あだ名
# another side
ミザリーが城壁のへりへ階段を登ったとき、ベイカーは弩弓の横で仰向けに寝転んでいた
『直せたのね…』
すぐ側に工具が散らばっている弩弓の傍を見ながらミザリーはベイカーの横に腰を下ろした
「うん、射撃の衝撃を緩和するサスペンションが本体の軸とズレてたんだ。そのせいで衝撃を緩和し切れず、照準にズレが生じてたんだね。だからそのズレを…にしてもこれは」
『…?なにか気になるの?』
「なんとなく…この機構は見覚えが、っとリヅたちだ」
町を見下ろせば、皆がこちらを見上げていたりミザリーたちのいる場所へと向かって来ている
その中をかきわけるようにリヅとバッツがこちらに向かって来ていた
その少し後ろにはレイノルドの姿もあった
「ミザリーさーんっ!ベイカー!」
『リヅ、バッツ、無事だった?』
「全然大丈夫っ」
「ちゃんと僕が守ってたからね」
誇らしげなバッツはふとベイカーの方を見ると
「ベイカーはなにしてたの?」
「そう言えばミザリーさんが大変な時に姿が見えなかったね」
二人してベイカーに視線を向ける
「僕はこいつ直してたんだよ、やっつけたのは僕みたいなもんだよ?」
『まぁ、そうね』
ミザリーがそう言うものだからリヅとバッツもぼんやりと状況を理解し始めたようだった
そのとき
レイノルドが1人の老人とへりへと上がってきた
「無事だったのか、ミザリー、ベイカー…良かった」
『ええ、レイノルドさんも無事で良かった』
レイノルドがうんうんと頷いている中、共に上がってきた老人は弩弓へと目を向けそしてミザリーへと視線を移した
「その金色の髪…お嬢さん、よもやアリスさんの娘さんではないかね?」
予期せぬ質問に
ミザリーとベイカーは目を見開いた
「おじいさん!ミザのお母さんを知ってるの?!」
興奮気味に声を挙げたのはミザリーよりベイカーが早かった
まぁまぁとレイノルドがジェスチャーをする
「落ち着きなさいベイカー、この人はヒューガルさんと言ってこの町の領主さんだ。マカラドレイクを追ってるミザリーを見て話がしたいと言ってね。連れて来たんだ」
『それで…私の母を?』
「ああ…実はこの弩弓の設計の要を作ってくれたのは、二年程前この町に立ち寄った君のお母さんなんだよ。金色の髪は珍しいからもしやと思って」
「やっぱりそうなのか!でもアリスさんが…スラープに?」
ベイカーは弩弓の調整をする最中、その組立式に見慣れた箇所をいくつか見てとっていた。
それはサスペンションの部位、これはミザリーの身体の膝や足首、手首に使われている応用のようなものだった。
どちらが先に作られたかは定かではないが
「ああ、なんでも王都へ向かう途中に立ち寄ったと言っておったかな」
『王都へ?』
ミザリーはベイカーと顔を見合わせる
「なんの用件かとかは言ってませんでしたか?」
その領主は顎に手を当てて思い出そうとするようにすっかり暗くなった空を仰いだ
「さて…大事なものを取り戻さなければいけないとか言っておったか。後はウルベイル鋼を探しているとも言っておったな」
ベイカーかミザリーに耳打ちする
「アリスさんはミザが悪魔に殺られて以降家の中に引き篭もっていると思ってたけど、やっぱりハンドベルから出てたんだね。ウルベイル鋼もミザの身体を作るために集めていたんだよ」
『王都へ行ったのは?それもウルベイル鋼の調達のため?』
「それは…違うと思う」
「ともかく、アリスさんの娘さんたちに恩を受けるとは運命とは数奇なものじゃなぁ…我々は勇敢なる君たちを歓迎しよう。なにか入用なものや望みがあれば遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます!なにかあればお言葉に甘えさせていただきます!」
ふいに
リヅが突然話に割り込むようにミザリーの腕を取る
「ともかく!早く宿に戻りましょ!ミザリーさんも服ボロボロだし」
