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短編小説

推理のLesson初級編

作者: 二見

 ある日の帰り道。

 僕は道端で騒いでいるおばさんを見つけた。


「今日はこれから飲みに行くぞー! ほら、あんたも早く」

「ちょ、待ってくださいよ!」


 恋人と思わしき男性を引っ張ってどこかの飲み屋に行くようだ。もう既に酔っぱらっている気がするのはなぜだろうか。


「まだ昼間なのに、何やってるんだおばさん……」


 僕は少し呆れながらも、彼女たちを尻目に家へと向かった。


「ういーす」


 家に着くと、僕は早速冷たいものを食べることにした。


「ん」


 素っ気のない返事をしたのは母だった。


「今日も暑いねー。何かない?」

「あー、そういえばさっき妹がアイス買ってきたみたいだから、それ食べたら?」


 冷凍庫を漁るとそれらしきものを発見。


「お、じゃあいただきます」


 アイスを頬張り、リビングでテレビを見る。

 目当ての番組が終わったので、二階の部屋に行って暇をつぶすことにした。

 部屋に入ると、そこには我が妹の姿が。


「ここにいたんだ」

「今日は暇だからさー。一日中漫画読んでたよ」


 かわいい女の子たちがじゃれあっている表紙の漫画雑誌を読んでいるみたいだ。


「今日も、の間違いだろうに」

「えへへ。もう丸三日家から出てないや」


 まだ学生の身だというのに、もうこれだから困る。


「何か予定とかは?」

「なんにも。私友達少ないからさー」

「あー、確かに」

「お母さんの豪快さが羨ましいね。今日もこれからデートみたいだし」

「だったら、彼氏とか作ったらいいのに」

「作れるわけないじゃん」


 真顔で答える妹。


「まあ、そうだろうね」

「わかってるくせに、いじわる」


 不貞腐れたようにふくれっ面になった。


「あんたたち、ごはんよー」


 下から僕たちを呼ぶ母の声がする。


「ご飯だって」

「行きたくない」

「……はいはい」


 妹の事情を察し、僕は一人で下に向かう。


「あれ、あの子は来なかったの?」

「わかってるくせに」

「……はあ、まったくもう」


 少し落ち込んだ様子でご飯を食べる母。


「あ、そうだ。これからお仕事に行かなくちゃだから、夕ご飯は適当に食べといて」

「ん、わかった」

「よろしくね」


 素早くご飯を食べ終えた母は、テキパキと準備をして颯爽に家を出ていった。

 そのすぐ後に、妹が下に降りてきた。


「……ごはん食べる」

「……わかりやすい奴」


 ある意味素直な妹に苦笑する。


「うるさい」

「ま、そんだけ吠える元気があれば十分十分。いつまでもそうしているんじゃないぞ」

「わかってるよ」


 そう言いながら美味しそうにごはんを食べる妹。

 ……本当にわかりやすいな。


「んじゃ、僕はもうそろそろ行くね」


 食器を洗い、素早く準備をする。


「また、来てね」

「我が妹が元に戻ったらね」

「……うん」


 素直に返事をする。普段からこうならいいのに。


「ほら、これあげるから」


 僕は鞄から髪留めを取り出す。


「ナニコレ」

「百合の髪留め。今日買ってきたの。百合好きでしょ」

「……まあ、そうだけど」


 何か言いたげな妹。

 でも、髪留めは早速つけてみるみたいだ。


「どう?」

「うん、似合ってる」


 妹の頭を優しくなでた。


「じゃあまたね。いい加減普通の趣味になりなよ」

「もう、私が男と話せないの知ってるくせに! それにあんたに言われたくないわー!」


 大きな声で怒鳴る妹を尻目に、僕は家を出た。まったく、誰のためだと思ってるの。

 妹と母の仲が正常になるのはいつになることやら。

 まあ、母は百合が好きじゃないみたいだから、妹が折れるしかないかな。


「さて、夕飯どうしようかな。どこかで食べちゃってもいいけど」


 まだご飯を食べたばかりだから、夕飯は後で考えればいいか。

 そう考えながら歩いていたら、またおばさんを見かけた。


「さあ、もう一軒行くわよー!」

「もうこれで5軒目ですよ……」


 相手の男性はぐったりしている。うわー、かわいそ。

 でも、おばさんはデート楽しそうだな。


「あ、そうだ」


 今日の夕飯は一人で食べるつもりだったけど、誰かと一緒に食べようかな。

 その誰かはもう決まっていたりする。

 電話を取り出し、その相手にコール。


「あ、私だけど、今日の夜暇? 良かったら一緒にご飯食べない?」


 相手からはOKの返事が。


「うん、楽しみにしてるね。それじゃ」


 通話を切った。


「……さて、じゃあ準備のために早く家に帰るか。今日はおめかししていこっと」


 今日の夕飯が楽しみになったな。誰かと食べるだけでこんなにも違うものなんだな。

 もちろん、おばさんみたいに引きずりまわしたりはしないのでご安心を。


「だって、女の子はお淑やかじゃないと、ね」

この小説について解説していきます。ネタバレとなりますので、必ず読み終えてからご覧ください。





 まず、この小説の登場人物は主に四人です。

 主人公である「僕」、妹、母、おばさんです。

 主人公は僕という一人称を使っていますが、女性です。それは最後のセリフである「だって、女の子はお淑やかじゃないと、ね」から推測できます。

 この四人の関係としては、まず「僕」と母は親子関係にあります。次に母とおばさんは姉妹の関係、つまりおばさんは叔母なのです。これは作中にある母の「あー、そういえばさっき妹がアイス買ってきたみたいだから、それ食べたら?」というセリフから推測することができます。

