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月影の守護師  作者: ドッグファイター
プロローグ
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01話 プロローグ① 託された想い

プロローグは全部で四話を予定しています。

 見上げれば澄み切った青黒い夜空が広がり、そこには散りばめられた星々と共に鮮やかな満月が輝いている。ここは人里離れた山中なので都会の喧騒もなく、穏やかな時間が流れている。時折吹く夜風は心地良く、初夏の涼しい空気が木々の隙間をふわりと優しく通り抜けていく。

 そんな情緒あふれる空間に、ひっそりと紛れるように人知れぬ神社があった。


 そして、まさに今ここで生死の岐路に立たされている者たちがいたのである。


 境内の中央に鎮座する社の横では白い長羽織を着た男が地に片膝を突き、まだ幼い少女の肩を()()から(かば)うように抱いている。男の表情は強張り、じっと一点を見つめている様は見るからに緊迫した状況なのだとわかる。かたわらの少女は無表情のまま、男と同じ方向をただ眺めていた。

 この二人が目にしている光景とは――息も絶え絶えな複数の体が横たわっているそのそばに、仁王立ちで(たたず)む男の姿であった。

 身に(まと)った檳榔子染(びんろうじぞめ)の羽織が、夜の微風に吹きつけられ腰の辺りで(なび)いている。その堂々たる立ち姿は勇ましさの中にも、どことなく優美な雰囲気をも兼ね備えている。

 しかしその表情は穏やかではなく、下唇を噛み締めたその顔は込み上げてくる感情を必死に堪えているように見える。


 その男が鋭い眼光で見つめる視線の先には――


 ――不気味な巨漢の人影が立ちはだかっていた。


冬二(とうじ)……! 何……やってんだ……今のうちに……早く……姫……を……」


 横たわっている男がうつ伏せている顔を横に向け、息も絶え絶えな状態で口を震わせながら、何かを訴えるような目で男を見上げて睨んでいる。


「ちっ、バカ言うな。お前らを置いて逃げるなんて出来るかよ」


 横たわっている男の振り絞るように出した言葉を、冬二と呼ばれた男は少し引きつったような薄ら笑いを浮かべ真っ向から拒絶した。それを後方で見ていた白羽織の男が、苛立ちを隠さず必死の形相で叫ぶ。


「バカ野郎っ! こいつらが誰のためにこうなったと思ってるんだ!」 


「うるせえなあ。こいつらの事なんか、お前に言われなくても俺が一番よく知ってるさ。ここから離れれば助かるってこともな」


「だったら早くしろ! ここはもう長くは持たんぞ! こいつらの想いを無駄にする気か!」


「お前は何もわかってねえなあ」


 背中越しに聞いていた声の方を振り向き、冬二は少し困ったような表情を見せた。


「よく考えてみろよ。ここから逃げても、あいつはまたどっかで暴れ出すだろ? そしたら今度はどんだけの犠牲が出るのか、わかったもんじゃねえ。せっかくこいつらが体張ってあのバケモンの力を削いでくれたんだ。今ここであいつを仕留めた方が賢明なんだよ」


 冬二は少し面倒そうに答えた後に表情を崩し、最後に「そうだろ?」と言って不敵に笑った。それは自棄になったような笑みではなく、何かを決意したような自信に満ちた笑顔だった。


「まさか、あれをする気か!? それじゃお前が……!」


「そんなの承知の上だ。それで他の連中を守れるんなら、こいつらだってわかってくれるさ」


「何を言ってるんだ! そんなことをして、残されたお前の息子はどうするんだ! 駄目だ、やっぱり駄目だ! それなら俺が代わりに――」


「お前じゃ無理なんだよ。……お前は足手まといになるから、早く姫を連れて逃げるんだ」


「いや、しかし――」


「もう決めたんだよ。俺がみんなを救ってやる。これ以上は言わせるな」


「……くっ!」


 冬二は白羽織の男に背を向けて、男を追い払うように右手を二度振った。白羽織の男は低い声で真顔になった冬二を見て、唇を震わせながら下唇を噛んだ。

 冬二は横たわっている男に歩み寄り、(うつぶ)せている背中にそっと手を添えた。まだ辛うじて息はあるようだが、声にはならないような嗚咽で涙を流している。


「姫、今からそいつと一緒に西の別邸まで走ってください。あそこまで行けば大丈夫ですから。絶対に後ろを振り返ってはいけません。なに、心配いりませんよ。私たちもすぐに向かいますから」


 幼い少女に振り返って向けられたその言葉は、慈愛に満ちた優しい声だった。そして冬二の見せた優しい微笑みに、少女は目を真っ赤にして無言で頷いた。冬二の言葉が嘘だとわかったのだろうか、一瞬何かを言い掛けたのだが、言葉を飲み込むように口を(つぐ)んで背を向けた。

 冬二は少女の背中を満足そうに見つめたあと、白羽織の男に向かって苦笑した。


「悪いな。……愚息のこと、頼むわ」


 冬二の屈託のないその言葉に、白羽織の男は大粒の涙を流しながら頷いた。

 白羽織の男はすぐさま反転して向きを変え、少女と共に全速力で走り出した。零れる涙を拭いもせず無我夢中で走って行く。

 少女も小さな体で懸命に走っている。時折転びそうになりながらも、前だけを見て必死で駆けていく。そして少女は一度も後ろを振り返ること無く、この場から離れていった。

 その小さくなっていく少女の後ろ姿を、冬二は安堵の表情で見届けた。


「それでいいのです、姫」


 冬二は横たわっている男の肩を軽く叩き、ゆっくりと立ち上がった。そして左手小指に嵌めている指輪をしばらく眺めた後、その指輪を外して右手の小指に付け替えた。

 おもむろに夜空を見上げ、輝く月に向かって「あとは頼むぞ」と小声で呟いた後、勢いよく不気味な巨漢の人影の前へと飛び出していく。

 そこには少女に向けられた優しい顔はなく、清々しいほどの生き生きとした笑顔だった。




最後まで読んで頂き、ありがとうございます!


少し「?」なことが多かったとは思いますが、展開を追うごとに色々と明らかにしていく予定です。


では、次話はこの後引き続き投稿しますので、よろしくお願いします!

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