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壊れる世界の歩き方  作者: 木下美月
二章 暴かれてゆく

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デートをしよう

 

 魔神討伐の鍵である勇者零士の行動指針を決めた後、サイの隣で話を聞いていた伶奈が手を挙げた。


「クラリスちゃんが勇者を大事にする理由はよくわかったけど、魔神様に攻撃出来ない私達は何をすればいいの?」


 彼女の疑問に数名が頷く。

「確かに俺たちは不要だと言われているみたいだ」


「そんなことない。魔神は何人かの部下を引き連れて来る。それらを相手して欲しい。決戦時には勇者二人対魔神一人のシチュエーションになれば勝てる見込みがある」


 逆に言えばそれ以外のシチュエーションになれば勝てないのだろうか。サイはそんな疑問をひとまず飲み込んだ。


「それと、この地域が混ざった世界の中心になった。だから私が現れ、勇者が生まれた。当然魔神もここに転移して来る」


「なんでここなんだよ……」

 悔しさに震える男に、クラリスは答えた。


「それは偶然。魔神が発動した魔法がこの辺を中心に発動しただけ。彼女は座標まで指定しなかったから」


「偶然で殺されてたまるか!」


 室内の聴衆は段々と感情的になってきた。

 理不尽に対して腹を立て、圧倒的な存在の前に嘆いている。


「じゃあ、この辺の地域から離れれば、例えば外国とかなら安全なの?」

 伶奈が挙手しながら問いかける。

 数名の期待する眼差しに対し、クラリスは無慈悲にも首を振った。


「魔法は既に世界中に広がっている。どこもここと同じ状態。それにどこにいても魔神を討伐しなければ、彼女は全てを破壊しにくる」


「……戦うしかないのか」


 零士が呟くと、室内は静まり返った。

 誰もが厳しい現実を受け止めようと頭を整理している。

 少しの間があった後、一人の男がクラリスを見た。


「……そもそもお前はなんでそんなに詳しいんだ? 見た所人間だろ? っていうかお前の言う事は全部本当なのか?」


 それはサイも気になっていたが、クラリスは男の質問に答えたくない様だ。


「私は……」

 視線を落として迷っている様な彼女を、サイは助けた。


「彼女が誰であれ、少なくともこの避難所の人間はクラリスさんに助けられています。それに彼女を疑った所で、僕らに何が出来ると言うんですか? 僕はクラリスさんを信じて魔神達との戦いに備えた方が建設的だと思いますけど」


 そこで、サイは初めて大田健に視線を送った。

 ずっと俯いていた健だが、サイの視線には気付く。

 無表情で、感情の読めない無言の空気。アイコンタクトでもなく、サイはただ健を見ただけ。

 しかし健にはそう思えなかった。サイの脅迫するような表情を幻視し、脅し文句を耳にしたような気がした。

 健は立ち上がり、大声を発する。考える事もせず、反射的に賛成したのだ。


「そうだな! 美城の言う通りだ! 被害者だからってなんでも教えて貰えると思ったら大間違いだ。寧ろここまで丁寧に教えてくれて感謝するよ。さあ、俺たちがやるべきは、力を磨くこと! 絶対にここで魔神を食い止めねぇとな!」


 ずっと黙っていた健が声を上げて、側で聞いていた者はギョッとするが、否定的な意見は出なかった。


 そもそもここに集まっているのは(サイを除いて)避難所を守ろうという強い意志を持った者達だ。

 だからこそ二人の少年の、戦闘能力を鍛えようという決定に異を唱える者はいなかった。



「そういえばサイがいた避難所はどんな状況だったんだ?」


 零士の質問に、面倒になったサイは適当に答える。


「ここと全く同じですよ。向こうでは既に皆が力をつけようと努力していますから、心配は要らないと思います」


 そのやり取りを最後に解散となった。

 サイ以外の人間にとっては二度目の話し合いだったが、前回と同様に「力をつけましょう」と締めくくられた。



「さて、水谷先生、クラリスさん。僕は早速捜索に向かおうと思います。参考までに、今まで探して来た場所を教えていただけますか?」


 会議室内にはサイとクラリス、零士が残った。伶奈がまだ話し足りないといった表情をしていたが、サイが「疲れを溜め込まない様に」と言って追い出した。


「叶子の住むアパートには行ったんだ。そこは半壊させられていて、叶子はいなかった……瓦礫の下も見たけど、いなかった。あいつは絶対に生きている……」


 後半の言葉は自分に言い聞かせる様だった。

 その後、二人が歩いた場所、方角、入った建物などを聞いた後にサイは言った。


「わかりました。山場先生が生きて移動している事も考えて、二人が探した場所も再捜索しつつ、もう少し遠くを探してみようと思います。クラリスさん、今日は帰って来たばかりですからお休みになってください。今日の所は僕一人で行きます」


