11話 守護師の呪術
準と泰典と出会った冬馬。
そこに現れたのは……
悪霊とは――――人の姿をした黒い影のような何か。
少し離れているが遠くからでも認識出来る。それは歪で禍々しく薄暗く微光した幻影のような存在。顔の部分を見ると、目に見える点の様な光が二つ並んでいる。手と足はあるが服は着ていない。薄っすらと黄色に光った体の線もぼんやりとしかわからず、どこか黒い煙が擬人化したような姿にも見える。
そんな悪霊がしばらくすると地面から湧き上がるようにもう二体現れ、合わせて三体の悪霊が姿を見せたのである。
「この人たちにも見えるんだ。……そっか。やっぱりこの黒い奴は怨霊みたいなものだったんだ」
冬馬はこの悪霊が自分だけしか見えないと思っていた。家の裏山に夜な夜な現れる悪霊は数が多かったが、母や近所の人には見えないらしく、心霊現象のような噂も耳にしたことが無かった。だがこの二人には見える。その瞬間に陰陽師である泰典とその知り合いである準が、この悪霊に関わる秘密が何かあるのだと理解出来たのである。
「言うてる端から悪霊のお出ましやな! お頭さん、ちょいとその新入り守ってくれへんか?」
「お安い御用だ」
悪霊から一番近い位置にいた準が悪霊と対峙してニヤリと笑う。泰典はすぐさま冬馬に準から離れるように促して数メートル後ろへ下がり、それから泰典は羽織の懐から何かを取り出した。
取り出したものは四つの小石であった。何の変哲もないただの小石のように見える。その小石を四方に一個ずつ無造作に放り投げると、小石が薄く発光し始めた。そして冬馬と泰典を囲むように、小石同士が薄っすらと光った線で繋がっていく。
「うわっ! な、何ですかこれは!?」
「これは結界石といって、術を仕込んだ小石に霊気を流し込むことで、石同士の間に結界を張ることが出来る。だから今は結界に守られている状態ということだな」
よく見ると小石から発する光の線で繋がった四角形の中に、冬馬と泰典は入っている状態である。ちなみに犬の二頭は冬馬たちから少し離れた場所で、悪霊に向いて威嚇している。
「この結界は霊気を通さない。だから、霊気の塊である悪霊は入って来れないってことだ。まあ、即席だから強度はあまり無いけどな」
「へえー、でもあの黒い奴に効くんですよね? おおっ、なんて超便利アイテム! これ欲しいなあ」
冬馬は子どものようにはしゃいでいたのだが、そんな冬馬を泰典は厳しい顔つきで見つめていた。
「……君はどこまで知っているんだ。悪霊、霊気、守護師に秘術。そして君が二之丸という血筋であるという意味。全てわかっているのか?」
泰典の厳しい口調に冬馬も真剣な表情になり、そして首を横に振った。
「いいえ、何も知りません。正直言ってさっきから会話についていけなくて。実はあの黒い人影が悪霊っていうのも、今初めて知りました」
それを聞いた泰典は小さく溜息を吐いて何か思案するような仕草になり、そして今度はほんの少しだけ柔らかい顔つきになって冬馬に矢継ぎ早に質問をぶつけた。
「君は今までに悪霊は見たことがあるんだな?」
「は、はい。一年ほど前から見るようになりましたけど」
「なるほど……。で、君はいくつになった?」
「えっ? あ、はい、十八歳ですけど」
「そうか……」
泰典はそう言うと、しばらく黙り込んでしまった。そして視線を冬馬から悪霊と対峙している準へと移した。冬馬は年齢を聞かれたことを少し不思議に思ったのだが、今はそれよりも悪霊が目の前にいるのでスルーすることにした。
「じゃあ、ちょっくら真面目にやりますか。見物人もおることやしな!」
準は手を胸の前で「パンッ」と叩き、そのまま手を合わせる。準の左手の人差し指にはブロンズ色の指輪が嵌められている。
《我が魂に集いし者たちよ その姿を土気へと転じ 我が身体を強化せよ!》
準が何やら呪文のような言葉を発すると、準の体が薄っすらとした黄色に光り出した。
「あれは!? 呪文……なんでしょうか」
