101オニキスは今
ディアンにかなり遠い場所まで送ってもらい、そこからはなるべく寝ずに、元の住処まで走った。早く用事を済ませて戻らなければ、ハルトは俺の事を心配して、そのうち泣き始めるかもしれない。
最後の休憩をとり、最後2日は完全に寝ないで森まで着くと、森に入ってすぐ腹を満たしながら、奴がいるか気配を調べる。
ダイアー・ウルフの奴だ。森の奥の奥。奴の気配を感じた。ちゃんと森にいてくれてよかった。あいつが帰ってくるのを待っていたら、ハルトの元へいつ戻れるか分からん。
腹を満たして、すぐに走り出した。もちろん奴への土産も忘れていない。近くの街で悪いとは思ったが、酒の瓶を何個か頂いてきた。紐が付いていて持ち運べる物だ。ちゃんと人間達の話も聞いた。あそこの酒は不味いとか、ここの店の酒は最高だとか。取り敢えず最高と言っていた酒屋から頂いてきたのだが。
これで奴も気分よく話をしてくれるだろう。もちろんこの酒には、マロン達のお礼も兼ねている。
森を走っているとマロン達、この前火山地帯で出会った魔獣達の気配を感じた。おっ、今マロンが獲物を捕まえたな。皆元気にしているようだ。帰ったらハルトに元気にしていると伝えよう。
森を走っていて思うこと。ここは何も変わらないな。ずっとここにいたせいか落ち着くのもあるが、なぜかは分からないがここは人間があまり手を加えてこない。他の森は木を切り倒したりと、地形がころころ変わるのだ。それがないため昔から生活のリズムが壊れない。
ハルト達と暮らしていた家を通り過ぎ、ここからは強い魔獣ばかり出てくる。一応気をつけて進もう。
ちなみに奴は、俺が森に入った瞬間、俺のことに気づいたからな。あっちへふらふら、こっちへふらふらと、俺に会うか合わないか考えているらしい。ダメだぞ。今はダメだ。俺は用事を済ませて早くハルトの所に帰らなくてはいけないのだから。
スピードを上げ、木を飛び越えながら後少しでも奴に所に着くという所で、奴のふらふらが止まった。俺が来るのをしょうがないと諦めたようだ。
最後に大きく木を飛ぶと、大きな木の所に奴が腹を出して寝転んでいるのが見えた。そのすぐ近くに完璧な着地を決める。ふむ。オニキスサーカス団のおかげで、着地が綺麗にできるようになった。
「で、今日はどんな面倒ごとだ。お前が来るのは面倒事が起きた時だけだからな。それにしても今日はチビ達はいないのか?」
ハルト達をガキと呼んでいた奴が、チビと言い換えている。奴の中でハルト達は少しいいものに変わったらしい。
「この前のような面倒事ではない。確かめたい事があるんだ。が、その前にこの前の礼と土産だ。人間達は最高と言っていたぞ」
奴の方に酒瓶に投げると、パッと起きて全ての酒瓶を上手く咥え、木の所に全て置いた後、1本をいっきに飲み干してしまった。
「おぅ、確かになかなかの酒だな」
そう言い、もう1本いっきに飲み干した。
「よし、なんでも答えてやる」
やはり酒を持ってきて良かったな。俺は早速奴にアレの話を始める。そう、あのドルサッチと穢れの話を。
最初酒を飲んでご機嫌だった奴の表情が、真剣なものに変わっていく。
「本当にその人間から穢れが溢れたのか?」
「妖精達の話が本当ならばな。妖精達が穢れに襲われていたのは本当だし、わざわざこんな嘘をついてもしょうがないだろう」
「確かにな。そうか…」
奴は少し黙り込んだ後、ドルサッチ達の顔をちゃんと記憶しているか、と聞いてきた。もちろんドルサッチを見張っていた時、奴の顔と仲間の顔は覚えた。ハルト達に何かあるといけないからな。
「よし、ちょっとここで待っていろ。話をするのに、ちょうど良い奴がいる。最近この森に来た妖精だ。呼んでくる」
そう言うと奴はどこかへと走って行ってしまった。誰を呼びに行ったんだ?
