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壊れる世界の歩き方  作者: 木下美月
二章 暴かれてゆく

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旅立ち

 

 第八グループが崩壊した日、サイは眠り続けた。

 疲れを癒すためでもあったが、一番の理由は、仲間が死んだ事にショックを受けている人間を演じるためだ。


 丸一日近く眠り、翌日の日暮れ頃、保健室のベッドの上で起床する。


「おはよう美城くん。調子はどう?」


 丁度扉を開いて入ってきた彼女は、起き上がっているサイを見つけて微笑んだ。手には夕食のお盆を持っている。

 サイは、彼女が勇者として強大な能力を得た事を、彼女と斎藤道重の会話の中から知った。その時はまだ狸寝入りをしていただけで、起きていたからだ。


「……」


 敢えて答えないでいるサイを叶子は困ったように見つめた。


「辛いわよね。ごめんね、先生何もできなくて。私はこれから北の見張り当番で暫く来れないけど、夕飯置いておくからちゃんと食べてね」


 勇者のくせに弱気な言葉を残して彼女は出て行く。

 サイはもう少し悲しんでいるフリをしておこうと、食事には手を付けずにステータスを表示した。



【名前】 美城サイ

【称号】 鬼の子

【レベル】 10

【体力】 B

【魔力】 C

【魔法】 無、火、水、闇



(称号が変わっているな。やっぱりサイコパスの能力は称号を変化させるって意味だったのか。そして称号が変わったおかげで体力が大幅に上がった。今の僕には子供の筋力とは思えないくらい力がある)


 それにしても“鬼の子”とは、勇者と敵対しそうな称号である。

 以前の称号は“サイコパス”で、合理的なカタチに変化していく事が能力だった。

 サイは昨日、二人を殺した。その後に“鬼の子”となったわけだが、これが自分にとって合理的なカタチだというのか。


(鬼の性質は怪力、無慈悲、人を超越した身体能力。しかし勇者は体力も魔力もAらしいな。人である勇者の方がよっぽど怪物じゃないか)


 きっとサイが鬼に選ばれた一番の理由は、無慈悲である事なのだろう。サイは自分を客観的に見てそう判断した。


(鬼の子、“子”っていうのは僕が子どもだからついているのかと思ったけど違うな……子どもの最たる利点は、無限の可能性か。これってつまり、成長次第でまた称号が変わってくる可能性があるぞ)


 長期的に見れば有利な称号だ。だが、もしも今直ぐに勇者と敵対したとすれば、サイは何も出来ずに負けるだろう。

 そう考えると物足りないステータスだと感じてしまうが、力が無いなら頭を使えばいい。

 尤も、いくら頭を使ってもサイが今ここで出来る事と言えば、誰にも自分の正体を気付かれない内に離脱する事だけなのだが。


(さて、勇者の覚醒は厄介だったが、山場先生の目覚めは都合がいい。彼女の甘ったるい人間味は利用しやすいからね)


 彼女はこれから見張り当番だと言っていた。第八グループが壊滅したせいでローテーションを組み直したのだろう。

 ならば夜が明けるまでにここを出ればいい。

 サイは呑気に食事を始めながら考える。

 何も焦る必要は無い。

 布石は打ってあるのだから。




 今日の夜空は曇り空。

 完全に日が暮れたこの時間帯なら、恐らく殆んどの人が眠っているだろうとサイは予想する。

 保健室内に人は居ない。床に降り立つ。

 その時、微かに匂いがした。人の匂いだ。

 それと同時に感じるのは小さな足音。こちらに向かってきている。


(敵意の無い足音、不安を滲ませた足運び。感じる匂いは若い女性の……これは関口みずほだ)