 そして「僕」と妹ですが、この二人は従姉妹の関係にあります。これについては妹の「お母さんの豪快さが羨ましいね。今日もこれからデートみたいだし」というセリフと、母の「あ、そうだ。これからお仕事に行かなくちゃだから、夕ご飯は適当に食べといて」というセリフの矛盾点から、この二人が親子関係でないことがわかります。そして作中でデートをしている描写がある人物は叔母さんのみです。よって、叔母と妹は親子関係にあるのです。


 これからの説明では、登場人物の名前をそれぞれ主人公、妹、母、叔母と表記します。


 次に、主人公、妹、母の三人が滞在している家ですが、これは主人公と母の家ではありません。この家は叔母と妹の家なのです。その証拠は妹が家に丸三日いる、という描写です。帰り道に家に入るということで自宅に帰ったと考えてしまいがちですが、家に向かう、家に着くという描写はあっても「帰宅した」という描写はないため、主人公と母の家であるとは断言できません。主人公の家であることは断言できない。妹の家である証拠はある。よって作中で出てきた家は妹と叔母の家なのです。

 この物語は簡単にまとめると

 主人公が出かける→帰りに叔母の家に寄る→妹や母とコミュニケーションをとる→自宅に帰る

という流れになっています。


 この物語の肝となっているのが、妹の行動です。なぜ妹は丸三日も家から出なかったのか。なぜ妹は主人公の母親に呼ばれたときにごはんを食べに下に降りなかったのか。これを解決してみましょう。

 これらをつなぐ鍵となるのは、妹と母のセリフです。妹は呼ばれたときに「行きたくない」と言っています。なぜ行きたくないのか。答えは単純に会いたくない人がいるからです。

 ではそれは誰か。このとき家にいるのは三人のみ。主人公と妹と母です。そのうち妹は主人公とは会話をしています。つまり会いたくない人物は母なのです。だからこそ母が家を出たすぐあとに妹は下に降りてきてご飯を食べているのです。

 ならばなぜ会いたくないのでしょう。それを解くには妹について理解しておく必要があります。

 作中に、 


「百合の髪留め。今日買ってきたの。百合好きでしょ」


と、


「じゃあまたね。いい加減普通の趣味になりなよ」

「もう、私が男と話せないの知ってるくせに! それにあんたに言われたくないわー!」


というセリフがあります。この描写から、妹は男性に慣れていないことと百合が好きで普通の趣味ではない、つまり妹が同性愛者であることが推測できます。

作中にある

「だったら、彼氏とか作ったらいいのに」

「作れるわけないじゃん」

というセリフからも推測できます。

この事実がわかれば、妹の行動について理解できたも同然です。


ここまで妹についてわかっていることをまとめてみましょう。

・妹は同性愛者である

・妹と母は血縁関係にない

・妹は母に会いたくない

・妹と母の仲は正常ではない

となっています。ここまでわかれば、なぜ妹が母に会いたくないのかがわかるかと思います。


 その答えは、妹が母のことを恋愛対象として見ているからです。妹は母に好意があることを伝えましたが、母はそれを拒否しました。フラれたショックで妹は丸三日家に引きこもっており、母とは気まずいので会いたくない、ということなのです。母は百合が好きじゃないという描写から、母は同性愛者ではないことがわかります。


 ここで疑問となるのが、なぜ主人公と母が叔母の家にいるか、ということです。自分たちの家ではないのになぜ居るのでしょうか。その答えも単純で、引きこもっている妹が心配で様子を見に来ているからです。特に妹をふってしまった母はその罪悪感もあって妹にごはんを作ってあげています。叔母がデートに行っているので、仕事に行く間妹の世話をしているということなのです。主人公が家に来た理由は、主人公がどこに行った帰りに叔母の家に寄ったのかを考えればわかります。主人公は妹に百合の髪留めをプレゼントしています。これは妹を励ましたいという主人公なりの優しさだったのです。百合の髪留めを買った帰りに叔母の家に寄り、それをプレゼントした、ということになります。


 主人公が一人称を「僕」としている理由、電話の相手にのみ「私」という一人称を使った理由については、こちらも妹が関係してきます。

 前述の通り、妹は男性に慣れていません。かつ同性愛者である彼女を見た主人公は、妹に普通の趣味(男性を愛すること)になってもらうために男性っぽく演じることにしたのです。

 とはいえ、主人公も女性です。一人称は「僕」に変えても言葉遣い自体が変わっているわけではありません。言葉遣いも主人公が女性であることを推測できるようになっています。

 しかし、妹はこの主人公の気遣いを知りません。だから作中で普通の趣味になれといった主人公に対し、あんたに言われたくないと返したのです。


 主人公の電話の相手ですが、食事が楽しみになったという描写から主人公にとって親しい人物であることがわかります。

 親しい人物で考えられるのが、親友や恋人です。どちらなのか、これは主人公がおめかしをしたこと、最後のお淑やかというセリフ、おばさんみたいに引きずり回したりはしないという描写から、彼女の恋人であることが推測できるかと思います。普段は妹のために男性っぽく演じている彼女ですが、恋人の前では女の子になる。ということですね。


これで解説は以上ですが、他にも何かわからないことがありましたら、感想にて書いてくだされば返信いたします。

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[良い点]  長文の丁寧な返信、ありがとうございます。   [気になる点]  自分の母親に振られた同性愛者の従姉妹を訪問する主人公…。  なんとも複雑ですが、この話に置いて設定は叙述トリックを使うため…
[気になる点]  叙述トリックかな?  ネタバラシコーナーが欲しいです。  性別に関する誤認が主題だと思うのですが、「僕」が「我が妹」に向けて言った「元に戻ったら」という言葉は、病気や生活習慣ならと…
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