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My Nightmare  作者: 燕尾あんす
四つ脚
13/98

セブンカウント

# another side



城壁のへりの上をミザリーは駆けていた

目標はマカラドレイクと呼ばれる黒い鳥の悪魔


その足止め、更に出来ることならばベイカーが弩弓を修復後狙いやすい場所への誘導もと考えていた


だが


(やっぱりへりに沿って飛んでくれたりはしないわね…)


狙おうにもマカラドレイクは町の中を滑空したり、時として地を走ったりとまさしく縦横無尽に動き回っている


ベイカーのいるポイントからは大分離れているがそれでも時間の問題だろう


番兵や憲兵も地に降りた機を狙い取り押さえようとしているがとても止められそうにもない


時々弓矢のようなものや銃声も響いているが、効果は得られていないようだった


町中であるがために狙いがそれたら町民や周りの人々に怪我をさせかねない


そのために下手な鉄砲数打ちゃとはいかないのであった


(追いつけなきゃ埒があかないわね…)


ミザリーはへりの側に建った家屋めがけて飛び移った


〈ガシャンッ〉


こうなれば屋根から屋根へ飛び移り距離を詰めるしかない


くしくもこの町は家々や商店、宿などが立ち並んでおり、またその間隔もさほど離れていなかった


だが問題はある


(骨組みの上じゃないとまずいか)


ミザリーの身体は全てが鋼でまかなわれている


必然的に重量が成人男性と比べてもかなり重い上に走りながら飛び移った衝撃は家屋の屋根板に多大な負担がかかる、最悪ぶち抜いてしまう可能性も充分にあった




速度を調整しつつ、またマカラドレイクの動きを予測し距離を詰めていく


そしてそんな予測と疾走の積み重ねた数十秒後


とうとうマカラドレイクと併走できる場面になった


ミザリーは屋根の上を

マカラドレイクは地に降り路上を駆けていた


助走なのだろう


黒く大きな翼を広げれば横幅4、5mぐらいあるかもしれない


その肌質も黒い革のように見え

その下は筋肉のように隆起していた


話に聞いた通り大分硬そうだった


【ギィャーァッ】


鳥の断末魔のような叫びをあげたかと思えば走りながら翼を震わせはじめた


飛ぶつもりだ


〈ダンッ〉


ここだ、とミザリーも屋根を蹴りマカラドレイクめがけて飛び出した


その路上の近くにいた人たちから悲鳴があがる


完全に飛び上がる前に背中にしがみついたが


【ギィャーーー】


飛びつかれたことに怒ったのか

首を振り翼をばたつかせ振り落とそうとする


(まずいっ!!)


ミザリーの右手がしがみついていた首から外れた


身体は革のようで掴めるような起伏がない


だが間一髪、左手で尾羽のような部分を掴めた


しかしあまりにもギリギリ過ぎた

ミザリーの身体は半分地面に引きずられる形になってしまった



更に状況は悪くなる


左右の翼を激しくはためかせるとマカラドレイクは地面を蹴り飛び上がってしまった


こうなるとミザリーの身体は宙にさらされ、左手でかろうじて掴まっているだけしかできない


そんな状況はマカラドレイクにとっても不快なのだろう

激しく体を揺り動かしてミザリーを振り落とそうとする


尾羽が丈夫そうなため掴んでさえいれば振り落とされることはなさそうだが


『っ…このっ!』


〈ゴッ〉


かろうじて振りかぶった右手が左大腿部に当たったが


鈍い音が感触がするだけでまるで意にも介してないようだった


鉄板を革越しに殴った、そんな感覚だ


地に足も付かず踏ん張れない状態では打撃でどうこうするのは難しそうだった


その時


(ぶつかるっ!)


