ナッツクラッカー2 ~ 愛欲の応酬 ~
最強の男の宿命とは戦い続けること。
敵の金玉を闘気で破壊する伝説の格闘技、玉砕拳の伝承者ふじわら・ナッツクラッカー・しのぶは今日も今日とて強敵との戦いに興じていた。
なぜ彼は戦うのか?
戦っている最中だがちょっと聞いてみることにしよう。
「あのー、ふじわらさん。貴男は何故戦うのですか?」
ふじわら氏は相手の股間から袋を毟り取っている途中だったが、我々インタビュワーの質問に答えてくれた。
バックグラウンドボイスは相変わらず「ぎゃあああああ!!!」だが、今回は特殊なマイクを使って取材しているので問題はない。
「ぎゃあああああああああああああああ!!やめてやめてやめて!痛い痛い痛い!」
「何が痛いだ、この野郎。こんなもん枝毛抜いているようなもんだろうが!」
ふじわら氏はせっせと今日の大戦で敗北した対戦相手の股間からおでんの定番の具材、がんもどきによく似たものを引き千切っていた。
尚、手術中に出血しないのは彼のプロフェッショナルたる由縁だろう。
何度見ても惚れ惚れするような素晴らしい仕事ぶりだ。
「ところで、そこのお前は俺に何の用だ。お前らもアレか?俺に税金払えって言ってるのか?いいぜ、そこに並んでな。左から順番に相手してやるからよぉぉ…」
「私は保険の勧誘員ですよ。ひどいな、もう…。今日は彼女とお泊りデートの予定だったのに」
保険の勧誘員を名乗る男は股間を押さえながら泣いている。
股の間から滴り落ちる血液が何とも痛ましい。
何とふじわら氏が戦っていた相手はどこぞのセールスマンだったのだ。
「うるせえ!!そんなことは俺の知ったことか!!文句があるなら仕事なんて止めちまえ!!俺は絶対に新聞なんか取らねえからな!!俺が読むのは神聖ふじわら新聞だけだ!!覚えておけ!!」
しのぶは毎朝、自分で自分の家に自分で書いた新聞を投函していたのだ。
この常人では決して耐えることの出来ない過酷な環境に自ら立ち入るという禁断の行為をやってのける超人的な精神の有り様から見てもしのぶが一流の戦士であることは明白だろう。
というかまともな精神の人間ならば絶対にしない。
「ところで、ふじわら・N・しのぶさん。公平にして公正なるマスメディアの端くれとして貴男に質問です。貴男は何故そうまでして戦うのですか?理由を教えてください」
しのぶは男の股間にフックを叩きこんだ。
格闘技界最速の打撃と言われるリードストレートに比べれば幾分か劣るが、それでもボクシングのフックは非常に対応することが難しいパンチである。
ストレートが直球的なパンチならば、フックやスマッシュなどはリズムのパンチとでも言うべきか。
下手にガードすれば、より自分を不利な状況に追い込んでしまう攻撃手段だった(※相手も同様のリスクを背負うが)。
バウンッ!!
男の股間にしのぶの強烈なパンチが突き刺さる。
しかし今回に限っては勝手が違った。
相手の男はただのインタビュワー、ずぶの素人である。
テクニックとか、フィジカルとかは論外の相手だったのだ。
しのぶは相手の金玉を砕きながら、家のおでんに入っている白滝のドロドロになるまでの刻限が迫っていることを今さらのように後悔していた。
しのぶは敵に対して同情しているのではない。あくまで白滝の心配をしているのだ。
「げはうッ!!良かった。本当に良かった。実はね、ここに来る前に貴男のことは”ラジオ人生相談室”で相談しておいたから私は自分の金玉に保険をかけておいたのですよ。ワンセットくらいなら保険の適用内ですから警察には訴えませんから。いい加減、教えてくださいよ。貴男の戦う理由をねえ?」
男はしのぶの悪魔から授かった筋肉(背筋)で思い切りぶん殴るだけのパンチを股間に受けておきながら平然とした顔をしていた。
そして、男はそれこそまるで”お役所仕事”のように破損した金玉を投げ捨てる。
(※ 金玉を公共の場で晒すことはできないので、この時は高校球児が使うキャッチャーミットくらいのがんもどきが使用されたことは言うまでもない。)
「小癪な策士め」
しのぶは地面にツバを吐いた。
男は丁寧におじぎをした後に名士を手渡してきた。
バリッ!メリメリッ!