 サイは自分の感覚の鋭さに驚きつつも、静かにベッドに潜り直す。

 直後、サイが背中を向けた保健室のドアが、ゆっくりと開かれた。


「サイくん……」


 関口みずほの声音を聞いてサイは思った。

 まさか彼女は僕を心配してここに来たのか。異常な女だ。

 彼女は僕とは逆に、共感能力が高過ぎるんだ。

 他人の不幸を自分の不幸と勘違いしている愚か者。損な性質だ。

 ついでに言うと、お節介で会いに来られるなんて不都合でしょうがない。

 早く帰ってくれ。


 サイの内心の拒絶などみずほに届くわけもなく、彼女はサイのベッドのそばに行き、その背中に手を伸ばす。

 サイは空気が動いた事を肌で感じるが、相手の動きに攻撃性が無いことを直感で理解していた為、相変わらず寝たふりを続けている。

 みずほは何度かサイに触れようとしながらも結局思いとどまり、サイの夕食のお盆を持って出て行った。片付けてくれるらしい。


(不可解な行動を取る奴だ。攻撃のために寝込みを襲うのなら理解出来るが、あいつには敵意が無いから何がしたいのか理解出来ない)


 まあいい、あいつとも二度と会うことはないだろう。

 サイはそう思いながら今度こそ床に降り立ち、外に向かう。


 それにしても鬼の称号を得たお陰だろうか、感覚が非常に鋭くなった。周囲の警戒を怠り気味なサイにとって、これはかなり有利になる能力だ。

 さっきも事前にみずほの気配に気付けたお陰で、長い時間を奪われずに済んだ。きっと目を覚ましていた場合、彼女は長々と話し始めるに違いないからだ。


 今もサイは誰とも会わずに校舎の外へ出て、北に向かっている。

 人間の匂いや物音を避けるように歩いているのだ。


 つい先日が満月だったから、今夜も雲が無ければ明るい夜となっていただろう。

 しかし分厚い雲に覆われて、今日の夜は暗い。別に月明かりが嫌いなわけでもないし、暗闇が好きなわけでもないが、今夜の静かなる旅立ちを考えれば、暗い方が都合が良い。

 たったそれだけの理由で、多くの人々が嫌がるはずの闇を、サイは歓迎した。



「あれ……美城くん?」


 北の見張り場で、山場叶子の元へサイは歩み寄る。他の二人の当番員は不思議そうにサイを眺めている。なぜ来たのか、という疑問だろう。


「先生、僕はここを出ます」


 サイの突然の告白に、叶子は声をあげた。


「美城くん! 感情的にならないで、少し落ち着きましょう」


 もちろんサイは感情的になどなっていない。

 続ける言葉は決まっている。


「ご心配をお掛けしましたが、僕はもう大丈夫です。僕は必ず薫さんを探し出して」

「復讐なんて考えちゃダメよ!」

「そうじゃなくて」

「それに貴方がまた危険な目にあうかもしれない。私はそんなこと耐えられないわ」


 意外にも叶子はヒステリックにサイを引き留めようとする。恐らく、サイが深い心的外傷を負ったと勘違いしているのだろう。


 そこで、サイはふと気付いた。


(校舎の方から人が向かってきている。慌てた様子だ)


 嗅覚と聴覚だけで正確な探査が出来るわけでは無いが、恐らく一人の人間がこちら方面に向かっている事がわかった。

 誰かわからないけど、何用かわからないけど、人が増える前に急いで行こう。


「先生、落ち着いて聞いてください。僕も冷静ですから」

 そう前置きをしてからサイは言った。


「何も復讐の為に薫さんを探すわけではありません。かと言って、話せばわかり合えると楽観視もしてません。僕はただ、新たな被害者を出したく無い。何も知らずに彼の人当たりの良い笑顔に騙されて不幸になる、そんな人がこれ以上出て欲しくないんです。だから僕がやることは、彼を止めること」


 口を開こうとする叶子を手で制してから、サイは付け加える。


「それから、ここを出るもう一つの理由は、世界に起きている謎を解明する為です。誰かがやらなければ永遠に現状のまま、或いは、悪くなっていく一方。だから僕が調査をします。心配要りません、疲れたら他の避難所で休憩しますから。皆さんは今まで通りこの避難所を守ってください。有益な情報を手に入れたら、必ず伝えに戻りますから」