確かにマカラドレイクを追って走り回り、やりあったミザリーの衣服はボロボロだった
ベイカーも油汚れのようなものがあちこちについている
とりあえず
皆は宿に戻ることにした
宿に戻った二人は衣服を着替え
元々泊まっていたのとは別の部屋で二人くつろいでいた
元々泊まっていた二階の部屋は
マカラドレイクの襲撃により破壊されたため
一階の隅の部屋に落ち着かせてもらっていた
『…で?母さんが王都に行った目的は、ウルベイル鋼じゃないっていうのは?』
「うん、ウルベイル鋼は貴重なものでもあるんだけど加工が困難なものでもある。だからその辺りでは価値が見いだせず安く売ってることとかもあるんだけど、そもそもが加工せずともとてつもない硬度を持ってる。だからそれをそのまま城壁に埋め込むとかして、有用してる場合があるんだ。だから王都に、ウルベイル鋼のみを目的としていくとはちょっと考え辛い」
『じゃぁ他の目的は?』
「謎だよ、でも昔は王都で技術者として働いてたって話だからその辺の繋がりの用件かもね」
『そう…』
ミザリーは考えながら視線を泳がせる
ベイカーも同様に考え込んでいるが二人とも王都に行ったことはなく、アリスから詳しく聞いたこともなかったこともあり、これといった推測を立てれずにいた
『ビー…明日の朝方、皆が起きる前にスラープを出ましょう』
「え、そんな急に?挨拶していかなくていいの?」
『手紙残していくわ…素敵な人達に出会えたのは旅の始まりとしては嬉しいことだけれど…』
「ミザ…」
ベイカーは不意に発つと言い出したミザリーの心境に思い当たる節がある
怖いのだ、親しくなれば親しくなるほもミザリーの身体の事を知ったとき、あの心優しき家族がどう思うか
優しい家族のまま接してくれるのか
それとも…
その答えを知るのが怖いのだと
「うん、そうだね。ここから川沿いにさらに南へ下れば港町がある。そこから船に乗れば時間はかかるけど王都へ行ける」
『オーケー…じゃぁ寝ときなさいよ、次ベッドで寝れるのなんていつになるか』
「わかったよ、おやすみ」
ミザリーがソファに横になったのを見るとベイカーも荷物をまとめベッドに横になった
そして、ぼんやりと考え事をしている合間に眠りにおちた
鳥もまださえずらない早朝
空はまだほの暗い中
ミザリーとベイカーは荷物を抱えていた
部屋のテーブルに手紙を置き、静かに扉を開けロビーから宿屋の外に出る
外もまた静かなものだった
賑やかな町はまだ眠りの中にあった
ミザリーはふと宿屋を振り返り、少し寂しそうな表情をした
ベイカーはそれを横目で見ていたが声はかけなかった
『…行きましょ』
とその時
「おはよう、ミザリーさん、ベイカー」
「おはよー!!」
物陰から飛び出してきたのはリヅにバッツ、それにレイノルドの姿もあった
ミザリーもベイカーも驚き目を見開いていた
『なんで…?』
「なんとなくそうじゃないかと思って!女の勘で!」
「ホントに当たったねー!」
「もう行くんだね?」
朝から元気なバッツの頭を撫でレイノルドが小さな麻袋を差し出してきた
『はい…これは?』
麻袋を受け取りながら問う
少し重さがあるその麻袋の中身はお金だった
「領主さんから町を救ってくれた謝礼だそうだ、以前君の母親は何も受け取らず同じように去っていったからと。だから君たちもそうじゃないかと思ってね」
『いえ…私は、宿も壊してしまったし…』
二階を見上げるとそこにはマカラドレイクが突き破った二階が晒されていた
「あんなのお父さんがすぐ直しちゃうし!ミザリーさんが壊した訳じゃないよ」
「そうだとも、ミザリーとベイカーは町を守ってくれたんだ。受け取ってくれなければこのスラープは恩知らずの町になってしまう」
『…ありがとうございます。何から何まで』
「また泊まりに来ます!ね、ミザ?」
『ええ、また必ず』
「約束よ、ミザリーさん!ついでにベイカー!」