しのぶは名刺を受け取った後にすぐ食べてしまった。
何としのぶは童歌から山羊の作法を学んでいたのだ。
「流石はふじわら・N・しのぶ様。まさか山羊の作法にまで通じているとは思いませんでしたよ。私の名前はカーネル・ジョージサンダー・チョコレートスキーと申します。今日の真の対戦相手は私でございます。どうかお覚悟を!!」
男はグレーのスーツとやYシャツを同時に脱ぎ捨てた。
無骨なスーツから紫のピチピチなレオタードを着たそれは見事な女性の肢体が現れた。
男は男ではない。女だったのだ。
(するとあのオチンチンは偽物だったとでもいうのか)
しのぶはガードを固めて女の出方を伺った。
「お前の名前、知っているぞ。カーネル・ジョージサンダー・チョコレートスキー、人呼んでウィメンレディーマン(意味不明)。噂では倒した相手のスマホのバッテリーを集めているそうだな。そんなものを集めて一体どうする?」
「ウフフフ。知りたければ私を倒して見なさい。そうすれば教えてあげるわ。私のスリーサイズを…」
そう言いながら女は自分の胸や股間を愛撫する。
その最中、しのぶは女のしなやかな肢体を目で追っていた。
起伏に富んだ艶やかな稜線がしのぶの獣性を刺激する。
さらにカーネル(以下略)はこれでもかとばかりにねっとりとした甘い息を吐いた。
しかし、しのぶはさっきからずっとオシッコを我慢していたのでどうでもいい出来事だった。
「不埒者め!!スリーサイズの自慢がしたければ自分のブログとかでやれ!!」
しのぶは屈強な男たちの金玉を一撃で破壊してきた正拳突きを放った。
カーネルは得意の先読みでしのぶの正拳の軌道を見切り、射程範囲ギリギリで回避する。
あまつさえ手の甲にキスをしていったのだ。
「クスクスッ。どんな男も女の股から生まれたことには違いない。ゆえに私の使う格闘技、子宮女神拳は子宮からテレパシーを出して男たちの行動を事前に予知することが出来るのよ?あふんっ!!」
カーネルは蠱惑的な笑みを浮かべながら片目を閉じる。
だがしのぶにとってはそれどころではない。
今はいつ、オシッコタイムを申し出るか。それだけだったのだ。
(クソが。この俺ともあろうものが今ははち切れんばかりだ。子宮女神拳、噂以上に強力な拳法であることには違いないだろう。だが俺にも意地がある!!)
しのぶは両足に意識を集中し、連綿の気合を吐く。
ガスンっ!!!!
即ち震脚を放ったのだ。直後、しのぶの闘志に呼応するかのように大地が揺れた。
「ゴメンッ!!やっぱもう限界!!トイレ行ってくる!!」
しのぶは脱兎のごとく最寄りのコンビニに目指して走り去った。
カーネルはしのぶの背中を見送る。
「ええー。いいわよ。行ってらっしゃいー」
カーネルは持ってきたカバンからコンパクトを取り出し、化粧を整えていた。
妖艶な美貌を誇るカーネルも三十路、最近はすっかり化粧のノリが悪くなってしまったのだ。
カーネルはファンデーションと口紅を適当に塗り直すと、まだしのぶがおしっこから戻って来ていないので仕方なくスマホで「相棒」の再放送を見ることにした。
寺脇康文の登場するシーズンが見たかったが、成宮寛貴の出る話しかも最悪の最終話しかやっていなかったのでそれを見ていた。
「待たせたな。カーネルとやら」
大体、二時間くらい後。
しのぶはおでんの容器を持ってカーネルの前に立っていた。
時節は冬。外気も突き刺すような寒さになっていたのでおでんでも食してから戦おうかというしのぶなりの計らいである。
「よお!待ったかい?」
しのぶは横になってスマホの画面を見ているカーネルに気さくに話かけた。
だがカーネルは何も言わない。
身動き一つせずスマホを持っているだけだ。
いつまでも動かないカーネルのことが心配になってしのぶは彼女の肩を揺らした。
ガタリ、スマホがカーネルの手から落ちた。
しのぶはそっとカーネルのほそい首に手を当てる。
体温が感じられないどころではない。
(これは…死んでいる!?)
無情なるかな。
しのぶがトイレに行っている間にカーネルは凍死してしまったのだ。
しのぶはカーネルの身体を毛布で包み、どこかの港に行った。
そして寒空の下で冷たくなったカーネルを海に投げ込んだ。
「美しき戦士カーネル。お前のことは忘れない」
しのぶはおでんのおつゆを飲み干しながら家に帰った。
カーネルが敵のバッテリーを欲している理由はドラマばかり見ているのですぐにバッテリーが無くなってしまうからです。