 力強いサイの瞳と、叶子は数秒見つめ合う。


「貴方は本当に真っ直ぐね」


 サイの偽りの仮面にすっかり騙されている叶子は微笑んだ。


「わかったわ。本当は一人で行かせたくないのだけど、私が止めても美城くんは行くのでしょう。なら、背中を押すわ。必ず生きて帰ってきて」


 サイは頷いてから歩き出した。


 一部始終を見ていた班員二名は心配そうにサイを見つめていたが、叶子の信頼を勝ち取ったサイは堂々と避難所を去る。

 具体的な目標を追いかける生徒というは、教師の鑑である山場叶子にとって応援すべき対象なのだ。だから今日、山場叶子がここに居てくれたことはサイにとって運が良かった。下手に大勢に知られることもなく立ち去れるというのが尚良い。


 そう、考えていたのに。


「ダメよ! 行かないで! 行っちゃダメよ、サイくん!」


 またあいつだ。走って来ていたのは彼女だったか。

 邪魔をしやがって。

 サイは敵を見るような目で振り向きそうになるが、慌てて表情を変えた。驚いた表情を作る。


「関口さん。心配してくれるのはありがたいけど、僕はもう決めたし、先生だって背中を押してくれたんだ。君にはこの避難所を任せるよ」


 大人の後押しを得た事、それぞれの役割がある事。

 それらを一つの返答にまとめて投げ返せば、相手を説得するに足る筈だ。

 そう考えたのに、やはり彼女はサイには理解出来ない言動をとる。


「なら私も付いていくわ! 私の知らないところでサイくんが居なくなるなんて考えたくもないもの」


 僕はお前の所有物じゃないんだぞ。

 サイはそう言い返そうかと思ったが、それよりももっともらしい理由を見つけた。


「君は弟を守るべきだろう!」


 珍しくサイが強く言ったから、みずほは少しだけ狼狽える。

 だが、直ぐに首を振った。


「あの子は、お姉ちゃんのやりたい事をやってって、いつも言ってくれていたの。自分の身は自分で守れるようになるって。だから私はあの子を信じて、助けるべき人を助けようと思ったの。それがサイくん、貴方よ」


 そんな滅茶苦茶な。サイは言葉を失った。

 信じるなんて不確かな言葉、無責任の表れじゃないか。

 僕の冷血な父親ですら、自分の身内には責任感を持っているぞ。

 そう思いながらも何も言えないサイを追い詰めるように、叶子が口出しする。


「そうね、みずほちゃんが美城くんの側に居てくれた方が私は安心出来るかな。二人いれば魔物の脅威だって半減でしょ? もちろん、弟くんの事は任せてね」


 なんて事を言ってくれるんだ。

 寧ろ関口みずほの目の前では、自分の力の殆どを隠さなくてはならない。火や闇魔法は使えない事になっているし、奪った刀を取り出したらおしまいだ。

 つまりサイは一人の方が強い。戦い方にも手段を選ばないから。


 そんなサイの気など全く知らずに、みずほと叶子はお別れの雰囲気を醸し出していた。


「先生、皆さん、必ず無事で会いましょう! 弟の事は宜しく頼みます。サイくんの事は任せて下さい!」


「ええ、二人とも、必ず帰って来てね。いくら二人が強くても決して油断しないでね」


 仕方がない、ここまで話が進んでしまっては、後に引けない。

 ()()()()()こいつと同行する事にしようと、サイは覚悟を決めた。


「では先生、お世話になりました。太一くんや皆んなの事、宜しくお願いします」


 二人は静かに闇の中に消えて行く。

 深い深い、夜の闇の中に。



S「悪者に仕立てあげちゃったけど、薫は本当にいい奴だったよ。僕としても本当に残念だ…… ただね、利用しやすい物が目の前にあったら、誰だって利用するだろう? ほら、ステーキが乗った皿の横にナイフとフォークがあったとする。君たちはナイフとフォークを汚したくないからと言って手で食べたりするかい? それと同じ事なんだよ」

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