10話 新たな出会い
白装束の男に怪しまれた冬馬は……
白装束の男は身に纏った羽織の懐に手を入れて、低い体勢で身構えている。
明らかな敵意を感じた冬馬は、この男が何かを仕掛けてくると本能的に直感した。映画やテレビドラマだと恐らく拳銃と呼ばれる類のやつだろうか。もしそうだとすれば、こんな他に誰も居ないような場所で撃たれて死んでも誰も気付かないだろう。行方不明者として永遠の闇の葬られる。そう思うと恐ろしく不安になった冬馬は慌てて弁明することにした。
なんせ冬馬からすれば、知らない男にいきなり敵意剥き出しで疑いをかけられているのだ。こんな強面の男に睨まれるだけでも恐ろしいのに、武器まで出されるとどうしようもない。
「ああ、いやっ、ぼ、ぼくはただ、親友に会いに来ただけなんですよ!」
冬馬は先程までいた花が手向けられている方を指差して視線を移した。
男は怪訝そうに指差した冬馬の視線の先に目を向けた。
「花……だと?」
男はそちらをちらりと見ただけで、それに気を留めることなく再び冬馬に視線を戻した。懐に入れている手はまだそのままだ。
「知らないのか? ここは人が無闇に立ち入っていい所じゃない。禁足地に指定されている場所だ」
「ああ、なるほど、そうだったんですね! きんそくちか。なるほどなあ……」
冬馬にとって『禁足地』とは聞き慣れない言葉だった。首を右に少し傾げ、困惑顔がさらに深まっていく。その後ろで黒柴犬も同じように首を傾げている。歯切れの悪い冬馬の言葉に、男の顔が少しずつ赤くなっていく。段々苛立ってきているのが目に見えてよくわかる。
そしてついに冬馬が爆弾を投下してしまった。
「……で、きんそくちって何ですか?」
「禁足地とは許可なく勝手に入っちゃダメな場所だ! いちいち説明しないとわからんのか!」
「うっ! す、すみません……基本的に頭が悪いもので」
ついに堪え切れずに男が大声を張り上げた。条件反射のように謝った冬馬だが、まだ何が悪いのかわからない。この近くに来るようにと言われているだけなので、悪気は全く無かったのである。
男は呆れたようにふと冬馬の後ろに視線を移すと、控えている犬に気付いた。一瞬、眉を顰めてから視線を冬馬へ戻し、懐に入れている手を何も掴まずに一旦元に戻した。
「それにしても、どうして守護獣が一緒にいるんだ」
「えっ、守護獣? あっ、やっぱり! このわんこは普通のわんこじゃないんですね?」
冬馬はここぞと言わんばかりに話題を変えようと、黒柴犬に寄り添い「よーしよし」と頭を撫でる。
「ワオンッ!」
黒柴犬は元気よく一吠えすると、両側の口角を上げて冬馬を見ながら丸まった尻尾を左右に激しく振った。この犬はとにかく尻尾をよく振る犬である。
冬馬はこの黒柴犬が普通の犬ではないということに始めから気付いてはいたが、何が違うのかははっきりとわからない。それでも悪い気は感じていなかったのであまり気にしていなかった。
「それで、名前は何と言うんだ。どうしてここに入って来た?」
「名前はゲンって言うらしいんですよ。実はもう一頭ドーベルマンみたいなわんこもいたんですけど、知らない間にどっか行っちゃいました」
「犬のことを聞いてるんじゃない!」
「ひっ! す、すみません!」
まるで警察官の職務質問のようである。冬馬は男の強烈なツッコミに困惑しつつも、悪いことは何もしていないと思い、すぐに毅然とした表情になった。
「ぼくの名前は、二之丸冬馬と言います」
「――! に、二之丸だと!?」
「は、はい!」
目を見開いて驚く男を見て、冬馬も同じように驚いた。どうもこの男の強面の迫力には慣れないようで、ついつい声が大きくなってしまう。それでも冬馬は「平常心、平常心」と心の中で呟きながら、落ち着いて説明を続ける。
「えーっと、ここに来たのはですね、四年前にあそこで親友が事故で亡くなったのでお参りに来ただけなんですよ。この後も近くの下宿先に行かないといけないですし。あっ、このわんこはこの山に入ってから出会って、なぜかずっと付いて来てるんです」
