【剣の娘の話】
【剣の娘の話】
重い静寂を引き裂く。
――さて、この静寂とは単にこの周りの状況を表している。
陽光の寝静まった宵闇の刻、それでいて闇夜に相応しき音の調べ――虫の音、獣の微かな呼吸、木々のざわめき――
それらが、一瞬にして消え去った。と、最初の一文は表現したいわけだ。
それを見据えているのは私、レメラ・アイオンス・アズリエル。
アズリエル三姉妹の、三女にして、歌姫。だが今回は私の出番はない。
ゆえに語り手くらいしか役割がないので、勝手に勤めさせていただく。
今回の主役は、キャスティナ・アズリエル。キャス姉である。
彼女の振るった巨大な剣は、風を唸らせ、木々に震撼をあたえ、夜を物語りの舞台へと彩っていく。
共演は――名も無き大型剣を振るう、麗しき少女。
この物語の元凶にして、発端――
では、物語る前に、なぜこの二人が月夜に舞い踊ることとなったのか、
私は回想に入ろう。
………………
…………
……
嗚呼、真ん中の馬鹿姉は知らないわ。どこほっつき歩いてんだか――
……
とある街へ珍しく訪れて、私たちは宿をとることにした。
全滅した旅団を発見し、その資金をこっそり着服したのだ。
提案者はご想像にお任せします。ちゃんとお墓は作りましたので悪しからず。
その宿で食事中、壁の張り紙にふと馬鹿姉が興味を示したのだ。
馬鹿姉……ルルダ・アズリエルはその一枚一枚をしげしげと眺めながら、ある一枚に視線を細めた。
「興味、どうしたのだ? 凛々しい顔立ちでも見つけたか?」
一番上の姉が揶揄して聞くが、残念ながら馬鹿姉が目を留めたのは、手書きで描かれた少女の立ち姿。
「……いや、何でもない」
「不満、お前が示した興味は、何かしら意味がある。退屈、何か話せ」
「本音がダダ漏れよ、姉さん」
こめかみをひくつかせ、ルルダはその姿絵の少女を目線で促すと、
「姉さんと同じ、大剣使いよ」
「……。それだけ?」
珍しく、姉さんが枕詞を忘れた。
確かに姿絵の娘は、無骨な大型剣を両手で持っており、虚ろな視線で切っ先を見据えて、構えている。
「なんとなく、違和感があったから」
「ほぉ、どんなことだ? まぁ、私は他人のことは言えぬが、淑女が剣、しかも大型剣を持っている時点で違和感丸出しだと思うが」
「……キャス姉、丁寧語崩壊してる」
ここは私が突っ込んだ。というか、枕詞使う気もなくなってない?
「そう、なにより私が見た瞬間、キャス姉も興味を持ったじゃない。同じ大剣使いとして――」
「……」
沈黙は肯定なり。
「でもね、この絵師が彼女の姿を見て、この姿を描いたのだとしたら……」
「……だとしたら、何なの? ルル姉ぇ」
これも私が聞いた。キャス姉は看破されたのか、張り紙を凝視している。
「この眼、なんて物悲しいんだろう。って」
……馬鹿か、この姉は。
それが、正直な私の感想だった。
そのチラシはバウンスハンター、ようは賞金首の張り紙であって、
その少女は賞金首だってことで、
……キャス姉が興味本位で乗り出してしまって――
今夜に至る。
気が早いし、勘弁してよね。
この馬鹿姉ども――
「謝罪。つき合わせてすまんな」
「……」
無言な私だが、首は横に振る。別に構わない。やりたいことがあるだけマシだ。
私は、結局この二人に付き合うのが大好きなのだ。
口には出さないけど。
だけど、ここにその片割れはいない。調べたいことがあると、チラシを眺めてるキャス姉にそう告げて、街中に消えてしまった。
男漁りでもしているのだろうか、あの馬鹿姉。どうも血縁の兄探しに夢中で、そんなぽっとした街にいるわけでもねぇ〜のに、あちこち探索する放蕩癖がある。
かといって、私は人間不信だし(諸事情って奴よ)。キャス姉はこんな調子だから、人様との対応には苦労する。
……ようは、変人なのよ、私たち三姉妹は。
でも、夜中の散歩って言うのも悪くないわね。
なんて言うのかしら、ロマンティックって言うの?