「約束だぞ!」
「なんだよついでって…まぁいいか」
『…ミザよ』
ふいにミザリーがリヅに向かって言う
「え?」
ついリヅがキョトンとした
ベイカーは少し微笑んでいた
『ミザリーさんじゃなくてミザでいいわ…親しい人はそう呼ぶから…』
「わぁっ…」
パッとリヅの顔が柔らかく微笑んだ
少し頬にも温もりが見て取れるほどに
「うん、また来てね?約束だからねミザッ」
リヅはミザリーの手を取り固く握りしめた
『ええ…きっと』
「そうそう!これも領主さんからの言伝なんだけど」
「なにか思い出したんですか?」
レイノルドがハッとし、喋り出した
「ミザリーの母親は、王都に人に会いに行くのも目的だったらしい。しかもそれが結構な有名人でね」
『有名人‥誰なんですか?』
「それがこのルグリッド公国の巡国遊撃隊、隊長 リーダ・バーンスタインって話だ」
程なくして、一家と別れを惜しみつつもミザリーとベイカーは砦町スラープを後にした
進路は南、川べりにさらに南下した港町から船に乗るためだ
その道すがら二人は歩きながら考え込んでいた
「アリスさんが遊撃隊長のリーダ・バーンスタインと知り合いだったっていうことなのかな?」
『そう考えるのが妥当でしょ‥‥じゃなきゃ王都まで会いに行ったりはしないんじゃない?』
「どういう関係なんだろ?昔王都に居た時の知り合いってことかな」
『さぁ…その辺りの昔話はあんまり聞いたことなかったから』
「でも、なんにしろ少し目的が明確になったね!リーダ・バーンスタインに会えばなにか分かるかも知れない」
『でも巡国ってことは国中移動してるんでしょ?王都にずっといるってことないんじゃない、』
「それでも定期的には王都に戻ってるはずだよ、根幹は王を守るための存在のはずだからね」
『どんな人なのかしらね』
「公国最強って言われてるぐらいだから、ガチガチの筋肉ゴリラみたいなのだったりして」
『…言葉が通じてくれるなら何でもいいわ』
場面はうつり、とある小さな村
その村は騒動の最中だった
人口100人程度、地図にもかろうじて名を置くほどの辺鄙な村だ
その村は今、先日ミザリー達を悩ませたマカラドレイクの襲撃にあっていた
なんとか退治しようと村の男達が斧やら鉄の棒やらを持ち寄り立ち向かうが
男達がなんとかタイミングを合わせて振りかぶった斧は強靭な皮膚には通らず、次々と負傷者が増えていく始末だった
「どうしようもねぇ!逃げろ」
「隠れろ!狭い所に隠れればいい!」
叫び声が上がる
悲鳴がこだまする
この村にはスラープのような弩弓の設備があるわけでも、憲兵がいるわけでもない
ただ災難が去るのを待つしかなかった
〈キィンッ〉
軽やかだが鋭い金属音が村人の叫びの中に響いた
その音の元は
こともあろうか路上を駆け回るマカラドレイクの進行方向にいる人物からだった
その人物はマカラドレイクを視線の正面に捉えている
スラリとした肢体は女性のようで革の軍服を身にまとい
手には骸骨の装飾が施された剣が握られていた
「こっちよ…仕事させてちょうだい…」
艶のある声で囁くと
剣を引き摺るようにマカラドレイクの方へと駆け出した
〈キンッ…キィンッ〉
早く、華麗に駆ける、その度に引き摺る剣が地に打ち付けられ金属音を奏でる
お互いに向かい合って駆ける女性とマカラドレイク
無論激突する と思われた
その一瞬
その女性は身をしなやかに捻りマカラドレイクの翼の下をくぐり抜け躱した
そして剣を肩に担いだ
それを物陰から見ていた村人が叫ぶ
「だめだ、あんた!そいつに剣は通じない!馬鹿みてえに硬いん…」
その村人が全てを言い切る前に
なにかが宙に舞っていた
ちょうど雲が覆いかぶさっていた月が雲を躱し
村を照らす
明かりに照らされ村人達は気づく
宙に舞っていたそれはマカラドレイクの首だった
そして首を失った胴体はほんの数メートルばかり走り、地に滑り倒れ込んだ
