表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

その他もろもろの部屋(童話・異世界・現代・エッセイ系など)

どうぞよろしくアナスンさん! ~真冬の夜の来訪者~

作者: 石川織羽

 あ、あの! はじめまして。あたし、リウっていいます。


 良かった! 家に居てくれた……!

 どうしても、どうしても、あなたに話しを聞いてほしくて、会いに来たんです。

 こんな遅い時間に、ごめんなさい。年の暮れで、お忙しい時期なのはわかっているんですが、お願いします!


 いいえ、物乞いや押し売りじゃありません! お金もいりません!

 少しだけ、時間をいただけませんか、今あたし絶体絶命なんです。


 え……家に、入って良いんですか?

 でもあたし、こんな格好だし、泥だらけだから床が汚れちゃいます。あ、そうか。ここに居たら雪が入ってきちゃうんだ。

 は、はい……それじゃ、お言葉に甘えさせていただきます。どうもありがとう。


 靴? 靴は……さっき馬車を避けたとき、脱げてなくしちゃったの。

 家は町外れよ。このお家と比べたら、屋根があるだけの建物の隙間みたいな家だけど。そこで、お父さんと二人暮らしをしているんです。歳は、この前九歳になりました。


 わあ、何てあったかいお部屋!

 紙や本が、こんなにいっぱい……! 初めて見たわ。

 いいえ、お構いなく。こんなあったかい暖炉のあるお部屋に入れてもらえたら、もう充分です。それよりも、まずは話しを聞いてもらえませんか。大急ぎで話さなきゃいけないの。時間が無いのよ。さっき流れ星が見えてしまったから!


 これですか……? これは、マッチです。

 お父さんに、このマッチを売って来いと言われて、家を出されたんです。全部売らなきゃ家に入れないぞと怒られて……仕方ないんです。お父さん、毎日酔っ払っているんです。戦争で怪我をして帰ってきて、その後にお母さんが病気で死んでしまって、お父さんは酒浸りになってしまいました。前は、ここまでひどくなかったんですけど。


 あなたのお母さんも、そうでしたよね?

 信心深くて、あなたが小さな頃はとても大切にしてくれる人だったんじゃありませんか? でも旦那さんが戦争で亡くなった後、お酒が手放せなくなってしまって、今は年下の男の人と暮らしているんじゃ?


 ええ、実はあたし、あなたを知っているんです。

 あなたがこの辺りに住んでいるのは、前から知っていました。でも、あなたがここへ至るまでの、色々なことを知ったのは、ついさっき。

 知ったというか、思い出したんです。


 あのね、あたし前世の記憶があるんです。


「何言ってるのかちょっとわからない」……?

 はい、あたしも本音を言うと、今も何だかよくわかりません。


 でもさっき、たしかに思い出したんです。思い出したと言っても全部じゃなくて、一部なんですが。聞いてもらえませんか。あなたのことも、あたしにこれから起こることもお話しますから。


 まずあたしは、今のリウとして生まれる前。

 どこか知らない国で生きていたの。ううん、残念ながら天国じゃないわ。


 若い男の人として暮らしていたんです。背だって今よりうんと高いのよ。髪はこういう金髪じゃなくて、硬い黒髪なの。あなたの鼻は高くて大きいけど、その頃のあたしは鼻ぺっちゃで、平たい顔をしていたんです。


 平たい顔のあたしは、そのどこか知らない国の……『いんさつがいしゃ』っていうお店で働いていたんです。そこは本とかを作る場所で、あたしは本が好きな男の人だったんです。


 名前は、『ケイジロー』というんです。

 でも、周りの人達には『ケチャップ』と呼ばれていました。意味は知らないわ。でもケチャップの方が言いやすいから、これからは、リウになる前のあたしを『ケチャップ』と言いますね。


「今は本が好きか」って?

 今は別に……好きじゃない。だって字なんかろくに読めないんですもの。


 それでね。

 あなたの書いた本は、その国でとても有名だったんです。あなたの書いた物語は、誰でも一度は聞いた覚えがあるくらい、知れ渡っていたんですよ。ケチャップもよく知っていました。あなたは『即興詩人』や『人魚姫』を書いた人として知られていたんです。

『アンデルセン』という名前で。


「それは一体、どこの国なのか」?

 そこが、あたしもわからないんです。

 場所の名前を思い出せなくて……でも、ドイツやイタリアじゃないと思います。夢みたいな、どこかとても遠い国です。


 シナ? 東洋……?

