30突然の闇の力
(キアル視点)
牢屋に着くと、すでに尋問は始まっていた。この事件に関与したギルド職員や、初級から中級冒険者の尋問は、ザインや俺の部下達に任せておいて平気だろう。
ひときわ煩い牢屋の前を通る。取り引き相手だった貴族が入れられている牢だ。ライネルが貴族の尋問の担当をしている。ぎゃあぎゃあ騒いでいるが、あれもいつまで続くか。奴はライネルの怖さを知らないからな。この貴族が一体どんな悪事に手を染めていたか。まあ、ライネルなら全て聞き出すだろう。
俺はさらに牢屋を奥に進む。1番奥の牢へ着くと中を覗く。そこではガントがヤクの尋問をしていた。俺の姿を見たヤクは、余裕の表情を不敵な笑いへと変えた。
ヤクには今回の首謀者が誰なのか、絶対に聞き出さなければ。ヤクのあの余裕。よっぽど強い魔力を持っている人物が関わっているはずだ。ただヤクがそう簡単に情報を漏らすこともないだろう。どうしたものか…。
牢の中に入りヤクの前に立つ。相変わらず不敵な笑みを浮かべたままだ。
「さっきから話をはぐらかせてばかりだ。ここに来てからずっとだ。」
「そうだろうな。おい、お前はこれから裁かれて、奴隷落ちになるんだ。そして炭鉱で働かされる。そうなればどうなるか、今までギルドマスターをしていたお前なら分かるだろう。どうせ死ぬんだ。知っている事を全て話して、少しは私の役に立ってから死んでも良いんじゃないか?首謀者は誰なんだ。」
「ふん。どうせ死ぬなら、何も言わなくても良いって事だろう?それに、俺はそう簡単に死なないさ。今だってあの方が、俺をここから出す為に、いろいろしてくれてる筈だからな。」
はあ、やはりダメそうだな。尋問のプロがここに居てくれれば、少しは違うんだろうが。後は珍しい物で値がはるが、真実の実があれば。真実の実とは、それを食べた者は聞かれた事に対して、必ず真実しか話せなくなる木の実だ。だがその木の実をこの小さい街で売っている訳もない。しょうがない、ここは粘るしかないか。
ガントに誰かと交代で、尋問を続けるように言い、俺はヤクが使っていたギルドマスター室へと移動した。ここで聞き出した情報を整理する為だ。
ギルド職員としたっぱ冒険者からは、大した情報は得られなかった。まあ、そうだろうな。あいつらは何かあった時の、ヤク達のための捨て駒だろう。バカ貴族は論外だ。あれはただの欲深で、何1つ世の中の為にならない大バカだ。
昼頃、少し仮眠をとろうと、ソファーに腰を下ろしていた時だった。空いていた窓から突然、オニキスが入ってきた。
「お前、ハルトはどうしたんだ!見ていろと言っただろう!」
「ハルトは今ライネルに預けた。それよりも闇の気配がする!近くだぞ!」
その言葉と同じくらいに、今度はバタバタと足音が聞こえたかと思えば、ザインが慌てて部屋に入ってきた。
「おい、すぐに来てくれ!ヤクの様子がおかしい!」
慌ててヤクのいる牢に駆けつける。オニキスも付いてきた。牢の前にガントが立っている。とても驚いた顔をしたまま俺の方を見た。近づき中を覗く。そこには…。
「ぐっ、がががっ…。な、ぜ…。」
ヤクの体を、黒いモヤのようなものが締め付けていた。締め付けが強いのか、ヤクの体はあちこちから血が流れていて、口の中からも黒いモヤは出ている。体の中からも外からも、黒いモヤはヤクを殺そうとしていた。
「何だこれは…。」
「分からない、突然で。突然奴の付けていた指輪が光ったと思ったら、指輪から黒いモヤが溢れ出して、ヤクを襲ったんだ。近づかない方がいい。俺達も巻き込まれるぞ。」
何が起こっている?ヤクは一体何をしたんだ。いや、奴の指輪か?どんな指輪を付けていたんだ。黒いモヤの締め付けはさらにキツくなる。多分ヤクはもうそんなにもたない。その時ヤクが、
「な、ぜだ、なぜ…、これ、は…、しょう、めいだ、と…。ぐっ、ぎゃああああああっ!!」
ヤクの体が締め付けに耐えられず、弾け飛んだ。後ろに下がっていた俺達の所にも血が飛んできた。
が、それを気にしている場合では無かった。牢屋の影になっていた場所から、黒い塊が出てきた。オニキスが唸り始める。その様子に俺達も剣を抜いた。黒い塊は、黒い深いフードを被った、全身黒尽くめの人の姿に変わった。
「何者だ?」
俺の言葉には何も反応せず、黒服の男はヤクの付けていた指輪を拾い上げた。
「やはり話を聞いていなかったか。時間が守られないなら、死ぬと言っていたはずだったが。挙句あれを奪われたか。だが今は時間がない。まあ、どこに居るかは分かっている。後で捕まえにくれば良いだろう。今はあの変異種のフェンリルの方だ。あっちも揉めているようだからな。」
黒服が影に沈み始めた。
「おい!待て!!」
急いで奴の所へ行こうとしたが、オニキスが止めてきた。
「止めておけ、あれは闇魔法。もう奴の空間には、俺たちは近づけない。」
黒服が完全に影に消え、後にはヤクの血溜まりだけが残っている。牢の中はしんと、静まりかえった。そして。
「キアル様!………こちらもですか。」
アランが走って来て、牢の中を見てこう言った。話を聞くと副ギルドマスターの方でも同じ事が起きたらしい。黒服は現れていないようだが。様子を見に行くと、言われた通り、同じ状況だった。
ギルド職員や冒険者は誰も死ななかったが、一体何が起きたのか。ザインにここの事を任せ、ガントとアランと共にギルドマスター室に戻る。部屋に入るとハルト達とライネルがいた。ソファーに座っていたハルトは俺の姿を見ると、足が地面に届いていないため、一生懸命にソファーから飛び降りて、俺に抱きついてきた。何も言わないまま、ぎゅうと抱きついたままだ。抱き上げて抱きしめてやれば、さらに強く抱きついてきた。
「どうしたハルト?」
「俺がここに闇の力が近づいてるのに気づいて、それをたまたまトイレに起きていたハルトに言ったら、心配してここに駆けつけたんだ。」
「そうだったのか。ほらハルト、俺達は何ともないぞ。」
そう言ってやれば、顔を上げ、
「けが、ちてない?」
と、すごく心配した顔をして聞いてきた。かなり心配させてしまったらしい。ライネルがここの事は任せて、ハルトの為に一緒に宿に戻れと言ってきたので、ここをライネル達に任せ、オニキスの背中にはスノー達が全員乗り、ハルトを抱っこしたまま宿に戻った。
宿に戻った後も、抱きついたままのハルトを落ち着かせ、もう1度眠ったハルトをベットに寝かせ、ようやくひと息ついた。
少しの時間で、いろいろな事が起き過ぎだ。一体何が起こっているんだ。