51ハルトの痕跡
(キアル視点)
ようやく騒ぎも落ち着いてきて、客の避難誘導も終わる頃、俺は部下から報告を受けていた。これだけの騒ぎに関わらず、客にもサーカス関係者にも、大きな怪我をした者が居なかったらしい。俺はふうっと息を吐き、部下に新しい指示を出した。
サーカスの関係者を全員集めるように指示を出したのだ。今回の騒ぎの原因である魔獣とそれを操っていた女を調べるのは当たり前だが、責任者の団長にもしっかり話を聞かなければ。
しかし全員集まったと聞きその場所へ行ってみれば、あきらかに人数が足りていなかった。確認のため集まったサーカスの団員に聞いたところ、今集まっているサーカス団の関係者の人数は、やはり少ない3分の2だと言う。まだザワザワしているため全員集まって居ないだけかとも思ったのだが…。少し待っても残りの関係者が集まる気配はなかった。
しかも見回りをしている部下からの報告で、騒ぎの原因の魔獣と、それを操っていた女の姿が見当たらないと報告をうける。挙句、団長の姿もないと言うのだ。
何だ?何が起こっている?こういう場合、団長が先頭に立って騒ぎを沈めるのは当たり前なため、集合に遅れるのは分かる。分かるが、これだけ落ち着いてきたのに、どこに居るのかも分からないのはおかしい。
もう1度団長を探しに行かせ、魔獣使いの女の捜索もする。その指示を出している最中、パトリシアがこちらに走ってくるのが見えた。そして俺の前に着いたとき、その姿に驚く。
「パトリシア何があった!大丈夫なのか?怪我していないか?」
服は物凄く汚れて、生地が切れている部分もある。腕と頬に切り傷も付いていた。深い傷では無さそうだが。心配し慌てる俺とは別の慌て方をするパトリシア。
「あなた、私の事よりフレッドとハルトちゃん見てない?!」
「………何だ?何があった?」
パトリシアを落ち着かせ話を聞いた。その話を聞きまた慌て始める。そんな俺達に向こうの方から俺達を呼ぶ声が聞こえてきた。
「父さん!母さん!」
フレッドがリスターと共にこちらに駆け寄って来た。良かった。フレッドは無事だ。リスターにフレッドとパトリシアを頼み、グレンと一緒にハルトを探しに行く。
「あなたお願いね!」
「ああ、分かってる!」
パトリシアが最後にハルト達を見た場所へ急ぐ。テントの中はほとんどが俺の部下と、冒険者ギルドから事態の収拾を依頼された冒険者だけになっている。
最後にパトリシアがハルトを見た場所は、遠くから見ただけでも、かなりの惨状になっていることが分かった。柱は倒れ客席を押しつぶし、そしてパトリシアが倒したと思われる大きな魔獣が倒れている。
パトリシアに言われた場所に着き辺りを見渡す。ハルトが魔獣に咥えられた所まではパトリシアが確認している。そこからどこへ移動した?どこへ行ってしまったんだ。ハルト達の居た痕跡を探すが全く見当たらない。
探しながら今回の事件のことを考える。そもそもこれは突然言う事を聞かなくなった、魔獣の暴走による事故だったのか?もしかしたら今は行方が分からない、あの魔獣使いの女が、故意にやった事だったとしたら?もしそうなら狙いは何だ。何のために事件を起こした。それに姿が見えない団長のことも気になる。それと集まらないサーカス関係者。
ハルトの痕跡と考えることに集中していた俺をグレンが呼んだ。
「旦那様、あれを見てください!!」
指差された方を見る。テントの天井近くにある折れた柱の部分に、見覚えのある物が引っかかっていた。俺は口笛を吹き、外を飛び回って警戒してくれていたルティーを呼んだ。そして引っかかっている物をとって来てもらう。
引っかかっていた物。それは木で出来たおもちゃの剣だった。その剣の柄のところ、そこにハルトの名前の頭文字が付いていた。やはりこのおもちゃの剣はハルトの物。あんな天井近くに?あそこまで運ばれたのか?そして天井の生地が破れている所から外に連れ出された…。