 そういえば東洋人は、黒髪で平たい顔をしていますね。さあ? あたしは東洋を知らないから、わかりません。でも、物識りの大人のあなたがそう言うなら、そうなのかもしれないわ。


 あたしに思い出せるのは、そんなに多くないんです。

 その国は、変な服を着た人達が、毎日お祭りみたいにたくさん歩いている変な国なんです。馬のいらない馬車が走っているの。ガラスの扉が魔法みたいに、勝手に開いたり閉じたりして、階段だって動くのよ。額縁の中の肖像や風景画が、動いたり喋ったりするんです。キラキラ光るお城みたいな建物や、不思議な道具がいっぱいあるの。あたしは、それを当たり前みたいに使って暮らしていました。


 ケチャップはお金持ちじゃなかったけど、毎日パンが食べられたし、まぁまぁ幸せだったと思います。戦争もなかったから、それだけで素敵だわ。

 でもケチャップは、何かの弾みで死んでしまったみたいです。たぶん、急な病気。道で倒れたのは、覚えているから。


 そして、不思議なその国で……あなたはずうっと昔の、偉大な作家の一人に数えられていたんです。


 はい、あなたはもうとっくに亡くなった後の世界なんです。

 なのできっと、『ケチャップ』だった頃のあたしが居たのは、遠い未来のどこかの国だと思います。

 ええ、ホントにおかしいわ……でも、そうとしか考えられないんだもの。


 そこでね、あたしはケチャップだった頃、あなたの書いたお話を読んでいるんです。

 あなたの本は、たくさん出版されていたから。そのたくさんあるお話の一つに、『マッチ売りの少女』というのがあるんです。


 はい。

 貧しい家の女の子が、寒い冬の夜に、マッチを売り歩くお話なんです。今のあたしみたいに。

 その物語によると、女の子のマッチはとうとう一つも売れないんです。靴はなくなっちゃうし、寒くて寒くて。でも家にも帰れなくて、寒さを少しでも凌ごうとして、女の子はマッチに火をつけるんです。


 そうなんです。

 あたし、さっき、路地裏でマッチに火をつけたんです。

 物語の中だと、マッチが灯っている間だけ、光の中にストーブやガチョウの丸焼きや、クリスマスツリーの幻が映るんです。


 だけど何故だか、あたしは火をつけた瞬間、『前世』の幻が見えたんです。

 それで、自分は生まれる前に『ケチャップ』として生きていたと思い出したんです。

 ついでに、『マッチ売りの少女』の結末も思い出してしまったんです。


 どういう結末かというと……女の子は最後に、可愛がってくれたおばあさんの幻を見るんです。でも、マッチが消えたらおばあさんも消えてしまうでしょう? それが嫌で、いそいで全てのマッチを擦るんです。すると炎が眩しく光り輝いて、女の子はおばあさんに抱きしめられながら、天国へ行くんです。

 そして翌朝、マッチの燃えかすを抱いた女の子が幸せそうな顔をして、道端で死んでいるのが見つかるんです。


 ……顔を逸らさないで下さい。

 幻が見えたとき、どうしようかなって、あたしも迷ったんですよ?

 マッチを燃やしながら死ねば、天国へ行けるのかしら? って想像したんです。


 でもね。

 あそこで、ごちそうやクリスマスツリーじゃなくて、ケチャップ時代の幻が見えてしまった時点で、もうおばあさんが迎えに来てくれることは無いわね? と覚悟したんです。

 あたしもこの辺りで、少し人生観が変わった気がします。

 じゃあ、どうするかって考えたんです。


 外でマッチを燃やし続けて、寒さに耐える?

 だけどこれは、がんばって耐えても解決にならないわ。もし今日を生き延びても、明日も生き延びられるとは限らないんですもの。それにこんな薄着で雪の中、真冬の寒さに耐えるのは無理があるわ。


 じゃあ、家へ帰る?

 だけどこれも、解決にならないわ。お父さんはお酒に溺れています。

 お父さんは酔っ払うと、あたしを殴ってしまうんです。その後にひどく後悔して、またお酒に溺れてしまうんです。だから、あたしが傍にいてお父さんをお酒に溺れさせてしまうなら。誰も幸せにならないなら、家に帰るのはやめようと思ったんです。

 あなたがお母さんを故郷に残して、一人でコペンハーゲンへ来たように。


 というわけで、考えているうちに、『作者』のあなたの存在を思い出したんです。『マッチ売りの少女』の自分が、コペンハーゲンに住んでいるのも改めて気がついたんです。そうして、こうやってあなたの家を探し当てて、直談判に来ました。


 会ってくれて、ありがとうございます。それで、改めてお願いします。

 あなたに、『マッチ売りの少女』の物語を変えてもらいたいんです。あなたが違うお話にしてくれたら、あたしの今夜の結末も変わるかもしれないわ。お話しの終わり方なんか、どうでも良いんです。王子様に見初められたいとか、お姫様にしてほしいとか、そんな子供みたいなこと言わないわ。とりあえず、死なないようにしてもらえませんか。


 え……?

 未来の世界で、あなたの作品の評判がどうなっているかですって……?

 教えたら、結末を変えてくれますか?


 ううーん、じゃあ一部だけお話ししましょうか……。

 少なくとも、ケチャップの住んでいた国では、あなたは童話作家として名を馳せていました。『童話』と言ったら、アンデルセンかグリム兄弟かイソップかっていうほど有名です。子供達に愛され続けています。


 い、いえ……それが、あのぉ……い、言いにくいんですが……詩集や演劇の方は、ちょっと。いまいち。

 ええーとぉ……紀行文や自伝も……ほぼ知られていません……。


 だ、だって、嘘はいけないでしょ!?