再び花が手向けられた場所を指差して、冬馬は男の反応を窺った。男は頭の中で自問自答を繰り返しているようで、怪訝な表情が更に険しくなっていく。恐らく男は色々な思考を巡らせているに違いない。彼のその後の言動で冬馬にもそれがよくわかった。
「四年前……の……か。でも……、どうしてここに入って来たんだ。今日の集会は名家の者しか来ていない……、部外者は入れないはずだが……」
男は冬馬から目を離さないまま、まだ頭の中で思考を巡らせているようだ。そして、ようやく男が何か閃いたような表情になった。そしてもう一度冬馬の顔をまじまじと見つめた。
「二之丸家とはまさかあの……! いや、でも本当にそうならば……」
男はまだブツブツと独り言を呟いているのだが、冬馬はそれを不思議そうな顔で見ているだけであった。
現に冬馬がここに来たのは、四年前に事故で無くした親友である直輝のお参りに来たというのが理由であった。
これからお世話になる下宿先に赴く前に、待ち合わせをしていたのだが寄り道したのである。ここには以前に一度だけ来たことがあった。親友が亡くなったその日以来の訪問になるのだが。
冬馬は左手首に嵌めているスポーツウォッチをちらりと見て、深い溜息を吐いてから空を見上げた。空は夕焼けの茜色から暗い青色になり始めていて、空の東方には奇麗な夕月が色を付け始めている。
男が横を向いて、まだ思案をしているその時だった。少し甲高い調子のいい声が聞こえてきた。
「なんや、こんなとこにおったんかいな! そら待ってても来えへんはずやわ」
冬馬が声の聞こえた方を見ると、派手な服装の若い男が目に飛び込んできた。茶髪で耳にはピアス、端正な顔立ちだがどこか軽く見える風貌。山には似つかないサンダルを履いている。檳榔子染の一風変わった羽織を着ているが、冬馬の第一印象は『チャラい』の一言だった。
「うわっ、また変な人が来た……」
「ちょい待てい! 誰が変な人やねんっ!」
冬馬がボソッと呟いただけなのに、若い男から挨拶代わりの大きなツッコミが返って来る。
「び、びっくりした……!」
「あー、つい条件反射でツッコんでしもうたわ。悪い悪い! 気にせんといてな。ハハハハハッ!」
そう言って若い男は満面の笑みでケラケラと笑っている。まだ混乱している冬馬は事態が呑み込めない。だが、この若い男は悪い人間では無さそうである。少なくとも白装束の男よりは警戒しなくても良さそうではある。
そんな冬馬をよそに、白装束の男が若い男に目を向けた。
「ん? 君は犬走家の……」
「久しぶりやな、陰陽師のお頭さん。ついさっき振りやな」
若い男の正体は堀切準であり、そして白装束の男は土御門泰典であった。冬馬にとっては二人とも初対面なので、当然名前はまだ知らない。
「お、陰陽師!?」
今度は冬馬が『陰陽師』という一言に鋭く反応した。
「えっ? 陰陽師って、あの陰陽師のことですか!?」
「『あの』ってどれのことやねん」
「だって陰陽師って言ったら、札みたいなやつで、こうやって呪文を唱えて怨霊とかを退治するやつでしょ? ニンニンって」
冬馬は左手の人差し指を右手で掴み、その右手の人差し指を立てて胸の前で構える。
「ダハハッ! それ忍者やんけ! ニンニンって言うてもうてるやん! ダハハハハハッ! お前、おもろいなあ!」
準が腹を抱えて笑いながらツッコむ言葉を冬馬は聞いているのかいないのか、その後も「分身の術ってやつでしょ?」と言うと、準は息苦しそうな声で「勘弁してくれ」と絞り出す。この本気かボケかわからない言葉が、どうやら準の“ツボ”に入ってしまったようである。
「ま、まあ、術を使うのは一概に間違いではないのだが。いやでも、陰陽師であって忍者ではないから……」
泰典はブツブツと独り言を言いながら引き攣った顔をしていた。そんな陰陽師の気持ちを察してか、準が冬馬の動きを制するように話し掛けた。
「お前が新入りの奴やな。俺の主から迎えに行くよう言われてたんや。俺の名前は堀切準。よろしくな!」
