四つ脚
# another side
ミザリー・ベイカー、それにリヅにバッツは山を下った後しばらく歩を進め
砦町と呼ばれるスラープにたどり着いていた
町の直径は約2km
人口は800人ほどらしいが旅人や行商人、遠征に向かう軍人など様々な人が羽を休める場として立ち寄るため居住している人数よりも多い人々がその街で過ごしていた
街に入る際
門の前に衛兵のように立ち
周囲に気を張り巡らせている門番が2人いたが
この街の顔馴染みだからだろう
リヅとバッツを見ると
特にミザリーとベイカーを怪しむこともなく
町の中に招き入れてくれた
遠くから見た段階でも気づいていたが
やはり話で聞いた通り街全体を高さ10mほどの石の城壁で囲っている
何十年も前の城跡のものを領主の血族が修復を繰り返しながら今の形を保っているとのことだ
その城壁には7mほどの厚みがありそのへりには100mほどずつの間隔を開け
なにやらものものしい機械が設置されていた
それに関心を持ったのはベイカーだった
町の中を見回し、目的地であるリヅたち姉弟の家に向かう途中
二人に尋ねていた
「ねぇ?あれが悪魔対策の兵器ってやつ?」
「そうですよ、機械式の弩弓です。
あんまり乱発できるものじゃないらしいですけど威力がすさまじくて!これまで何体もの悪魔からこの街を守ってくれています」
『あれだけの数用意してるんだから隙はないって感じね、そりゃみんな不安な顔せずにすむわけよ』
ミザリーの言う通り、すっかり薄暗くなって
本来なら悪魔が闇に紛れてやってくると怯える時刻だがこの町の人々は活気もあり栄えた宿場街の平穏そのものだった
これまでこの町を守ってきた実績が信頼させているのだろう
「あの城壁のへりとか入口で門番してる人たちは町の人?同じ服装してるけど」
「あれは領主さんが支給した有志軍の制服みたいなものですよ、でも他の街から引き抜いて雇ってきた人もいるし、生まれからこの町で過ごしてきたって人もいるのでバラバラですね」
突然バッツが走り出した
目当ての宿屋に辿り着いたらしい
二階建ての家屋、少し離れた場所にも同じような建物がありどうやらそれもこの宿屋のものらしい
少し傷ついたりはしているが
きちんと手入れされている様子が夜の中でもわかる良い宿屋だった
先に飛び込んだバッツに続きリヅに先導され扉を抜けるとロビーのような小さなスペースに通じていた
奥のカウンターにはバッツと
それを持ち上げ肩車している髭を蓄え、筋肉質で大柄な男性
姉弟の父親だろう、こちらを驚いたような顔で見つめていた
「おかえりリヅ、遅かったなぁ。そちらは?」
カウンターからバッツを肩に乗せたまま出てくると客人二人を見渡しながら尋ねた。
「ただいま、二人はミザリーさんとベイカー。私たちを助けてくれたの」
二人の方へ手を伸ばして紹介したが、なぜかベイカーは不思議な顔をしていた。
(なんで僕は呼び捨てなんだ?)
