嵐の前の
#baker side
僕とミザは王都へ向かうべく船での移動を始めた
その初日、荷物を部屋に置き
甲板でなんとなしに船の進むほうを眺めていると
さっきまで隣にいるミザがいないことに気付いた
辺りを見回すと正反対の方向に
幾つか大きな布を広げ、その上に様々な物を置いている人達の姿があった
旅の露天商だろう
こういう場所でも商魂逞しく店を構えている
その内の一つ
端の露天商のお婆さんが広げた物々の前に金色の三つ編みが揺れていた
(こういうとき、見つけやすくていいや)
と思ったと同時にミザがこちらを振り向き僕を呼んだ
『ビー、ちょっと来て』
なんだろうとミザの斜め後ろまで近づくとすぐ合点がいった
花だ
お婆さんの広げた布の上には幾つかの種類の花が並べられていた
「へぇー、花まであるなんて思わなかったなぁ」
『でしょ?私の財布ちょうだい』
そうだった
ミザの財布も僕が預かっていたんだった
ズボンのベルトに結んだ小さい鞄
そこに貴重品、つまり財布を二人の分まとめて持っていた
そこからミザの財布を取り出し手渡すとお婆さんからミザは花を買った
思わぬ見つけ物に
少し機嫌が良くなっているようだ
僕もなにかないかと思っていたら
花と同じ風呂敷に並ぶには似つかわしくないものを見つけた
「これって拳銃ですか?本物?」
大型の拳銃がそこには並んであったのだ
「もちろん本物だよ、ただ壊れているらしくて私には直せないから投げ売ってるよ。もし買うなら弾も付けるよ」
「うーん、パッと見じゃ何処が壊れてるかは分かんないなぁ。ばらしてみないと…」
その拳銃を手に取って眺めてみるが、ちゃんと修理すればこれも掘り出し物と捉えれる
『そんな物騒なものどうするつもりよ?』
ミザが問いかけてきた
「いや、世の中物騒じゃんか?装備はあるに越したことはないよ。…うん、買います」
ミザの呆れたような視線を背中に感じるがお構い無しに僕はその大型拳銃を買った
王都までは長いのだから
修理でもしてたら良い時間潰しにもなるだろうと思った
そして
その数十分後、僕とミザは船室に戻っていた
空模様が急に崩れ始め
小雨が降り出して来たからだ
ミザは買ってきた花を船乗りに借りてきた小さな壺に入れて眺めている
(そう言えば子供の頃から
ミザは花見るのが好きだったなぁ)
『ねぇ?この花からも香り取れるの?』
花香パイプのことを言っているのだろう
僕が作ったパイプをミザは気に入ってくれているようで嬉しくなった
「取れるよ、ただしなび始めた頃には作業しなきゃ、完全に枯れて水分がなくなる前にエキスを取らなきゃいけないから」
『弱ってきたらでいいのね?わかった』
船室は狭い
だがそのおかげで花の香りは僕にも届いていた
どうかこの船旅がすんなりと終わるようにと、なぜだかふいに願ってしまった
(でもこんな願いって、だいたいフラグなんだよなぁ…)
# misery side
ふっ、と意識が覚める
気づけばうたた寝をしていたらしい
ビーがなにやら作業している物音で目が覚めたらしい
ぼーっと見つめると
先ほど甲板の露天商で買ってきた壊れた大型拳銃を解体しているようだった
あの幼馴染が拳銃なんかにも興味持つようになった、これも成長ということだろうかとふと眉をひそめる
いや、ハンドベルでおとなしく暮らしていればそうではなかったかもしれない
結果的に私がビーを村から出してしまった
でもハンドベルだって安全じゃない
もしかしたら王都なら
「起きたの?」
ふいにビーが声をかけてきた
『おかげさまでね、直りそう?』
「今寝たら夜眠れなくなるかもじゃん、手持ちの部品で直すだけなら簡単なんだけどちょっと改良したいんだよねぇ」
『拳銃のことなんて、それも母さんに教わったの?』
「いーや。本で読んだことがあるんだ、そして機械というものには用途・役割がある、その用途から機構を逆算しようとすると内部構造は自ずと見えてくるんだよ。例えばこの拳銃は銃弾を射出することを役割として考えると…」
『わかったから』
手をあげてビーの説明を制止する
母さんもそうだったけど技術者は説明が好きらしい
「そう?それはそうとミザ…」
『なに?』
「身体の調子は平気?大丈夫?スラープで散々振り回されてたみたいだけど」
言われて気づく
そう言えばあの黒い鳥みたいな奴にあちこち打ち付けられたりしたんだったと
身体に意識を巡らせ指先や肩周りを動かしてみる
特に動きに制限がかかったり反応が鈍いということもなさそうだった
『ん‥多分平気』
「そっか!良かった」
安心したように笑ったビーがまた手元の拳銃に目を向ける
その笑った顔になにか言い表しづらい感情を覚えた
子供の頃から走り回っていた
私を追いかけるビー
お世辞にもお淑やかではなかった私は良く生傷を作っては「身体は大事にしてよね」と諭されていたっけ
船室の中央に揺れるランプの灯り
照らされた私の手は
金属独特の鈍い光を放っていた
こんな身体でも「大丈夫?」
と子供の頃のように声をかけてくれる
『ほんとに機械オタクね…』
「ん?」
とこちらに向いた顔はやはり昔のままだった
『寝るわ、王都に着いたら起こして』
壁に寄りかかり目を瞑った
なぜかすぐ眠れそうな気がした
ぼんやりとしていく意識の中でかすかにビーの声が聞こえていた
「王都に着いたらって、ミザ。何日間眠る気だよ」
この時は私もビーもこの船旅が穏やかに進み、静かに終わることを信じて疑わなかった
そんな時間だった