マカラドレイクは飛行しながらも急に左に向きを変えた

路上の突き当たりに面し、方向を変えたのか


もしくは


〈ガシャァッ〉


尾羽にかろうじてしがみついていたミザリーは方向転換の際、勢い余って建物の壁に激突した


土煙があがり、煉瓦で組み上げられていた家屋の壁が一部崩れ落ちる




不意の衝撃に手を離しそうになるがなんとか堪えた


『っ…わざとだったら…やってくれるわね…っ』



マカラドレイクには知能がある

ミザリーやベイカーが抱いていた懸念である


悪魔に知能があるかどうかは定かではないが、今回の場合


上空を旋回し町を観察していた

意図してかせずかの弩弓の破壊

飛行だけではなく、路上を走行しての襲撃

そして、先ほどのミザリーと建物とを衝突させた事


(知能があるものとして立ち回るほうがよさそうね…)



そう仮定したものの

ミザリーは今やマカラドレイクへの有効な対策を思いつけずただしがみつくことで精一杯だった


(ほんとに時間稼ぎにしかならないっ)



だが事態は更に悪化した


マカラドレイクが飛行しながらも

何度も振り落とそうと、先ほどのように建物にミザリーの身体を打ち付けはじめたのだ


〈ガシャァッ〉


町中に金属と建物がぶつかる音

路上からこちらを見上げる人たちの悲鳴や叫び声

憲兵たちが走り回る足音が入り交じる


そんな中


目まぐるしく揺れ動くミザリーの視界に

見慣れた建物が映った



『そんなっ…!』



〈ガッシャァーーン〉


ガラスが砕け木材がへし折れる音が響く



マカラドレイクはミザリーごと


一角に建つ宿屋の二階



つまり


リヅたち家族が避難している宿屋の二階に飛び込んだのだ



ショックと衝撃で手を離してしまったミザリーは


二階の部屋を窓からぶち抜き

入り口に当たる扉さえ壊し


一階に降りる階段を奥に構える廊下に放り出されてしまった


(うぅ…)


衝撃にふと意識が揺らぐ


ミザリーは機械の身体故に痛みは感じない

しかし生身での経験則からあれだけの勢いで放り出されれば身体に多大なる負荷がかかったと魂が認識すると、少なからず動作に影響を及ぼす


ベイカー曰く、生身の経験則が魂に刷り込まれているということらしい


ミザリーは手足に意識を集中し、身体を起こそうとする


視線の先に窓を破った部屋の中


マカラドレイクが身体にまとわりついた埃や硝子の破片を取り除こうと身震いしていた


(ここに居ちゃ…まずい…)