という顔だった。
「助けてくれたって、お前達また冒険だなんていって町を出たんじゃないだろうね?」
諭すような口振りになり肩からバッツを降ろした。
「何度も町の中からでないようにって言ってるだろう?」
腰に手を当てて姉弟に問いつめる。
「ごめんなさい」
バッツが即座に謝り
「落石があったって聞いて…悪魔が出たとかって話じゃないから平気かと思ってたの、ごめんなさい」
リヅも続いて謝ると
「怪我でもしたら大変だからなぁ…」
と頭をかきながらボヤく
どうも子供たちに甘いらしい
「…悪魔?悪魔が出たのか?」
ふと気づいたように問う
「出たよ!緑色のやつっ!」
「すごいの、私たちが怖くて目を伏せてた一瞬でミザリーさんがやっつけたの!」
興奮気味に姉弟が同時に言う
父親は状況が飲み込めないように
「やっつけたって…ええと、ミザリーっていうのは…」
姉弟からミザリーとベイカーの方に顔を向ける
『私です』
ミザリーが軽く手をあげる
「君が?…そうだったのか」
手を上げたミザリーの鋼の腕に気づいた
衣服を着ているとミザリーの全身が機械だということには気づかない
露呈している腕の部分だけが機械と思ってくれたようだ
そしてこの時代において義手を持つということの背景を慮り、察したのだろう
少し寂しげな顔をして父親は告げた
「何にしても君たちが子供たちの恩人だということはわかった。本当に助かったよ、ありがとう」
深々と頭を下げて言った
「た、たまたま通りかかっただけだから運が良かったんですよ!ね、ミザ?」
頭を下げた父親に少しバツが悪くなったのかベイカーが慌てる
『ええ…顔を上げてください』
「ありがとう…」顔を上げた父親は
続け尋ねた
「なにかお礼をしないと、そうだ!今晩の宿はどうするんだい?決まってなければ家に泊まってってくれ、大したもてなしはできないけど」
「そのつもりで連れてきたのよお父さん!」
「そうか、いや部屋は空いてるし今晩と言わず気が済むまで泊まっていってくれ。この町は安全だからね」
「助かります、お金は節約できるに越したことはない」
ベイカーがやっと休めることに安堵したのか顔から力が抜けたような表情をした
数刻後
レイノルドと名乗った父親、リヅにバッツ
それにミザリーとベイカーは大きなテーブルに着き、食事をしていた
と言っても
「ミザリー、本当に食べなくて良いのかい?遠慮ならすることないんだよ?」
レイノルドがミザリーに問いかける
『ええ、リヅ達に会う前に随分詰め込んだのでお腹空いてないんです』
もちろん嘘だった
全身機械であるミザリーは食事を必要としない、噛んで飲み込むことは可能だとしても体内に収めた食べ物を消化など出来ないので結局後々ベイカーに取り出して貰わなければならなくなる
かと言って飲まず食わずだと怪しまれるかも知れないのでコーヒーだけは飲んでいた
ベイカーの案で
テーブルを囲む前に喉に布を詰め込んでおいたのだ
飲んだコーヒーはその布に染み込み、傍から見ればさも普通に飲んでいるかのように見える
「やっぱり食べ過ぎないのがいいのかな?ミザリーさんスタイル良いし」
リヅが口に運ぼうとしたパンを手元に戻し、険しい顔をしていた
『そういう訳でもないわよ、栄養取るのも大事』
「そうだよリヅ、あれだけバッツと走り廻ってるんだから食べないともたないよ」
ソーセージにかぶりつく父親を一瞥しリヅはさらに険しい顔をした
「でもあたし、お父さん似だからなぁ。このままだとお父さんみたいな感じに」
「ゴリラみたいになるの?」
バッツが冷やかすと
リヅは一睨みした後、持っていたパンを半分だけちぎって食べ残りを皿に戻した
「ミザは母親に似てるからなぁ、遺伝ももちろんあるだろうねぇ」
女子の心なんて露知らないベイカーが零す
「ミザリーの母親かぁ、さぞかし美人なんだろうなぁ」
「絶対そうよ、ミザリーさん見たら分かるわ」
親子の目線がミザリーに集まる
『そうね…優しい綺麗な人だったわ』
思わず声のトーンが下がる
その様子と(だった)という過去形に親子が息を呑むのが感じられた
「まぁ!それにしても、みんながあったのが【四つ脚】じゃなくて良かった」
空気を変えるようにレイノルドが大きな声を出す
「四つ脚って?なんですか?」
ベイカーが問う
「知らないのかい?なんでもこのルグリッド公国の領土内を荒らし回ってる悪魔の事らしい」
「そういえば門番の人が言ってた!ベリーズの砦が四つ脚に落とされたって」
リヅが神妙な顔で言う
ベリーズとはルグリッド公国の首都より西の方角に位置する砦であり、そこから西方への都や町などに派遣される兵たちが常駐している軍事的に重要視されている箇所である。
そこが悪魔に落とされたとなると西方への悪魔の襲撃に対して援軍が薄弱となるため、一大事であるとこのスラープにも緊張が届いていた
「大変な奴らが現れてるんだなぁ」
ベイカーが呟くとレイノルドが訂正した
「違うんだ、四つ脚っていうのはそういう特徴がある種達の総称とかじゃなく…」
ものものしくレイノルドが続けた
「たった一匹の悪魔の事なんだ」