奴は俺が思っていたよりも早く戻ってきた。頭の上の黒と青の色の妖精を乗せている。
「こいつは俺たちの記憶を覗いて、それを正確に描く事ができるんだ。お前のそのドルサッチとかいう男とその仲間の顔を描いて貰えば、何か分かるかもしれん。もちろんあの時の男は死んでいるだろうからな、それの関係者かどうか、とかな」
そんな妖精がいるとは。ちょうど良い時に森に来てくれた。
早速絵を描いてもらおうと俺がじっとしていると、妖精は俺のおでこと自分のおでこをつけて目を閉じた。そして俺に顔を思い浮かべろと。俺も目をつぶり奴らの顔を思い浮かべる。
少しして妖精は俺から離れると、地面に絵を描き始めた。驚くことに妖精が絵を描くと自然と色がつき、本物と変わらないドルサッチ達の顔がすぐに出来上がった。
「凄いな」
「だろう。今度こいつにも土産を持ってきてやってくれ。今回の礼に」
「ああ勿論だ」
妖精に礼を言うと、今度は奴のおでこにまたおでこをつける。それが終わると、1人の男の顔を描いた。それは昔奴があった事のある、あの穢れを操る男だ。こんな顔だったのか。
それぞれの顔の絵を見比べる。そしてあることに気がついた。
「おい、この3人、どことなく似ていないか?」
「ああ」
昔奴が見た穢れを操っていた男の顔と、ドルサッチ、それから奴の隣にいた確か名前はグイダエスだったか? この3人の顔がどことなく似ている気がしたのだ。
ドルサッチの場合は目元が、グイダエスの場合は鼻と口元が、それぞれ似ている。
俺たちの会話を聞いていた妖精が、もう1つずつ顔を描くと、面白い事にその顔が地面から浮かび上がった。そして半分に顔の絵を切ってしまうと、ドルサッチの目元とグイダエスの鼻と口の部分をくっつけた。
それはかなりの衝撃だった。
「おいおい、これは」
「まさかこんなになるとわな」
2人の顔をくっつけたら、昔の男の顔とほぼ同じ顔が出来上がったのだ。妖精が自慢げに胸を張っている。妖精には今度、たくさんお土産を持って来なければ。
それにしてもこれはどういう事だ。ドルサッチ達の会話から、グイダエスは彼の使用人という感じだった。実はドルサッチの関係者で、そしてドルサッチ達は昔の男の関係者なのか?
「お前達が助けた妖精の話は本当らしいな。この2人、いやこっちのドルサッチだったか? こいつはあの男の血筋の人間だろう。これだけ似ているんだ。そして奴自身も気付いていないが、奴は男の力を受け継いでいる可能性がある。そっちの男はなんとも言えんがな」
これは不味い事になった。まだ奴が力に気付いていないことが救いだが、もし力に気づきハルト達や、ハルトの大切な者達を襲ってきたら? そしてグイダエスの方は、やつとどういう関係か分からないが、もしこちらも俺達が知らないだけで、穢れを操る能力を持っていたら?
「ドルサッチ達は、今お前がいる街に居るんだな?」
「ああ」
それだけ聞くと、先程のように考え始める。それからまたすぐに待っていろと言って、妖精を元の場所に戻しながら、別に誰かを連れてくると言い出した。
妖精に礼を言い、今度必ず土産を持ってくると約束して、妖精は奴に連れられ帰っていった。
先程よりも戻ってくるのが遅かった奴だが、帰ってきた奴の隣には、奴にそっくりな若いダイヤー・ウルフが立っていた。誰だ? 俺が見たことがない。
「こいつは俺の息子で、別の森にいたんだが、その森が火事で半分以上消滅してな。ここに越してきたんだ」
これもまた、ドルサッチとは別に衝撃的だった。お前番がいたのか? いや子供がいたのか? 言いたいこと聞きたいことはいろいろあったが、奴は勝手に話を進める。
「良いか。これは俺達にとっても大変な問題だ」
昔のように、ドルサッチ達が力をつけて、森に攻撃を仕掛けてきたら? 力のレベルが分からない人間が2人いるのだ。どうなるか分からない。
「そこでだ。俺の息子は俺と同じように、かなり強い穢れでも祓う力を持っている。俺はここを少しの間息子に任せて、お前と一緒にドルサッチ達のいる街に行こうと思っている」
「ああ…ああ!?」
「だから一緒に行くと言っているんだ。危険な奴らだと分かったのだ。ここへ奴らがくる可能性があるのなら、奴らを今のうちに倒す方が良いだろう?」
俺は奴と奴の息子を交互に見る。そしてもう1度声を上げた。