12話 守護師の戦闘
冬馬たち三人の前に現れたのは悪霊。
立ち向かうのは……
準が大きな目を細めて、悪霊の動きを窺っている。
悪霊は手前に一体、その後ろに並ぶようにして二体の合計三体いる。
準が最初に標的にしたのは当然一番手前の悪霊だ。準に気付いた悪霊はゆっくりと動き出し、徐々にその速度を上げていく。決して広くはない道の上に沿って向かってくる。
「そうそう。そのままこっちや、こっち」
準は待ってましたと言わんばかりの不敵な面構えをした次の瞬間、右手に持った光る模造刀を左に倒す。そして少し身を屈めてから右足を前に踏み出したかと思えば、サンダルを履いているとは思えない機敏な動きで悪霊に目掛けて突進している。ひらりと舞う檳榔子染の羽織が揺れたその体は、まるで重力も空気抵抗も無視したかのような素早い動きだ。
悪霊との距離はあっという間に詰まり、準は頭上に大きく振り上げた模造刀を悪霊の肩口から胸の辺りへ振り下ろした。すると、右手を上げて殴り掛かろうとしていた悪霊の姿は、煙のように辺りに飛散して消えていった。
「まずは一丁上がりや!」
準がいとも簡単に倒せたのには理由がある。悪霊は出現したばかりの時が一番動きが鈍いのである。これは冬馬も経験則でよく知っていた。時間が経つにつれて動きが素早くなっていくのだ。まるでエンジンが温まって調子を上げていくかのように活発化していく。だから出来るだけ早く悪霊を仕留める必要がある。自我が無い悪霊は何をするかわからない。守護師といえど時間を掛けると厄介な存在となってしまうのである。
得意顔の準はそのまま次の悪霊を見据える。少し先にいる二体の悪霊に狙いをつけて、タイミングを見計らう。
準の右足のサンダルが地面に擦れて、ジャリッと音を立てる。
「次は……お前やな」
準は右足を蹴り出すようにして飛び出していく。模造刀の矛先は二体並んでいる左の悪霊だ。
悪霊には表情が無い。何を考えているのかなんてわかるはずもない。迷いは厳禁、瞬時でベストを判断して行動するのが定石なのである。当然、準も迷いなく次の悪霊に突っ込んでいく。
準は前のめりに来る悪霊に対して、今度は両手に持ち替えた刀を右に倒してそのまま左へ振り抜いた。真横に斬られた悪霊はその姿を消していく。
「よし! 次やっ!」
首から下げたスターネックレスが踊るように跳ね上がったその時、消えかかっている悪霊の向こう側から残る一体の悪霊が準に向かって猛烈な勢いで襲い掛かって来た。
「なめんなよっ!」
準はすぐさま振り抜いた刀を、そのままま向かって来た悪霊へ返す刀で応戦する。しかし悪霊は攻撃が来るのがわかっていたのか、素早く横へと飛び退いた。
準が繰り出した模造刀は空しく空を切ったのだ。
「ちっ!」
準は思わず舌打ちして横にいる悪霊に視線を移すが、悪霊はすでに準の目の前まで距離を詰めていた。準の目に映ったのは悪霊が振り上げた右手の拳だった。
「くそっ!」
準は悪霊が突き出した拳を咄嗟に左手で受け止めた。その衝撃で一瞬辺りに歪んだような空気の振動が伝っていく。「残念やったな!」としたり顔の準。攻撃を止められた悪霊の動きが一瞬ピタリと止まる。その瞬間を準は逃さなかった。
「おりゃあああああっ!」
そのまま左腕を大きく振り払うと、その勢いで悪霊は後ろに倒れるように吹っ飛んだ。準はそのまま悪霊へ飛び掛かるように突っ込んで刀を振りかざした。すると見事に悪霊を縦に分断させると、悪霊は人の姿を霧のようなあやふやな姿に変え、やがて消えていった。
「まあ、こんなもんやな!」
冬馬と泰典に振り返った準の顔は、満面なドヤ顔全開であった。それを見た泰典は手を胸の前で合わせて、「解」と一言囁いた。光っていた結界石が普通の石ころに変わる。二頭の犬は悪霊が消えた後、冬馬の傍に寄って来て尻尾を振ってお座りをしている。
意気揚々と羽織を正しながら戻って来る準に対し、泰典が厳しい顔つきで待ち構えていた。
「まずまずの腕前のようだが無駄が多過ぎる。あれでは周りに一般人がいれば危なかったな」
「はあ!? なんやて? いくら何でも陰陽師のあんたに言われる筋合いはないで」
口調は落ち着いているが見る見るうちに準の顔が赤くなっていく。眉間にしわを寄せ、泰典と向かい合うように立ち、その顔を睨みつける。それでも泰典は表情を一つ変えずに準を真っすぐに見ていた。その横で冬馬は「あのっ、えっと」とオロオロとするしかなかった。
「気を悪くしたら済まないが、本当のことだ。霊気の使い方も武器の生成も甘い。踏み込みも甘ければ、振りも甘い。逆に言えば、その分まだまだ伸びしろがあるということだがな」
淡々とした口調と真剣な眼差しの泰典の顔を見て、腹を立てていた準は冷静を取り戻したのか、急に真顔になって泰典の目をじっと見た。
「あんた、何者や。さっき冬馬にも色々教えてたみたいやし、ただの陰陽師やないやろ?」
準に問い詰められた泰典は何かを考えているかのようにじっと目を瞑り、そして「ふう」と一つ溜息を吐いてからおもむろに目を開けた。
「仕方ない。君たちには言っておいてもいいか。実は……」
「実は……?」
冬馬も興味津々と言った顔で、泰典の次の言葉を待った。
その答えは……。
「ただの陰陽師だよ」
ガクッと項垂れる冬馬だが、準はあからさまに苛立った。
「ちっ、はぐらかすなよ」
