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My Nightmare  作者: 燕尾あんす
四つ脚
15/98

脈打つ暗幕

# another side



ミザリーとベイカーの二人はスラープを出ると更に川べりに南下しつづけていた


目的は港町


そこから出る船で王都に向かうためである


その道中


ミザリーが道脇にそびえ立つ大木の茂みの中に何かを見つけた


『ビー…あれ何かしら?』


尋ねられたベイカーはミザリーの視線の方向を向くと


大木


だがその大木の根元から梯子がかかっており


茂る枝を屋根にするように中頃に箱のような小屋が建てられていた


「ああ!あれ、聞いたことがある。キャンプツリーだよ」


『キャンプツリー?』


まんまなネーミングだと思いながらも小屋を眺めるミザリーに説明し始める


「こんな世の中だからね、旅人や行商人のためにあんな風に自然の大木を使って、簡易な小屋を設けてるんだよ。そのまま地面に眠るよりよっぽど安全だし、空を飛ぶ悪魔たちからも見えづらいから」



『へぇ…私たちも使っていいのかしら』


「いいはずだよ、国が造ってるものだから国民には使用できる権利があるよ」


『ふーん…ハンドベルからここまで見当たらなかったのは?』


「悲しいけど田舎だからだよ、建築するのにも人手がいるけど悪魔達は年中無休だから、手が回り切ってないし色々国も大変なのさ」


『今日中に港町にはつけるの?』


「夜には着けるはず、そうなれば王都までは船でゆっくりできるから頑張ろう」


『はいはい……ねぇビー…』


「ん?」


『母さんはどういう意図で命をかけてまで私を呼び戻したのかしら…』


気持ちと連動するかのようにミザリーの足取りが重くなる


きっと、ずっとその疑問がミザリーの頭の中にはあるのだろう


それはそばにいるベイカーも感じ取っていた


「アリスさんは…本当にミザが大切だったんだよ。ミザの気持ちがそれを願ってないと分かっていても、アリスさんはミザに生きていて欲しかったんじゃないかな」


『その気持ちの結果が死ねない機械の身体に悪魔の魂…?』


「それは…」


振り返るミザリーの瞳に纏う哀愁がベイカーの二の句を押しとどめた


『分かってる、リヅたちが思い出させてくれた。ただ大切な人を守りたかったって、そんな気持ちで動いた過去に後悔はない…けど、できるのなら私は母さんに生きていて欲しかった』