 それにご自分でも、何となくわかっていたんじゃありません!?

 うん……あなたは、劇作家になりたかったんでしたね。たしか、もっと最初の頃は、俳優や歌手になりたかったんですよね。どっちも挫折したんでしたね。


 はい。

 時間に耐えて残ったのは、童話なんです。


 ……落ち込みすぎですよ。

 そんなにショック受けないで下さい。これがきっと『天の采配』というものなんです。努力してきた分、理解されたいと思うのはわかりますけど。


 ね、元気を出してください。

 あなたはこれまで、大変な苦労をされてきたじゃないですか。貧しい靴屋さんの息子に生まれて、お金もコネも何も無いところから始まって、文壇では馬鹿にされて、渾身の力作だった劇も酷評されたかもしれません。

 それでも童話が、不朽の名作として輝き続けるんです! 数え切れないほどの人に影響を与えて、作品が遥か後世まで読み継がれるなんて、凄いことです!


「それよりも、劇作家として評判になりたかった」?

 さすがは人魚姫の作者……しつこいですねぇ……。


 そういえば、あなたはパトロンの娘さんに思いを寄せ過ぎて、自分の生い立ちも何もかも書き綴った手紙を送りつけたりして、お相手の方が震え上がって他の人と結婚してしまったりする人生でしたね……。否定されたり拒絶されると、すぐ傷心旅行に行っちゃう、とうふメンタルだし……。

「とうふ」?

 とうふ、というのは白い煉瓦みたいな形の食べ物で、脆く崩れやすく衝撃に弱いものの例えです。


 ええ、あなたの経歴は大体知っています。

 未来のケチャップの時代には、あなたは偉大な童話作家で、有名人なんですもの。ケチャップも学校で、あなたの作品と人生について学ぶ機会があったから、あたしは妙にあなたの詳細を知っているんです。


 ……て、話しがかなり脇道に逸れちゃいましたね。

 あたしは、あなたの過去をほじくりかえしに来たんじゃないんです。

 前向きな話しがしたくて、ここへ来たんです。


 それで、その、これだけ話しても、やっぱり信じられないとは思うんです。

 あたしも無茶苦茶を言っているのは、わかります。でも、あの作品はまだ発表されていませんよね? それなら、まだ間に合いませんか? 物語の最後で女の子が死ぬところだけ、どうか変更を……!


 ……え?

「すでに『マッチ売りの少女』の物語は、書き上がっている」んですか?

「筋書きと結末も完璧だから、変える気はない」……?


 そっか……やっぱりダメですか。

 そうですよね。丹精込めて書いたんですもの。急に押しかけて来た見ず知らずの人に言われて、簡単に変更なんて出来ませんよね。書き上げるまでのご苦労だって、ありましたよね。


 いいえ、良いんです。寒さでどうかしていたんです。

 よく考えたら、物語をあなたに書き変えてもらったからって、あたしの人生が好転する保証はないんだもの。あたしの毒舌も過ぎましたし、無理を言ってごめんなさい。

 ここまで気長に話しを聞いてくださっただけでも。


 はい……?

「お話そのものは変えないけど」?

「面白いから、もう少し『ケチャップ』時代の話が聞きたい」?

 はあ、そのう……もっとあたしの前世のお話をすればいいんですか。


 それで今夜は遅いし、寒いから?

 まずはこのお茶を飲んで……この、バターの乗ってるライ麦パンを食べて?

 新年になった明日の朝、あなたと一緒に教会へ行って?


 これからは時々『ケチャップ』だった頃の記憶を、あなたにお話ししながら?

 ここで家政婦の手伝いをしたらどうかって?

 ついでに、読み書きのお勉強もして過ごすのはどうか、ですってッ?!


 それは、もしかして……あたし、ここにいても良いってことですか?

 明日も明後日も、ここに来て良いんですか……?

「作者としての義務」?

「これまで自分も、たくさんの人に助けてもらったから」。


 まさか! 断わる理由なんかありません!

 やります! 働きます! 働かせてください! 掃除も水汲みも洗濯も出来ます!

 今夜、もしあなたに会えても会えなくても、何がどう転ぼうと、あたしはあの家を離れると決めていたんです。どうせ倒れるなら、前のめりに倒れようと決心してここへ来たんです。


 喜んで! 嘘みたい! これであたし今夜凍え死ななくてすむんだわ!


 ねえ、あたし本当に、こんなどっさりバターの乗ったパンを、食べても良いんですか? このあったかいジャガイモも、食べて良いんですか?

 夢みたいだわ。ううん、夢よりずっと素敵だわ! 夢やマッチの火と違って消えないんだもの! ありがとうございます、アンデルセンさん!


 いいえ、違うわ。

 あなたは祖国では『アンデルセン』じゃないんですよね。

 これからお世話になるんだもの。まずは改めて、ちゃんとご挨拶しなきゃいけないわ。


 どうぞよろしく、アナスンさん!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