「あれは『唱言』といって、守護師特有の呪術だ。霊気を操るには、まず霊気を支配する必要がある。霊気は死者の怨念なんだ。必然的に霊感や霊力の強い人間に集まって来る。自分の魂に集まって来る霊気を従順させることによって、それを意のままに操ることが可能になる。そして言葉として声に出すことで、それが『言霊』になる。口に出さなくても霊気は操れるが、言霊として声に出すことで、より多くの霊気をより確実に操ることが出来るんだ」
冬馬は泰典がなぜ、いきなり説明を始めたのか訝しげに思った。だが今はそんなことを考えている時ではないと気持ちを切り替える。一度泰典の顔を見たが、すぐに準へと視線を戻して戦いに集中する。
「あの術は守護師の基本技になる身体強化の術だ。霊気を体内に宿し、循環させて体力を強化するんだ。筋力だけじゃなく、視覚、聴覚といった五感までも強化出来る。これは誰にでも出来る芸当じゃない。選ばれし者にしか習得出来ない危険な術だ」
「危険……」
言葉に詰まってしまう冬馬だが、今までの悪霊との戦いを経験しているので瞬時にその意味は理解出来た。泰典の言う『霊気』を使うと自分をコントロールするのが難しい。理性を失いかけたこともあった。恐らく泰典はそういうことを言っているのだと感じたのである。
「黄色に色付いて発光しているのは属性によるものだ。属性は全部で五種類ある。陰陽五行説って聞いたことあるか?」
「いえ、ありません」
「そうか」
これまで泰典は特に表情を変えることもなく、淡々と冬馬に説明している。素っ気ない態度に見えるがそこに他意は感じらない。むしろ丁寧に説明しているので、泰典なりに優しく教えているのだろう。強面で誤解されそうな風貌なのだが、彼は常に真っすぐな男のようだ。冬馬は不思議と違和感なく、泰典の言葉を素直に受け入れることが出来た。
「よっしゃ、次やるで!」
準は泰典の説明が終わると同時に、今度は目を瞑り左手の人差し指に嵌めた指輪を外す。そしてすぐさま左手の親指に嵌めて、右手を握り拳に変えて左手を添えた。
「あれは何をしたんでしょうか。指輪……をしてる?」
「あれは守護師指輪といって、霊気を体内に取り込んで操い易くするためのアイテムだ。守護師にとって必需品であり、力の根源でもある」
(あの指輪って、父さんの形見に似ているなあ。これもひょっとしてそうなのかな)
冬馬は服の上から首に下げている指輪を軽く握りしめた。何の指輪か不明だったが、何か線が繋がったような感覚になった。
そんな冬馬には一切構わず、準はこれみよがしに術を続ける。
《我が魂に集いし者たちよ その姿を金気へと転じ 我が刃となれ!》
咆哮のような声を張り上げた後、準の右手から刀のような光輝いた刀剣が現れた。それは本物ではないのだが、形からして刀だとわかる程のものであった。
「あっ、刀が出た! えっ!? どこから出したんだろう。あれは……本物なんでしょうか?」
冬馬の疑問に泰典は即答する。
「いや、あれは霊気によって模られた模造刀だ。あれを出すにはイメージが大事なんだ。頭の中のイメージで形作って言霊によってそれを強化して実体化させる。物理攻撃が効かない悪霊を倒すには、ああいった武器は有効だ。白は‟金”属性で武器の生成に長けているが、彼は‟土”属性だから本来の属性ではない。だが、それがあの指輪によって一部分に集めて他属性の霊気を使うことも可能になる」
それにしても泰典は先程から事細かに説明している。彼は陰陽師であり、守護師ではない。だが陰陽師も同系統の呪術を使うのか冬馬にはわからなかったが、守護師のことをよく理解しているように思えた。
「ほんなら、行こか!」
準はきれいに並んだ白い歯を見せてニヤリと笑った。自信に満ち溢れたその顔は、まるでこれから始まる戦いを待ち望んでいるかのようだ。
冬馬にとって初めて見る他人の霊気を使った戦いである。期待と不安が入り交じるような、不思議な感覚に陥っていた冬馬を他所に、準と悪霊の戦いに幕が上がるのであった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
ここから守護師という呪術師の正体が徐々に明らかになっていく。そして主人公の冬馬によって守護師界全体の運命も動き出すのである……。
と、まあこんな感じ(どんな感じやねん)で話が進んでいきますので、今後ともよろしくお願いします!