「ミザリーさんっ!!」



ハッ として奥にある一階へと降りる階段に目をやると

不安と驚きが混じったような目で、木材を握るリヅがそこにいた


物音に驚いてやってきたらしい

その背後にバッツもいるような気配を感じた


『来ちゃ駄目っ!逃げてっ』


「そんなっ、み…」


不意に言葉が途切れたのはミザリー越しにマカラドレイクと目線があったからだろう


一瞬リヅの体が揺らいだ気がした


だが思い留まるように息を一つ吐くと唇を固く結び、ミザリーの傍を駆けてマカラドレイクの元へと向かっていた


あまりにも思いがけぬことにミザリーは傍らを走り抜けるリヅに手を伸ばすのが一瞬遅れた


体格差は歴然、持っているのは木材の一本だけ

無謀という他ない出来事だった


『リヅッ!!』


リヅはマカラドレイクの顔目掛けて、あらぬ限りの力を込めて木材を振り下ろした


ドッ という音が小さく響いた


そんなものでどうにか出来るはずはない、なぜそんな無謀なことをしたのかミザリーには分からなかったが思案している場合でもない


ミザリーは奮い立ち、駆けた


リヅは立ち尽くし木材はマカラドレイクの顔に当たった衝撃で床に落としていた


【ギャァァァアッ】


酷く甲高くマカラドレイクが騒ぎ身体を捻り悶え始める


ミザリーはその隙にリヅとマカラドレイクの間に入りリヅを階段のほうへと押しやった


どうやら木材には抜けかけの釘が刺さっており、マカラドレイクの頭部に当たった際その釘が目に偶然刺さったらしい


そのためリヅに反撃する間もなくマカラドレイクは悶え続けていた



『どうしてあんな無茶を!…』


階段の手前でリヅを問いただすと


リヅは我に返ったかのようにハッとした


そして突然目に涙を浮かべ言った


「だって…ミザリーさんボロボロだから…あのままじゃアイツに殺されちゃうと思って…」


俯くリヅの頬に涙が伝い始める


ふと自分の格好を見下ろすと確かにボロボロだった


赤のトップスは土で汚れ裂け、紺のズボンも膝には穴が空いたり、顔も土や埃にまみれている


心配してくれたのだ


そう思うとミザリーはこれ以上リヅを責めることなどできなかった


熱いものがこみ上げる気がした

こんな機械の身体でも大切な感情が胸に残っている気がした


『私が、母さんを守ろうとした時もきっと同じ気持ちだった…』


ふっとリヅが顔をあげたその時


背後で翼を振るう音が聞こえた

また飛び立つ気だ


ミザリーはリヅの肩を抱き言った


『ここでバッツと隠れてて、レイノルドさんは?』


「えっと…町の方で憲兵さんたちと町民の避難を勧めてる」


『そう、バッツ!』


階段の陰で小さくなってるバッツに呼びかける


バッツは震えながらこちらを見つめていた


『レイノルドさんは町でみんなを守ってる。リヅは私を守ってくれた、じゃぁリヅを守るのは誰?』


そう問うとバッツは少し間をおいたが、やがて目元を強く擦り立ち上がった


小走りでミザリーの元へと駆けて来たバッツはやはり震えていたが目には強いものを感じた、そして


「…僕だ、僕がお姉ちゃんを守る…」


いまだ震えが消えぬ声だがその小さな体からは精一杯の勇気が溢れ出て見えた


ミザリーはバッツの頭にそっと手を乗せた


『きっと良い男になるわ』


バッツの頭を軽く撫でるとミザリーは振り返り走った


マカラドレイクが飛び立とうとしていたのだ、しかも視線の方向はベイカーのいる弩弓の方向


「ミザリーさん!どうか…無事に戻ってきて…」


バッツの肩を抱き言った


ミザリーは背中にリヅとバッツの視線を感じ、温かいものを受け取った感覚だった


『終わらせてくるわ…私と、アイツでね…』



【ギィァーーー】


叫び、二階から路上に飛び降りると真っ直ぐベイカーのいる方向へと駆けはじめたマカラドレイク


それに続きミザリーも路上へ飛び降り

後を追い始めた


進行方向には憲兵が槍や盾を手に行く手を阻んでいた


首を鞭のようにしならせ憲兵たちや有志の町民を弾きながら駆けていく


その脚を止めることはできないが、速度を緩めてくれることが有難い


ミザリーは路肩に止めてあった荷馬車を登り、そこから手近な家屋の屋根に上がり再び追走を始めた


そして


町民たちの足止めのおかげもあり


再び並走し、今一度



(今度は逃がさないっ!)


飛びついた


前回と違い憲兵たちの足止めが功を奏し、余裕を持って飛びつけたため


ミザリーの右手はしっかりとマカラドレイクの首を締めるように飛び乗れた



激しい羽ばたきがミザリーの身体にもぶつかるがそんなものでこの手を離す訳にはいかない


だが、町民たちの足止めが途切れた途端マカラドレイクはここぞと助走をつけ再び飛び上がった


進行方向先、数十mに

城壁


そのヘリに設置された弩弓

そしてその元で修理しているベイカーが微かに視界に入る


町の騒動は耳に入っているはずだが

ベイカーは町に目もくれず作業に没頭していた


これはベイカーがミザリーを信頼している証であったが

ミザリーにそれを鑑みる時間はなかった



もうベイカーがいる城壁までの距離は30m程に縮まろうとしている


(ここっ!)


勝負するなら此処だと見たミザリーはマカラドレイクの首に腕を回したまま、その前方の空へと身を落とした


100kg近いミザリーを抱えたまま飛行することは可能でも

突発的に前方に重心を置かれては飛行し続けることはままならない


ミザリーとマカラドレイクは路上へと共に落ちた



〈ドシャァッッ〉



もつれながら地を削り


砂埃が立ち込める



そして立ち上がったミザリーは


路上でマカラドレイクと向かい合う


ミザリーが進行方向を阻むように、更に言うとベイカーのいる城壁を背にするように立ちはだかったためマカラドレイクも再び助走のため走り出すのを躊躇しているようだった

この躊躇いも知能があるが故かもしれない


その時


背後から聞きなれた声が聞こえた



「ミザリー!!カウントはセブン!頼んだよ!!」


ベイカーの声だ


他の誰が聞いてもよく分からないだろうセリフだがミザリーには分かっていた


セブンからカウントしてゼロで弩弓を発射する


つまり


(それまでに動きを止めろってことね…)