「フッ、本当だ。陰陽師だって戦闘は出来るさ。それにまだ陰陽頭になる前の若い頃に、同じ年頃の守護師たちと修行をしたことがあるってだけだ。そこで守護師の力をまざまざと見せつけられたんだ」
「なんや、そういうことかいな。さぞかしお強かったんやろうな、そいつらは」
不貞腐れたように嫌味を言った準だが、泰典は意に介さなかった。懐かしむような顔をした泰典は冬馬を見てから準を見て、ほんの少し微笑んで語り始めた。
「ああ、少なくとも今の君より強かった。まあ、元々才能がある奴等だったが、何より研究熱心で努力家だった。一緒に修行していた時は一晩中、朝方までずっと鍛錬していたな。皆で色々意見を出し合って、それを試して、さらに工夫して。そしてひたすら鍛錬するんだ。それで何か気付いたらまた話し合う。それを来る日もずっと繰り返していた。こっちの心配なんかお構いなしで、それこそぶっ倒れるまでやってたな。ほんと、気持ちの良いバカな奴等だったよ」
泰典は少し上を向いてどこか遠い目をしている。薄っすらと笑みを浮かべて、何かを思い出しているようだった。
そんな泰典に冬馬が困惑したような表情で見ていた。正直に言えば、冬馬は悪霊と呼ばれる黒い人影に動揺を隠せなかった。悪霊に対して臆した訳ではない。昨日まで裏山で戦っていた相手でもある。しかし、まさかこれからの仕事に悪霊が関わってくるなんて思ってもみなかった。
そもそも、この二人は何者なのか。陰陽師と言っていたが、本当にそうなのか。どうやら迎えに来た準という若者は『守護師』だという。だとしたら、自分も守護師という呪術師になるのだろうか。陰陽師や守護師は、こんな危険なことを仕事にしているのだろうか。よくよく考えると、不可思議で理解に苦しむようなことではあるのだ。
冬馬は頭の中で整理が出来ず、未だに事態を呑み込めずに戸惑っていた。そんな冬馬に気づいたのか、準はニヤついた顔で冬馬の肩をバシッと叩いた。
「どうしたんや。お前も守護師になるんやったら、それぐらい頑張って修行せなあかんっちゅうことやぞ!」
「えっ、あっ、やっぱりそうなんですか……。ところで、あのー、今更なんですが……」
「何や? 遠慮せんと何でも聞いてや!」
冬馬の肩に手を乗せたまま、準は自信満々のドヤ顔だ。冬馬はまだ混乱しているのだが、思い切って一番気になっていることを聞いてみた。
「さっきから出てくる、その、『守護師』って……何ですか?」
「…………」
準が呆気に取られている横で、泰典も驚いた顔をしている。まさに言葉を失うとはこのことだろう。五秒間の沈黙の後、ようやく準が我に返った。
「え、えええええっ‼ そこからっ!?」
まだ泰典は口を開けたままだ。意識がどこかに飛んでいるようである。それでも冬馬にとってはとても大事なことである。いくらどんな仕事でも良いとは思っていても、さすがにこれは特殊過ぎる。
「……お前、親父さんの仕事を継ぐ気でここに来たんやろ?」
「やっぱりそうなるのですか。でも父さんが関わっていた仕事って、神社の管理業務と聞いてたので……」
「……誰に聞いたんや?」
何か嫌な予感でもしたのだろうか、準は恐る恐る冬馬の顔を覗き込むように聞いた。ようやく意識を取り戻した泰典も、冬馬の顔をやや不安そうな顔で見つめた。
「確か、母さんは知り合いの『美香さん』って人に聞いたって言ってましたけど」
「美香さん……? って、まさか根石家の……!」
「また根石家絡みか……。どうせあの当主の企みだろうな。まったくあのお嬢様は……」
泰典は額に手を当てて下を向き、首を横に振っている。準も納得顔で苦笑している。どうやら先程から出て来る『根石家』の当主とは、守護師の中でも特異な存在のようだが今の冬馬には知る由も無かった。
「まあ、この際お前がどういうつもりで来たんかどうでもええわ! さっき話してたん聞こえてたけど、お前十八歳やろ? 俺と同いみたいやし、よろしく頼むわ。な、冬馬!」
「えっ、そうなんだ! そっかあ、同じ年の人が居ると心強いよ。よろしく! ……ってあれ? 名前何だっけ?」
「マジか!? 準や! ほ・り・き・り・じゅん! 頼むでほんまに!」
冬馬と準がじゃれ合うように話している横で、泰典は見守る保護者のような顔で微笑んでいる。それを見た準が意地悪そうな顔をして冬馬に質問する。
「あっ、ひょっとしてお前、陰陽師のお頭さんの名前も覚えてへんのとちゃうやろな。ちょっと言うてみ」
「えっ、そうなのか?」
泰典は疑いの目で冬馬を見て、不安そうな表情になる。
「ハハハッ、まさか! アハハハハハッ。アハハハ……、ハハ……」
冬馬は笑い声が切れた後も満面の笑みのままで表情が固まってしまった。もうこれ以上誤魔化しようが無い。泰典の顔がまたもや引き攣った顔になってしまったことは言うまでもない。
「お前、大丈夫か? ここまで来たら、逆にこれから先のことが心配になってきたわ」
そう言う準だが、どことなく嬉しそうな顔をしている。よほど冬馬のことが気に入ったのか、冬馬の肩をバシバシ叩きながらケラケラと笑い出した。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
今回は守護師の準が悪霊と戦闘する話でした。ここからは戦闘シーンもどんどん増えてくるので、気合い入れて頑張ります!
今後も『月影の守護師』をよろしくお願いします!