「ルティー、匂いを追えるか?」
ルティーが飛び立ち天井まで行くと匂いを嗅ぎ始めた。そしてひと声「ピュピィー!!」と鳴いた。それからすぐに外へ出て行く。急いで外に出て上の方を見ると、俺達とは反対方向へ降りて行くルティーを見つけた。
反対側まで移動すると、俺達を待っていたルティーがまた飛び始めた。どんどん街の外へ外へと向かっている。全然止まる気配はなく気づけば街の外壁の所まで来ていた。どこまで行くか分からないが、外に出るなら馬で行ったほうが良いだろう。夜の道を徒歩で歩くのは危険だ。門の所に繋いであった騎士の馬を借り、すぐにまた追いかけた。
それにしても本当にどこまで行くんだ?ルティーのことはもちろん信頼しているが、こうも遠くまでくるとは本当か?と思ってしまう。たまに魔獣の足跡が残っているが、それがオニキス達なのかはっきりしない。
しばらく進むとようやくルティーが止まり、その場で旋回し始めた。旋回しているルティーの下に着くとすぐに降りてきて俺の肩に止まる。
「こんな遠くまで来たのか」
「運んでいるのは魔獣ですからね。そして追いかけたのはオニキスです。魔獣を操っていた女もロイも、魔獣やオニキスに乗ってしまえば、移動などすぐでしょう」
その場を捜索する。物は出てこなかったが、はっきりと地面についた足跡を複数発見した。まずは最初にルティーが旋回した場所複数の足跡。そして少し離れた場所にまた複数の足跡だ。その足跡の方には複数の人間の足跡と魔獣の足跡が残っている。
「おかしいな」
「そうですね」
「あっちの少ない足跡はオニキス達だろう。あの小さい足跡あれはブレイブ達のだ」
「そうですね。そしてオニキス達はあちらの足跡の方へ歩いて行った」
確かに足跡はあるのだが、その足跡のつき方がおかしかった。ある一定の場所にしか足跡がなかったのだ。普通足跡があればどこからかつながってきているものだ。もちろん時間が経てば消えてしまうが、これだけしっかりした足跡だ。そう簡単に消えるはずはないのに、その場所にしか付いていない。少し遠くの方まで足跡を探したが、先程ここまで来た時に付いていたような足跡が全くなかった。突然ここに現れそして突然消えたというような感じだ。
そして、この足跡から分かること。100%とは言わないが、ほぼハルトは何処かへ連れて行かれた事は間違いないだろう。
「一体何が。ハルト達は何処へ連れて行かれたんだ」
「こちらの複数の人間の足跡。最低でも3人は関わっていることになりますね」
「狙われたのはハルトか。それともスノーか。あの時の黒服が関わっている可能性も出てきた。…くそっ!」
「旦那様、ハルト様達を見つけるにも、1度戻りサーカスを調査しましょう。この辺りの調査ももう少し念入りに調べなければ」
「そうだな。よし戻るぞ」
街に戻り屋敷に戻っていたパトリシアに見てきた事を報告し、おもちゃの剣を渡す。それを見たパトリシアは一瞬とても悲しそうな顔をしたが、すぐにしっかりした顔つきに戻りそして。
「ハルトちゃん。待っててね。すぐに見つけてあげるから。ね、あなた」
「ああ、そうだな。必ず見つけて連れ帰ろう」
「そしてハルトちゃんをひどい目にあわせた輩には、私が地獄をみせてやるわ」
「あ、ああ。そうだな」
「奥様!私もそれに参加してもよろしいでしょうか!私もハルト様を拐った輩に、地獄を見せたいのです!!」
いつの間にかビアンカが部屋に来ていた。そしてビアンカの格好。すでに準備を整え、左の腰に剣をさし、右の腰には袋が装着してある。あの袋はビアンカが愛用している物で、中にはたくさんの強力な魔力石が入っているのだ。
「もちろんよビアンカ。私達で必ずハルトちゃんを助けて、誰かは分からないけれど、必ず地獄を見せてやりましょう!!」
確かに俺もハルトを連れ去った奴らを許すつもりはないが。犯人を見つけ犯人達を捕まえ話を聞く前に、犯人の連中は殺されそうだな。しかもかなりの地獄を見て…。