1 神さま、お読みになって
「はぁ…」
僕は思わず、パソコンの前で溜め息をついた。よく、『溜め息をつくと幸せが逃げる』なんて言うけれど、逃げるほどの幸せが今の僕にあるとは到底思えないので、僕は躊躇いもなく溜め息をつくことができる。それだけは利点だ。…あまり嬉しくない利点だ。
「はぁ…」
もう一度溜め息をつく。
それから、明後日の方向を向いた後、僕は視線を再びパソコンへと戻す。
「駄目かぁ…」
僕はとある小説投稿サイトのマイページを開いていた。自分の作品のアクセス数を眺めていたのだ。勿論、ポイントも。
画面には、空しいゼロが居座っている。日間のアクセス結果の欄には、幸せの青いバーなど見当たらない。評価欄も同様の結果であった。カロリー軽減し過ぎである。
「まぁ、そんなことだろうとは思っていたけど」
同じような結果を何度見てきたと思っているのだ。もはや僕は、その道のプロなのである。こんなことで泣いたりなんか、しない。
「もうこんな時間か…」
ささくれだった心から目を逸らし、机上の時計を見る。時刻は既に十二時を回っていた。シンデレラも家に帰らなければならない時間である。
「明日も早いし、もう寝よう…」
サイトからログアウトし、『作業お疲れ様でした。』というサイトからの労いの言葉を摂取した後、僕はパソコンの電源を落とした。
そして、のそのそとベッドに移動し、柔らかな海に身を沈めた。
「ふぅ、おやすみなさい」
誰に言うでもなく就寝の挨拶をした後、僕は夢の世界へと旅立った。
◇◆◇
目が覚めた瞬間、僕は奇妙なことに気づいた。
「あれ? これって夢の中?」
驚いた。起きている時と同じように、自由な思考ができるぞ。
「ここはどこなんだろう」
それと、僕がこれが夢の中だと判断したもう一つの理由なんだけれど、周囲が真っ白なのだ。本当に何もない。何もない真っ白な空間に、僕は立っていた。
そのまま途方に暮れていると、遠くの方で音が鳴った。
例えるなら、そう、大きな鐘が鳴った時のような音だ。
りんごーん、りんごーん、りんごーん。
そんな音が三度鳴った後、強い光が僕を襲った。
「うわっまぶしっ!」
僕は目を瞑り、突然の太陽拳を回避した。
光がおさまった後に目を開くと、そこには和室があった。こじんまりとした和室だった。畳の上にはちゃぶ台と箪笥、それとテレビが一つずつある。
驚くべきことはそれだけではない。いや、驚くべきことはそれではない。
なんとその和室では、小さな女の子が、座ってお茶を飲んでいたのである。
小さな女の子が、座ってお茶を飲んでいたのである! 大事なことなので(以下略)。
なお、女の子はパツキンで、お腹あたりにポケットが付いた可愛らしいワンピースを着ていらっしゃる。
…ドラさんをリスペクトしてるのかな?
「おぉ、よう来たのぅ。さぁ、こっちへ来るがよい」
幼女が話しかけてきた。
僕は愕然とした。
夢の中に老人口調の幼女を出現させるほど、僕は女性に飢えていたのか? も、もしかして、僕は、ロリコン、なのだろうか…?
「お主は女性に飢えておらんし、ロリコンでもないのじゃ。だから安心してこっちへ来るがよい」
心を読まれた?
「なんじゃ、不思議そうな顔をしおって。さっきのは、お主の顔に書かれていたのを読んだだけじゃ」
うっそだ―。
「嘘ではないぞ」
などというやり取りを何度か繰り返し、「まぁ、そういうこともあるかもな」と自分を納得させた。
驚きはあったけれど、僕は金髪幼女に言われるがまま、和室へと近づいていった。
◇◆◇
僕は今、「畳の上に正座して金髪幼女と向かい合う」という奇妙な状況に遭遇している。
波紋が使えなくても人生に奇妙なことは起きるらしい。オラァ初めて知った。
「さて、まずは自己紹介からかのぅ。実を言うと、ワシは神さまなのじゃ」
「神さま?」
神さまって、あの神さま?
「そうじゃ」
「暇を持て余した?」
「神々の」
「戯れ」
「「いっいぇーい!」」
思わずハイタッチをした。自称神さまの金髪幼女の手は、とても柔らかかった。
僕は普段、人見知りをする方なのだけれど、この金髪幼女神とは仲良くできそうだ。
「それで、神さまが何故、僕の夢に?」
「いやのぅ? あまりに暇を持て余しておったから、手元にあったダーツを投げて、刺さった人間の夢にでも出てやろうと思ってな」
それで僕の夢の中に出てきたのですか…。
というか、そのダーツって刺さっても平気なタイプなんですか? そうですか…。
「ところで、神さまは何を司る神さまなのですか?」
「ワシか? ワシは『純潔』を司っておる」
「これ以上ないほどに適していますね」
「じゃろう? しかし、いつも暇していてなぁ」
「普段は何をなさっているのですか?」
「ゲームをしたり、本を読んでばかりしているのじゃ。前はRTAに凝っていたのじゃが、最近はネット小説を読み漁っておる」
ほほぅ、ネット小説とな?
「もしかして、僕の書いた小説を読んでもらえてたりなんかしちゃったり…しますか?」
「いんや? 知らん」
ですよねー。知ってました。
「不躾なお願いなんですが、僕の書いた小説を読んでいただけないでしょうか?」
「うーむ、まぁ、暇じゃから読んでも構わんよ?」
やった。読者をつかまえたぞ。
僕の脳内に、ゲット時のファンファーレが鳴り響いた。
てーてーてー、てれれれってれー、じゃん。
のじゃ神さまはTAS神だった…?