なにかを噛み締めるように歩むミザリーの背中を追いながら

ベイカーは思い出していた


本当に仲の良かった母娘を

互いに互いを慈しみ愛し支え合っていた母娘



ミザリーは死なない

アリスは死んだ


どうやっても元通りにはなれないと分かっていても

ミザリーには前を向いていて欲しい



ベイカーはそんな気持ちを正しく伝える言葉を知らなかった


だから何も言わず

ミザリーの後を追い、歩き続ける


上手な言葉が見つかるまで



________________


13年前~



ハンドベル



穏やかな村の昼下がり

のどかな風景の一角に騒がしい声が響いていた


「まっ て よ、ミザーーー!!っ」


赤毛の少年


幼き日のベイカーが一心不乱に追いかけていたのは


走るベイカーのその10m先を

猛然と走り続ける金色の髪の少女

この時はまだ極端なアシンメトリーではなく長い髪をまとめて後ろでゆったりめの三つ編みにしていた


幼き日のミザリーだった


なにか籠のような物を頭の上に掲げて疾走している


村の家々から少し離れて建つ一軒の家

その周りの道での出来事だった


その子供二人の追いかけっこを

家の窓から微笑みながら見守る一人の女性が居た


長い金髪をミザリー同様編んでこそいないが後ろでまとめた優しい面持ちの美人


アリス・リードウェイだった



その窓の前で力尽きたのか膝に手をやり

息を整えるベイカー


「アリスさーーん、ミザを止めてよ。もう…家の周り何周走ったことか」


「10周よ、ベイカー」


はぁっとため息をつくとベイカーは

いたずらっぽく笑うアリスに近づくと窓の下に座り込んでしまった


〈タッタッタッ〉


追ってこないと知るや

籠を抱えたミザリーがアリスやベイカーの元へと駆けてきた


こちらはベイカーと違って息も乱れず平気な顔をしている


『なーに、ビー。もう疲れちゃったの?』


口を尖らせるミザリーをアリスがたしなめる


「ミザ、ベイカーは良く走ったわよー?」


窓から手を伸ばし窓の下のベイカーの頭を撫でる


優しく撫でられベイカーも疲労困憊であるものの満更でもなさそうな顔をしている


『そう?じゃぁまぁいっか』


抱えていた籠をベイカーに向かって差し出す


その中には

機械の部品やネジやらが収められていた


それを受け取るとベイカーはほっとしたような顔でひと息ついたように息を吐き出した


「これでやっと、時計がつくれる」


ミザリーが抱えて走っていたのは

ベイカーが作成中の時計の部品だった


普段、運動をしないベイカーを運動させるためにミザリーは時折こういう行動を取る


ミザリーなりに気を使っているのだろうが、ベイカーは意地悪されているぐらいの感覚でしかなかったとミザリーは知らない


「ふー…さてとっ!」


箱を抱えて家の中、工房の中へ入ろうとするベイカー


それを見てミザリーは


『ビーが家にいるなら、わたしおばあちゃんの所行ってくる!』


おばあちゃんとはベイカーの祖母のことである


ベイカーがミザリー宅に来た際、一人きりになってしまうことを思って


これもやはりミザリーの気を使っての行動だった



再び走り出したミザリーはベイカーの家のほうへと、あっという間に見えなくなってしまった


ベイカーはそんな幼馴染の背中を目で追いながら


「ミザは良く走るなぁ」


「可愛いでしょ、うちの子狼」


「確かに、狼みたいによく走るけど…そういうの親馬鹿って言うんだよアリスさん」


微笑みながら愛娘を見送っていたアリスは扉から入ってきたベイカーを迎えながら言った


だがベイカーも内心ではちゃんと可愛いと思っていた


工房の部屋に入り、椅子に座りながらベイカーはふと思いついたかのような顔をした


「でもmiseryってあんまり良い意味じゃ…」


「ん、そうね。単純に単語としての意味ならmiseryは悲惨とか、乏しいとかマイナスなイメージの言葉だけど」


「じゃぁなんで、その名前にしたの?」


「昔ね、子供が災厄などに合わないようにって。あえてそういう良くない意味の名前を付けるっていう習わしがあったのよ。ちょっとそれにあやかってね」


「へぇー、じゃぁ悲惨な目に合わないための厄除けみたいなことなんだ」


疑問が晴れたベイカーは

納得したような顔をしている


「そういうこと、それに…」


「それに?」


少し間を置いて

やはり微笑みながらアリスは言った


「ミザリーって名前の響き、素敵でしょ?」





現在~


道中

道の傍にあったキャンプツリーを使い一泊し


そしてその


翌朝から長い時間を歩き続けたミザリーとベイカー


二人はようやく港町にたどり着いていた


空は夕闇が馴染みきり

夕方から夜に変わる、そんな時間になっていた



スラープと比べても規模は小さなものだが灯りが煌々と照らし、やはり旅人などで賑わっている


「とりあえずは船着き場に行って運航状況を調べよう」


さすがに疲労の色が見えるベイカーだが、まだ足取りはしっかりしている


(体力、ついてきたわね…)


なんとなしにミザリーはそう感じた

幼き頃から見ているが故に変化には察しがいい


船着き場は宿屋や店などが連なる場所からそう離れておらず


ものの数分でたどり着けた


小さな小屋の前に

紙が貼られた立て札がある


どうやらその立て札に運航状況が描かれているようだった


「王都の方面行くのは…5日後?ちょっと先なんだなぁ…」


と顔をしかめていると


小屋の中から船乗りのような出で立ちの男が出てきた


「王都に行きたいのか?普通の便だと5日後だけど、それもほれ、埋まってしまってるぞ」


立て札に貼られた紙の運航状況

よく見ると5日後の表記の横に赤い字でsold outと綴られていた


「えっ!じゃぁその次は?」


「11日後だなぁ」


『普通の便以外にあるんですか?』


「あるとも、普通の便は衛兵が乗ってるいわゆる旅人、行商人のための船だが。貨物だけの船なら明日にもある」


「それには乗れるんですか?」


「そりゃぁ乗れるが、船室なんて呼べるものはないし。もちろんベッドなんてものもない。ただ貨物用の空室にあてがわれるだけだぞ?」


「え、平気ですよ?」


キョトンとしたベイカーを横目にその男が気にかけているのはミザリーのようだった


「君みたいな女の子が乗るには、あんまり良くないんじゃないか?お世辞にも落ち着けるような環境じゃない、まぁ値段は普通の客船よりよっぽど安いが」


『構いません、早いに越したことはないので。チケット売っていただけますか?』


「本当にいいのか?衛兵もいないしまともな食事なんてありつけないのに」


頷くミザリーにやむ無しといった感じにちょっと待ってくれと小屋の中に戻るとチケット2枚を手に戻ってきた


「1枚12000ニールだけど2枚で20000ニールでいいよ」


『ありがとうございます、ビー』


お金はベイカーが管理することにしている


持っている革袋から札を取り出し支払いを済ませたが


ベイカーは一つ気になっていた


「あの、なんで普通の便には衛兵がのるんですか?」


「ああ、本当に稀な話だが王都へ向かう航路に海賊まがいの連中が出るらしい」


「海賊!?」


しかめっ面になった船乗りの男が続ける


「なんでもいくつか他の町から出た船が襲われたって話だ。それで念の為にって人を運ぶ普通の便には牽制のつもりで衛兵を乗せるってことになってる。貨物の便は、未だ襲われたって話はないし。そんな高価な物を運ぶ訳じゃないからって衛兵はなし。まぁ大丈夫さ、衛兵はいないが貨物船に乗るのは屈強な船乗りばかり、そうそう襲われやしないさ!」


言い切ると同時に腕の筋肉を見せつけてくる船乗りに

ベイカーはなんだかよく分からないけどなんとなしにぼんやりとした不安を感じたが


明日の出航に備えて

ミザリーとベイカーは最寄りの宿へ空き部屋を探しにと向かった




# another side



とある山道の最中、月から隠れるように木陰に佇む一人の女性がいた


長い銀髪をたなびかせ横には長剣を携えた


ルグリッド公国巡国遊撃隊長 リーダ・バーンスタインだった


俯いたまま木の幹に寄りかかる彼女の元に一羽の鳥が近づいてくる


彼女は腕を伸ばしその鳥を腕で受け止めると


その鳥には小さな革の鞄のようなものが首に括りつけられている


その鞄の中身を取り出した

その中身は1枚の封筒、手紙だった


封を破り手紙を引き抜くと

広げ目を通した


そして読み終わるとそれを細かく破り宙に放った


それが合図かのように腕に止まっていた鳥が羽ばたき、どこかに飛び去っていった


ぼんやりと宙に舞う手紙の欠片を眺めていたリーダは空を見上げると

ポツリ呟いた



「目障りな太陽は沈んで、消えればいい……没落のときよ、ハーディン国王…」



まるで念じるかのように

言葉を落とすと


静かに歩き始め、夜の黒の中に溶け込んで行った


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