「行くよーー!!…セブンっ」



何かを察したのかマカラドレイクが身を振るい、地面を後ろに蹴りつけ、走り出す体勢を取った


「…シーーックス!!」


首を捻り、翼を上下に羽ばたかせ始める


「…ファーーイブっ!!」



ミザリーはふと目をつぶった


そして


構える


左手は前に右手はやや引き顎下に

左脚は一歩踏み出し右脚を一歩引いた



ここで余談だがミザリーには一つ趣味があった

それは身体を動かすこと


それにちなんでというわけではないが

ミザリーの数冊しか本が置かれてない本棚には一冊の変わった本があった


かつてハンドベルに来た露天商が売っていた、そしてそれをたまたま見かけたミザリーが買った本


その本にははるか東洋の武術が記されていた


それは様々な型を根底に置き、一つ一つの技が型からなるという古くからの武術。

剣や槍を使うでもなく徒手空拳をもって己を昇華させる武芸。


【空手】と呼称されるそのはるか東洋の武術をミザリーは気に入り、形稽古なるものを良く行っていた。


今敵と対峙するミザリーが取った構えはその一つだった



「フォー!!」


〈ザッ〉


一際強く地面を蹴りあげマカラドレイクが駆け始めた


今までとは桁違いに力強く早い


風を切るように、ただ一直線にミザリーに向かって


「スリーーーッ!!」


距離を詰めるマカラドレイク


ミザリーが閉じていた目を開いた



と同時に


上半身を捻り、しならせ

左脚を軸に右脚を蹴り上げた


空を切るかと思われた右脚は

次のほんの一秒足らず後


駆け迫っていたマカラドレイクの頭部に接し


衝突し


そのままあらん限りの力で振り抜かれた


〈ゴリッ〉


酷く鈍い轟音が聞こえた


ミザリーの身体は勢い余って半回転しマカラドレイクに背を向けるように位置してしまったが


「ツーーーッ!!」


マカラドレイクは自身の身体を震わせながら後ずさった


というよりかは足がもつれて意志とは裏腹に後ろに下がったようだった


分厚い革の様な皮膚と言えど地に足が着いた状態で

機械の身体であるミザリーの回し蹴りをピンポイントに頭部に合わせられては無理もない


「ワーーーンッ!!」


翼を振るおうにも上手く身体も扱えないらしい


人で言うところの脳震盪のような状態


ならば時間があれば回復することも充分考えれるが



『悪いけど……終わりよ』


ミザリーが道の脇に飛び退いた



射線上から外れるために


「ゼローーッ!!」


と同時に


〈ボンッ〉


と小さな爆発音のような音


次いで何かが風を切る音が聞こえた



そして



〈ドシュッ!!!〉


放たれた弩弓の矢


太い槍のような鉄製の矢に巨大な矢尻がついたようなそれは


風を裂き

一直線にマカラドレイクへと向かい

皮膚にぶつかり、皮を、肉を突き破り

そのまま地面へと深々と突き刺さった


【ギィヤーーーァッ!!】


これまでより大きい断末魔

が町にこだました


動き出そうにも弩弓の矢は身体を突き破り地面に突き刺さっているため一歩たりとも踏み出せない


脚が力なく空を掻く


首を動かしても翼を羽ばたかせても無論


細かく微動していたその身体はやがて

動かなくなり、固まった


そして少しの間を置き


弾けた


弾けたその黒い欠片は

すっかり暗くなった夜の町に紛れ見えなくなっていった




それを見届けたミザリーは道の脇

傍の建物の壁にもたれかかった


ふと目線を城壁のほうへ上げると

こちらを見ていたベイカーと目があった


「お疲れー!ミザーーッ!」


弩弓の傍らにしゃがみこんだままで

ベイカーが叫んできた



『…やればできるじゃない…ビー』


ミザリーは左側の髪をかきあげると

ベイカーのいる城壁へと歩き始めた


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