私ったらなんてロマンティック♪
「奇妙。ニタニタしながらひょんひょん飛び跳ねるとは……月酔いか?」
「いいじゃない! こんな雰囲気はめっちゃロマンティックなのよ」
「訂正。どちらかというなら、月夜だと思うのだがな」
今は二人っきりだ。喋ることに問題は無い。
町外れの森――少し調べた昔話では、この先は黄泉路に繋がっていて、いろんな魔物や妖怪が潜んでいるという伝説がある。
もっとも、近代化の進んでいる今、その伝説も廃れてきてもいるが、その伝説を立証する程度の、厄介な問題も潜んでいる。
彼女――【剣の姫】もその一人。
仮に今は、そのバウンスハント対象を【剣の姫】と呼ぼう。
彼女は、ようは狂戦士なのだ。
そう、目の前で木々をなぎ倒しながら――旅人の屍を……あれ?
「立証。やはり、今宵はルナティック」
そう言い放って、うちの賢い姉は――それこそ、月狂な微笑を湛えて、剣を下ろす。
虚ろな視線、左右には優雅な巻き毛をたらし、その薄紅色の髪が別の紅でさらに彩られている。そしてなにより、まだ幼すぎる。年齢はへたをしたら、私より下かもしれない。ちなみに私は15くらいだと思ってる。
簡素な皮鎧、だけど大型剣には不釣合いな皮装備だけど、彼女くらいの華奢ならば、この軽装のほうが動きやすいのかもしれない。
無骨な、大型剣。大型剣は基本、でかい鉄の塊で相手を叩き割る。ようは斧と似たようなものだと思ってる。それを剣状にして、さらにでかくして、強さをアピールする程度。
普通はこんな武器、使いこなせる人間は、男性でも中々いない。
ただ、相手にするなら、普通に怖い。
一撃を耐え切れる人間は、まずいない。真上から振り下ろされる一撃だけで、おそらく死ねる。
先にも述べたが、鉄の塊だ。ようは剛速球の鉄球を受け取るようなもの。それも手じゃなくて全身で。
姉さん、大丈夫――ッてヲイ!
心配してた私をよそに、もう突貫して剣を混じり合わせ――うわぁぁぁぁぁ! なんか、ゴキィっていった!
なんかルル姉が使う剣の音とぜんぜん違う!
ちょ、骨骨骨! 骨逝ってない?
って、片手で振るった! ――よく手元に戻せるわね、お互ぃぃぃぃぃぃ!
怖い怖い怖い! なんであんなギリギリで避けるのよ。顔に切り傷……あとでルル姉にってぎゃぁぁぁぁぁ! お姉ちゃんお腹お腹お腹ぁぁぁぁぁ! 斬られてる斬られて……いやぁぁぁぁぁ!!
(中略)
……
…………
いや、姉さんの戦闘を間近で見たのは初めてではないんだけど――
いや、初めてじゃないからこそ、半端ねぇのです。
だって、当たったら死ねるレベルの剣閃を、本当紙一重で避ける姉さんと【剣の姫】。
お腹だって、突きを掠っただけであれだけ切り裂かれてるんだから、たまったもんじゃねぇのです。
……?
いま、微かに、誰か笑わなかった?
とにかくそんな姉さんを幾ばく眺めていたのだろう。
徐々に劣勢が見えてきた。
……姉さんが遅れてきていた。
何を思うのか、時折眉根を寄せては、苦しげに大型剣を避ける。
そして、一番怖い、【受け】。
姉さんは大型剣を横這いに両手で構え、大型剣の一閃を受け止め始めた。
姉さんの大型剣は、一種の技巧剣で、中身は結構複雑だ。いくつかの魔法剣もアレンジされて組み込まれている。
多少の衝撃では壊れないだろうが、相手は多少ではない衝撃を叩き込んでくる。
それにおかしいのは、姉さんが剣を一度も分解していないということ。
あの大型剣は、ルル姉が仕留めて来た魔法剣士たちの魔法剣を参考にアレンジされ、加工、改変された複数の魔術をもつ、魔法剣。
最大の特徴は、使い辛いが――一度に十三の魔法剣を起動、発動し、繰り出せるところにあるし、姉さんならそれができる。
それを一切使っていないのは、剣士の誇りという奴なのか。
そんなんで私をハラハラさせんじゃねぇ〜。
【剣の姫】は虚ろな、しかし何かに怯えるような形相で――姉さんを確実に追い詰めていく。
重々しく、しかし確実に――
姉さんの命を刈り取ろうと――
私の喉から、悲鳴に似た『言の葉』が押し迫ったそのとき――
「ん、遅い、妹」
「えぇ、少し遅れたわ、姉君」
「……へ?」
言の葉は掠った。
闇夜の霞のごとき、我が姉ルルダが登場し、【剣の姫】を一瞬にして、不気味なオブジェに作り変えてしまった。
え? ……詳しく書くとご飯食べられないわよ?