 サイは口ではそう言ったが、本心ではついて来て貰うつもりだったし、事実そうなった。


「いえ、私も行く。疲れていないし気を使わないで」


 どうしてか彼女は自分の身を蔑ろにし、地球の人々を守る事を優先している様だ。サイはそう感じていた為、クラリスに気を使うフリをしながらも同行を願った。


「二人とも、ありがとな。叶子を探して欲しい気持ちは強いが、二人の安全を優先してくれ」


「わかりました。先生も訓練頑張ってください」




 サイとクラリスは学校の西門から出て、その先のスーパーマーケットを目指す事にした。

 零士は普段からクラリスに魔法の使い方を習っていた様で、今は南小学校の校庭でそれを自主練習している。



「勇者っていうのは直ぐに力を扱えないものなんでしょうか? それとも水谷先生に何らかの欠点があるとか?」


 校門を見張っていた二人から離れた所で、二人きりになったサイは問い掛ける。


「両方とも正解。勇者の力は膨大過ぎて、今まで魔法の概念が存在しない地球で生きていた人々にとって、扱いこなすには相当な苦労が必要。そもそも勇者じゃなくても魔法の習得には苦労すると思う」


 サイは頷きながらも僕には当てはまらない予測だな、と思った。


「それから、魔力は感情によって力を強めたり弱めたりする。感情の起伏が少なければ魔力値も変化しづらく扱いやすいのだけど、今の零士みたいに冷静じゃない人は直ぐに魔力を暴走させたりする」


 なるほど、それなら水谷零士と会えない山場叶子も不安定な可能性がある。今の内なら討伐可能か。いや、なにも敵対する必要は無い。今のところ二人からは信頼されている。このまま過ごせれば人間と敵対する事は無いだろう。

 問題は魔神か。神格や加護を持たない自分は魔神になすすべなく殺されることだろう。

 出来る事なら敵対しないように、会う事のないように逃げ続けたい。

 それとも、勇者二人を成長させれば魔神に勝てるだろうか。しかし人間達のしがらみの中で暮らすというのは非常に窮屈だ。やってられない。

 ならば自分は放任主義を貫こう。

 どちらが勝っても構わない。勇者を助けるわけでもなく、魔神に関わるでもなく、一人で逃げる手段を探そう。

 そうだ、異世界ティスノミアとやらに行けないだろうか。

 サイは自分の立ち位置を再確認しつつ、目的を定めた。


(僕が求めるのは身の安全と自由だ。今の壊れつつある地球は法律もなく、自由度が高い。だが、魔神が攻めてくるし、身の安全は確保されない。ならば異世界の人族の領土で暮らせればどうだろうか。魔物を倒しながら生活出来れば退屈しないし、身を守る力も手に入る。何より魔神という絶対的存在に侵されないというのが良い)


 思考に夢中になるサイの顔を覗き込む様にしてクラリスは声をかけた。


「あの、サイ。貴方は私に嫌悪感を抱かないの?」


 唐突な疑問にサイの思考は中断される。


「え? 寧ろ好意を持っている事に気が付きませんでした?」


 恥じらう事もなく当然のようにサイは答えた。言葉の通り、普段無表情なサイは、クラリスに対してだけは柔らかい表情を浮かべる。サイがクラリスに対して特別な感情を持っている事は第三者から見てもはっきりわかる。


「いや、その、だからこそ驚いたの。あそこで私に嫌な顔をしないのは伶奈だけだった。それで言えば伶奈も珍しい人間なんだけど……」


 サイは思い返す。そういえば彼女は避難所の人々から異様に責められていた。人格者である水谷零士ですら彼女に怒鳴り声を浴びせたのだ。

 確かに彼女は異世界人だが、加害者というわけではないのだから、少し理不尽なくらいの責められ方だった。それに、クラリスは驚くほど容姿が良い。そんな彼女が男達に嫌悪されているのはサイにも不思議に思えた。


「ん? 珍しい人間? 人間か」


 サイは疑問を整理しながら、クラリスの言葉を反復する。どの様な仕組みで異世界の言語が翻訳されているのかはわからないが、他人を示す言葉に違和感を感じ、一つの可能性に辿り着いた。

 自分の正体を隠したがったクラリスにこれを聞くのはデリカシーに欠けるかもしれないが、それでもサイは知りたかった。


「もしかして貴女は人間ではないのですか?」


 サイの質問にクラリスは足を止め、かたく目を瞑る。

 数秒の沈黙の後に、苦々しく答えた。


「私は“半端者”のクラリス・キラ。人族の父と、鬼族の母を持ち、全ての種族から虐げられてきた。半魔族で半人族の私の身体には、双方から嫌われる血が流れている」


 それは地球人が知れば敵とみなすに違いない真実だった。


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