑問は当然だろう。冬馬がパニックになり過ぎていると思ったのか、準は心配顔になっている。
「ごめん、また変なこと言っちゃったね」
冬馬はもう一度、服の袖で顔を拭って顔を上げた。
「父さんはぼくが物心がつく前に死んじゃったから、ほとんど記憶が無いんだ。父さんのことを知ってる人って、ぼくの周りには母さんしかいなかったからどこか現実味が無くて。父さんが関わっていた仕事って聞いて、父さんのことが何かわかるんじゃないかって期待してたんだ。けど、まさかこんなに早く聞けるなんて思ってなかったから、やっぱり嬉しいよ!」
冬馬は今まで父という存在を遠くに感じていた。父と一緒にいた記憶が無いのでどこか他人事のようにも思えて、客観的にしか捉えることが出来なかったからだ。母に色々話を聞いても、昔話に出て来る登場人物のようにしか思えなかった。だが父を知っているという人物と会えただけなのに、遠くに感じていた距離がグッと縮まったような気がした。それが冬馬にとって、本当に嬉しかったのだ。
今度は満面の笑みになる冬馬に、準もホッとしたような優しい顔になった。その笑顔が無理やり作っているものではないとわかったからだろう。
「まあ、何かあったら俺も協力するから心配すんな!」
そう言って冬馬の肩をバシバシと叩く。これは準の癖なのか、愛情表現なのか。冬馬もすでに慣れたようで全く気にしていない。
「うん、ありがとう」
冬馬は尻尾をグルグルと振って近寄って来た二頭の犬の頭をそっと撫でながら、二人に向かって軽く頭を下げた。
それから、準の「よっしゃ、行くで!」という掛け声で三人は再び歩き始めた。準がサンダルを踏み出すたびにジャリジャリと音を立てる。それもまた一つのBGMのようで、段々と心地良くなってくる。泰典が作った照明に時折虫が飛んできては離れていく。虫にも見える奴と見えない奴がいるのかな、と冬馬が考えていると準がまた世間話をするように喋り出した。
「それにしても古株言うても、誰に聞いたらええんやろな。十何年も前のことやろ? 今の当主は若い人が多いしなあ」
「そうなの?」
「ああ。俺の主も二個上なだけやし、親父さんのことはよう知らんかもしれんわ。まあそもそも当主の代替わりは早いからしゃーないんやけどな」
「それって何か理由があるの?」
「色々あるから一概には言われへんけど、一番は衰えやな」
「えっ、どういうこと? 歳を取ると霊気が使えなくなる、とか?」
「それも無いことは無いけどな。答えは単純明快や。霊気を体に入れると負担が大きいっちゅうことやな」
霊気を体に入れると精神を維持するのは大変なことなのだ。常に不安や禍々しい気分との闘いになる。そこに霊気で更に強化して超人的な動きをすれば、必然的に体にも負担が掛かるということも納得出来る。
「だから長年続けていくと精神的にも肉体的にも疲弊するんや。冬馬の言うように霊気の扱いが上手く出来んようになったり、情緒不安定になったり、中には寿命が短くなったりする人もおる。影響は人によって様々やな。だから何かある前に、早めに当主を替えていくんや」
「寿命が短くなる……」
それを聞いて冬馬は真っ先に父のことが頭に浮かんだ。そう言えば母からは病気で亡くなったと聞いている。もしそれが霊気の使用過多によるものだとしたら、余りにも早過ぎるのではないか。守護師とは身を削って生きているということなのか。
「そしたら、僕たちも早死にするってことなのかな」
「ああ、それは心配せんでもええ。老人になってもピンピンしてる人もおるし、みんながみんなそうやないし大丈夫や! 今からそんなん気にしてたら何にも出来へんで!」
「……うん、それもそうだね。今から心配しても何も始まらないもんね!」
「そういうこっちゃ!」
「ははは! それにしても準ってポジティブだよね。いつも明るくて、なんか一緒に居ると楽しくなるよ」
「せやろ? それが俺のチャームポイントやからな!」
得意のドヤ顔でいる準に、思わぬ強面の刺客が襲い掛かった。
「チャームポイントというのは外見の容姿や服装のことを言うんじゃないのか? 内面的なことをチャームポイントって言うのは少し違和感がある。間違いではないのかもしれないが、せめてその大きな目とか、派手な服装とか、そう言ってくれる方がわかり易いけどな」
「……的確なツッコミ、おおきに」
準が気まずそうな雰囲気を察してか、そそくさとみんなの前に進み出る。冬馬も背負っているバックパックをゆさゆさと上下に揺らしながら、楽しそうな顔で続いていく。泰典はというと、こちらはマイペースで少し離れて歩いている。
「よっしゃ! 屋敷までもうすぐやで、冬馬!」
ここまでかなりの坂道を上ってきた。準の一声でようやく到着かと思った冬馬の目に映ったのは、十数段はあろう切り石が敷かれた階段だった。少し息が上がってきたが、それでも『これを上り切ればもうすぐそこ』と思うと冬馬の重くなった足も前に出るというものである。冬馬の後ろを軽快な足取りで犬二頭は階段を駆け上がっている。
「なんや、こんなんで疲れとるんか?」
「そりゃ、まあね」
「ダハハッ! 情けないのう! これからこの辺が本拠地になるんやから早う慣れることやな!」
にんまりとほくそ笑む準だったが、泰典の目は誤魔化せなかった。
「何を言っている。君は足にだけ身体強化の術を掛けているじゃないか」
「げっ! それ言うたらあかんわ……」
バツの悪そうな顔になった準は勢いよく残りの階段を上り切ったところで、誤魔化すように「もうちょっとや!」と言って冬馬を振り返った。
冬馬はしっかりとした足取りで階段を上り、一番上まで来たところで思わず息をのんだ。
「うわっ! 何これ!?」
冬馬の目に飛び込んできたのは、今まで見たことの無いような大きな“黒い”鳥居だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
今回は冬馬の父親の話が思ったより長くなりました。本来はこの後に急展開で終わる予定だったのですが、長くなり過ぎたので分割しました。「アクションシーンはまだか!」という声が聞こえてきそうですが申し訳ありません。もうちょっとです。
今後もよろしくお願いします!