その首も宙から地に落ちる前に
変色し固まり、弾けて消えた
呆気に取られる村人達は言葉を失い、状況も理解できていないようだった
文字にすればひどく単純な話
その女性がマカラドレイクとすれ違いざまに斬ったのだ、首を
雲がさらに月を避け
女性を照らす
剣を肩に担ぎ
銀色の長い髪をそよ風に揺らし
その隙間から見える瞳は妖しく輝いていた
「嫌な月ね…何もかも照らそうとする」
吐き捨てるように呟くと
どこかに歩き出していった
程なく村人の1人がふと我にかえり
傍の村人の肩に手をかけ声をあげた
「あの人っ!あの髪っ!遊撃隊だよ!…リーダ・バーンスタインだっ!」
村人の視界からリーダ・バーンスタインは既に消えてしまっていた
ミザリーとベイカーはスラープを出て
港町へと川沿いに南下していた
花香のパイプを咥え
ほのかに煙をくゆらせながらミザリーは目を細め歩いていた
(ご機嫌だなぁ…でも、良かった)
ベイカーはミザリーのその所作が機嫌が良い証だと知っていた
そしてそれを嬉しく思っていた
ミザリーは母を、そして自分自身を失って以降
どこか影を抱き
投げやりに日々を送っているような空気を醸し出していた
自分は人間ではない
誰とも共存し得る存在ではないと
他者を突っぱねるように人との関わりを絶っていた
だがそこにリヅたちとの出会いが
良い空気を運んでくれた
ミザリーの持つ空気に柔らかさを纏わせてくれたのだ
(ミザは元々、優しい女の子なんだ。それをほんの少しでも思い出してくれたならきっと…これからの歩みにも希望を持てるはずだ)
ピタリ
とミザリーの歩みが止まり
ベイカーを振り返ると
『…なに?』
「えっ?なにって?」
『なんか妙な視線を感じたから…』
「妙ってことないだろう、ミザが先行してるんだからそりゃ視線も感じるさ」
『ふーん…そう言えば…』
「ん?」
『私のこの身体って、いつから造ったの?機械のことは良くわかんないんだけど二年やそこらで造れるものなの?』
ミザリーにしては観点が鋭い
ベイカーは少し宙に目をやった
「ハッキリとはわからないんだよね、工房には良く入ってたけど…アリスさんが秘密裏になにか造ってたのは知ってたけど、それがミザの身体だったかどうかは分かんないんだ」
『てことは、私が死ぬ以前からのものって可能性も?』
「十分にある、アリスさんは王都で技術者として働いてたツテで仕事を請け負ったりもしてただろ?その仕事の中に機械式の義手、義足とかあったからその経験や物を地盤に組み上げたってことだろうね」
『そしてそれに悪魔と契約して魂を呼び戻した』
「謎はそこにもある」
『悪魔?』
「うん、だって言ってしまえば悪魔なら人一人なんて契約するでもなく、殺めてしまうと思うんだ。それが人間の望みでわざわざ契約してまでするのか?って疑問がある。」
『つまり?』
「その悪魔がなにかしらの理由で人に助力する存在ってことも考えられるけど、謎は考えれば考えるほど分岐して増えていく」
はぁ、とため息をつくベイカー
『リーダ・バーンスタインに会えばなにか分かるかしらね』
「少なくとも訪ねるだけの関係はあったはずだから大なり小なり情報は得られるはずだよ」
ふいに
ミザリーの頭にノイズが走ったかのように雑音が脳に届く
『…っ!?』
反射的に目を閉じてしまう
すると
いつかの光景
ハンドベルでの忌まわしき記憶が瞬く
母を庇ったミザリーの身体を無慈悲に貫いた悪魔
母の泣き叫ぶ声
それに混じってかすかに聞こえた低い霞んだ声
【…これでいい】
(誰の声…? なんのこと…)
「ミザっ!?」
ベイカーの声で我に帰る
「どうしたんだよ急に?」
なんとなく呼吸も乱れる
今のは記憶だろうかミザリーも良くは分かっていなかった
『平気…なんか急に思い出しちゃっただけ…』
「そう?…ならいいけど、思い出すような話しちゃったからかな」
二人が歩き出してずいぶんと時間は進んでいた