「二之丸冬馬です。こちらこそよろしくお願いします! 迎えの方だったんですね。待ち合わせに遅れてしまって申し訳ありません」
「別に構へん。気にすんな!」
「ありがとうございます! それで、こちらの陰陽師さんのお名前は?」
冬馬は準へ頭を下げてニコリと微笑んでから、泰典に振り返った。
「ああ、私は陰陽頭で土御門泰典だ」
冬馬の名前を聞いて、更にはこの堀切準の登場によって泰典は冬馬に対する警戒を解いたようである。先程までの厳しい表情が、今は若干柔らかくなっていた。
「君がここに来たということは、迎えのもう一人は彼だったんだな。危うく取り押さえて尋問するところだったよ」
「えっ!? やっぱりさっきのは何か術を掛けようとしてたんですか……」
少し冬馬の顔が青くなっていく。一歩間違えていればどうなっていたことか。今は何事もなく無事でいることに安堵する冬馬。
「あ、いや、それは気にしなくてもいい。それより堀切君、本当に彼は二之丸家なのか?」
「はあ!? 二之丸ってあの従家の? えっ、マジで!? いや、俺は美姫さんからは何も聞いてへんわ。あれから指定された場所で待ってたんやけど、時間になっても来えへんからここまで来ただけやし」
「そうか……。では血筋が本物かどうかまだわからないということか。守護師としてもまだ未知数って訳だな」
「んー、どうなんやろな? 初めて会ったし、こいつの力なんか知らんしな。なんやボケとるし、案外普通の人間やったりして」
冬馬には『血筋』やら『守護師』とか『未知数』などという言葉が何のことを言われているのかわからず、「アハハ」と頭を掻いて笑うしかなかった。
冬馬は二人の会話に付いていけず、完全に置いてけぼり状態である。それでも二人の会話はまだ続いていくようだ。
「で、どうして彼がここにいるってわかったんだ?」
「ああ、それか。それはこいつが知らせてくれたんや」
準は顔を右へ向けて目線を後ろにやって、右手の親指を立てて肩越しに後ろへ振った。冬馬と泰典は準の後方へ視線を移すと、ドーベルマンのような犬が口を開け舌を出して「ハア、ハア」といった息遣いでお座りをしていた。
すらりと伸びた四肢が黒光りした光沢のあるスタイリッシュなボディを際立たせている。一般的なドーベルマンとの違いは、耳が垂れていて細い尻尾があるというところか。笑っているかのようなその顔は、まるでドヤ顔をしているように見えなくもない。
「あっ! お前はさっきのわんこじゃないか。居なくなったと思ったらそういうことだったんだ。ここまで連れて来てくれたんだね。ありがとうな」
「ワン!」
ドーベルマンはいつの間にか黒柴犬のゲンの横に並んでいて、二頭とも冬馬に向いてお座りをして尻尾を左右に勢いよく振っている。冬馬は褒美とばかりに「いい顔してるねえ」と言いながら、ドーベルマンの顔を両手でわしゃわしゃと撫でた。それに対してこの犬は更に激しい尻尾の振りで答えている。
「それにしても遅れるんやったら言うて欲しいわ。何かあったんかと思うて心配したで。時間も時間やしな」
「ああ、すみません。でも、時間っていうのは……」
「それは……! フンッ、こういうことやな!」
「――!」
準は何かに気付いたのか、後ろへ振り返った。準だけでなく、泰典も同様に同じ方向を凝視している。そして冬馬もまた、真剣な眼差しでそちらを睨みつけるように視線を移した。
先程まで尻尾を振っていた二頭の犬たちも、今は身を低くして威嚇するように低い唸り声をあげている。
そこに現れたのは――――悪霊だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
じわりじわりと動き出した物語。まだまだ始まったばかりで、アクションと謳いながらほとんどありませんがこれからです。これは遠くへ飛ぶための助走に過ぎません!(作者の個人的見解ですが)
では、今後もよろしくお願いします!
追記:犬の数え方を間違えていましたので訂正しました。