……まぁ、ようは【剣の姫】の全身が、ハリネズミみたいに無数の剣が突き刺さった状態で――
描写は避ける。というか眺める前に、その形が崩れ去った。
……あ、あっけない――って、へ? え?
「幻影」
戸惑う私にキャス姉が抑揚無く告げる――
「有得無。あんな小柄で、私と同等に大型剣を捌くなど……物理的に不可」
そういいながら、キャス姉は全身を組まなく筋伸ばし……切り裂かれた傷口をルル姉が手を添えて塞ぐ。
お得意の錬金術、なのだろう。無機質だけではなく、有機物まで再生させられるというのが姉さんの強みらしい。
奇怪な鉄塊オブジェが、霧散し――そこには一本の錆びた大型剣が取り残され――
「裏は取った。この奥だ――【剣の姫君】は――」
ルルダ姉さんがそう告げて、キャス姉は再び大型剣を手にし、私はただ二人に連れられるまま――
やがて、深い樹木を抜けて、夜だというのに明るい、とある場所に出た。
深い深い茨、樹木と言う空に覆われているのに、 飛び交う夜光蝶や、夜光花によってまるで神殿のように彩られた場所――
「イラストレーターに会ってきた」
「疑問、あの張り紙の絵師か?」
頷くルル姉。「どこで模写したか聞いたら、出現地域の森でうたた寝していたのを目撃したんですって。結構出回っていた話らしいわ。戯言扱いされてたけどね」
そして、ルル姉はその夜光地帯の奥に――佇む巨大な樹木を見据え――
「まるで普通のように眠っていて、でもそこに別の戦士が訪れて、少女と戦い、そして相手を殺す姿まで見届けたんですって――逃げ帰った彼は、その姿をそのまま絵に起こした。
でも、その表情がどうしてそうなったかは、こう答えたわ。まるで普通の少女のようで、あどけなく、でも戦っている姿は恐怖にゆがみ、戦い終えた後は悲しみに沈んでた……」
「肯定。とてもベルセルクとは思えん――」
「昔々あるところに、とても美しく武芸の強いお姫さまがおりました」
突然、ルル姉が何かを語りだし――私は耳を聞きたてた。
「でも、その美しさに嫉妬した魔女は、策謀を立て、姫様を永遠の戦いに陥れるのろいをかけてしまいましたと――」
――ザンッ――
「――さ」
ルル姉の何かの力が、樹木を立てに切り裂き――その中から、あの薄紅色の髪をした少女が、生まれたままの姿で堕ちて――
そのままキャス姉が彼女を抱きかかえる。
「夢魔、現実に干渉するタイプの呪い。すべてはこの剣姫の悪夢」
「理解。すなわち――これは死者の夢か」
キャス姉に抱かれた娘からは、生者の色は無く――夢見心地とは、あまりにも違い……
「そう、でも姉さん――夢には終わりがあるものよ。ねぇ? お姫様」
と、ルルダ姉さんが剣の姫に自分の黒衣をまとわすと、一瞬で先ほどの衣装に形を変え――
「悪夢は終わり――さ、最後の夢を……私が知る限り、姉さんは最高の剣士。いかが?」
耳元で囁く姉さん、そして――死者の瞳が一度だけ開かれる。
「……だ、れ――?」
「悪い魔女はもういませんよ。あとは、アナタが今の自分を受け入れること――」
いつの間にか、キャス姉が大型剣を構え――ルル姉の手にはあの錆びた大型剣が、一瞬にして鈍色を取り戻した剣に変わり――
「大昔の武芸者、か――我が妹ながらも味なことを」
「別に……」
と、ルルダ姉さんはそっぽを向いて――割れた樹木に手を添え、
虚ろな姫君は、夢の中で戦っていた姉を認めたのか――大型剣を構えた。
姫の、最後の戦いが始まり――
結論から言うと、それで終わった。
だって、ガチャガチャ戦っている姿に、あまり感慨も関心もなかったし――
ただそうね、剣の姫さま……少し笑顔だったかな。
私がこのお話でしめるなら、そう言う事しかできない――
すいません、久々の更新すぎまして。
何か夏休みのホラー企画もブッチしてしまって…(家庭の事情
ここ最近、まったくといって良いほど、読むのも書くのも小説手付かずで……
自分好みのファンタジーがだんだんと乏しくなってきてるといいますか。
現在は西尾維新が主成分となっております。駄文となりましたぁ――OTL
今回は、小説ファイルに残ってたアズリエルを、ふらっと手につけたのでうp……嗚呼、幻想郷入りシリーズもニコニコに上げてみたいなんて野望もあるんですけど……無理だろうなぁ
うだうだ後書きでした――お目汚し失礼m(_ _)m