第47話 スウィートトリップ
『魔神に心臓をつかまれる』という恐ろしい目に遭ったせいで日曜日は何もする気が起きず、ずっと家に引きこもっていた。
そして翌日。
「ふわ~あ」
俺は大きなあくびをしながら校門を通り抜けた。真っ暗な場所にいると魔神の恐怖がよみがえる。だから明かりをつけたまま寝ているが、そのせいで眠りが浅くなっていた。
――俺の能力って眠気の耐性もないんだな。いや、下手に耐性があったら不眠になりそうだし、ない方がマシか……。
俺はぼんやりとそんなことを考えながら教室へ向かった。
× × ×
「My motherのように『私の~』と言う場合は2人称ではなく3人称となり……」
――眠くて授業が全然頭に入ってこねえ。
かといって、教壇前の席だから居眠りするのもマズい……。寝落ちを必死にこらえていると、突然後ろでガシャンと音がした。
――な、なんだ!?
物音に驚いて俺はビクッと肩が大きく跳ね上がる。その瞬間、握っているシャーペンが砕け散った。
――ヤバイ!! 力が入り過ぎた!! だ、誰かに見られたか!?
あせって辺りを見渡すが、騒ぎになってる様子はない。
――よ、よかった。みんな気づいてない。
ちょっとしたことで動揺して力の制御ができない。一気に不安が高まり震える手で粉々のシャーペンをしまう。
――これ以上何かを壊したらみんなに気付かれるぞ……。
冷や汗を流しながら必死に考える。
──気分が悪いと言って保健室へ行くか? でも、教室を出る時にドアを壊すかもしれない……。
俺はじっとしている方が安全だと判断し、板書を完全に諦めて授業を受けているフリに専念した。おかげで気づかれることなく授業が終わったが、ドッと疲労感が押しよせてくる。
――いっそ早退でもするか? でも、母さん達には何て説明する?
いろいろ考えているところに沢村と一樹が話しかけてきた。
「吉村、次の授業は化学室だぞー」
「聖也、早く行こうぜ」
俺は二人に急かされて教室を出る。球技大会以来、沢村もよく話しかけてくるようになった。今では、一樹も含めた3人で行動することが多くなっている。
しかし、能力が暴発しやすい今はいつもより気をつけないといけない。二人と廊下を歩くだけでも緊張感が半端なく、会話する余裕なんてなかった。無言になっていると沢村が気にかけてくる。
「吉村、元気ないけど体調でも悪いのか?」
「いや、寝つきが悪かったせいで眠いだけだよ……」
俺はそう答えるだけで精一杯だった。沢村には俺の能力を話していない。悪い奴じゃないのは分かっている。それでも打ち明ける勇気が出なかった。
× × ×
鳴り響くチャイムが授業の終わりを告げている。
――もう、さっさと家に帰って横になりたい。
ずっと気を張り詰めていたおかげでトラブルは起きなかった。しかし精神的な消耗が激しく、今はとにかく休みたい。急いで帰り支度をしていると三浦が俺を呼び止める。
「吉村君、ちょっと来て」
「いや、今日は勘弁して欲しいんだけど……」
「そうはいかないの。吉村君の様子がいつもと違ってたから」
「……」
三浦に余計な心配をかけるわけにもいかない。席を立とうとしたら、沢村と一樹が一緒に帰りを誘ってきた。
「「一緒に帰ろうぜ」」
「二人ともごめん、悪いけど吉村君を借りるね」
「「??」」
「ちょっと確認したいことがあるの」
三浦の口調は穏やかだが、引き下がる気配がみじんも感じられない。
「分かったよ。俺らは先に帰ってるから」
一樹は沢村の背中を押しながら廊下へ消えていった。
× × ×
俺は三浦に連れられて屋上までやってきた。吹き抜ける風に目を細めているとすぐに三浦が問いただしてくる。
「それで、土日に能力で何をしてたの?」
「何で分かった!?」
「筆箱が落ちただけで驚いたり、やたらと周りを気にしながら歩いてたり、普段と全然様子が違うから……」
「そ、そっか……」
完璧に見抜かれたことに若干とまどう。
「それよりも何をしてたか聞かせてよ」
「話せば長くなるけど、セレスのいた世界へゲートを開いて他の神を頼ろうとしたんだ」
「ゲートを開く!? そんな面白いことをするならどうして私を誘ってくれなかったの!!」
俺は三浦の剣幕に押されて、身体がビクッと跳ね上がる。俺の反応を見た三浦は不満げな表情になった。
「……そこまで驚かなくてもよくない?」
「ゴメン。魔神に襲われたせいで神経過敏になってるから……」
「魔神? どういうこと?」
「セレスのいたところとは全然違う世界にゲートが繋がって、……俺が全力を出しても全く歯が立たないやつに出あったんだ……」
「でも、無事だったんでしょ? それなら気に病むことはないと思うんだけど……」
「ゲートは閉じたし、魔神は別世界に移動する力を持ってないらしいけど、もしこっちの世界に来たらって考えると……」
話しているうちに身体がカタカタと震えてくる。
三浦が心配そうに俺の顔をのぞきこんできた。
「心を落ちつかせる魔法をセレスさんにかけてもらうのはダメなの?」
「魔法で落ちついても、魔神の恐怖自体は消えないんだ。だからすぐ心が乱れるし、力加減もできなくなる……」
「……」
説明を聞いていた三浦は黙りこんでいたが、やがて制服の内ポケットから白色の小石を取り出した。小石は少し透き通っていて普通の石と違う感じがする。
「それは?」
「水晶の原石。これにルーン文字を描いてお守りにするのはどう? やり方も簡単だからさ」
はい? お守りを自作する? 俺が首をかしげていると、三浦の黒い瞳がキラキラと輝きだす。
「ルーンには安らぎを意味する文字があるの。それを描いた石を両手で包みこんで、体温で温めながら願いをこめるんだ。その時に能力を使えば心を落ちつかせるお守りになるんじゃないかな」
そうか!! 失敗した時が怖いから心や体に直接影響を与える手段は使えなかったけど、物に力をこめればよかったんだ!! 想定外なデメリットがあったとしても、お守りなら最悪手放せばいいし……。
俺は嬉しくなって思いっきりうなづいた。
「ナイスアィデイア!! 俺やってみるよ!!」
「そうこなくっちゃ。描くのは『ウィン』っていう文字で……」
俺は三浦がスマホに映した画面を見ながら、マーカーでルーン文字を描きこんでいく。
石を両手で包みこみ、心の安らぎを全力で願っていると……。石はパキンと音を立てて砕け散った。
――え!? そんなに強く石を握ったわけでもないのに、どういうことだ!?
俺がとまどっていると、目の前にさっき描いたルーン文字が浮かび上がっていく。
「もしかして、吉村君の力を受け入れきれなかった?」
「その可能性はあるかも」
うなづいていると、ルーン文字から強い光が発して目を開けていられなくなる。
「う……」
光が収まるとルーン文字は消え去っていた。
――ああ、心が安らいで何の不安も感じない。それに凄く気持ちいいな。
頭がポーッとして口元もどんどんと緩んでいく。隣から聞いたこともない三浦の甘えた声がする。
「聖也ぁ、すっごく気持ちイイね……」
三浦の頬が紅潮し、瞳も切なげにうるんでいる。
俺の身体から次第に力が抜けていった。
――本当にいい気持ちだなあ。ずっと、このま……ま…………。
俺は三浦と一緒になって床へ倒れこんでいった。




