3.復讐
その後も左右からパンチの弾丸を浴びせられるが、ムクは六年前と同じように当たる直前に躱していく。違いがあるとすれば、手で神代の拳をいなしながら倒れることなく避けているところだろう。
「ちっ! 意外とすばしっこいな」
神代の動きが悪い訳ではない。ただ、ムクの反射速度が拳の速度を上回っているだけだ。しかし、逆に言えばそれだけムクの直感と反射、そして俊敏性はレベルが高いということでもある。
実のところ、ムクは中学に入ってから人よりも練習を倍やらされていた結果、筋力や俊敏さ等が一般的な中学生に比べ成長している。現実とクリム界の体力は別であるが、筋力や基礎体力はそのまま反映されるため、ムクは躱し続けられるのだ。勿論それ以外の要因もあるが、ここでは一旦置いておこう。
(くそっ! いつになったら攻撃が当たるんだよ……!)
殴り始めてから数分が経ち、神代は焦っていた。当たらない苛立ちが胸に募り、次第に焦りへと変化し、それはやがて体力を削る魔物へと変化する。
ただでさえ大振りでパンチを繰り出している状況では体力の消耗も激しいのだが、精神が不安定になると尚更それが顕著になるものだ。そして神代はそのことに気付かずに殴り続けている。その為だろうか?
息遣いが荒くなり始め、もはやどこに向かって殴っているのかもわからなくなりかけていたその時……。
「しまっ……!」
不意に神代の脚がもつれ、拳が遅くなった。
この好機をムクは見逃さなかった。ムクは反射的に右脚を前に出して相手へと迫り、体勢を低く保ったまま拳の間合いよりもさらに内側に入る。そのまま左へサイドステップを踏み、腋をしっかりと固めてそのまま拳を放ち、
「ふごっ!」
右拳を神代の鳩尾にしっかり決めた。無意識のうちに普段のムクを想像していたために、舐めてかかっていたことが彼の敗因だろう。神代はその場に崩れ落ち、意識を失った。
周囲の仲間たちは神代が一撃で沈んだのを見て戸惑っていた。実際、このメンバーの中では神代が一番強く、周りは虎の威を借る狐が如くたむろしていただけのため、この展開は予想していない。仲間たちは恐怖に慄く。
一瞬の沈黙の後、ムクはそんな周囲を睨みつけるように見渡し、
「お前らもこうなりたくなかったら、さっさと失せろ‼」
そう言い切った瞬間、取り巻きは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
この状況を見たムクは、今まで感じたことのない気持ちが沸き上がる。
(いいなぁ……。こんなにも人が簡単に動いてくれる感じ)
それは誰かを支配できるという感情「支配欲」。
受けてきた仕打ちの反動であろう。甘んじてきたポジションがポジションだけに、彼の心の中にはいつか復讐を果たす気持ちが育っていたのだ。それが現実には現れず、この夢の中で開花したのである。
(いっそ現実でも同じ状態ならいいのに……)
ムクはそこまで自惚れることはなかった。現実では何も出来ないことは知っている。だからこそなのか、彼はこの世界でとある目標を掲げることにした。
ニヤリと笑ったその顔には、暗くおぞましい欲望を企んでいることが窺える。
(この世界でなんでもできるとしたら、もうこの際、この世界の王になってやろう……)
その為にもと思い、彼はもうしばらくこの世界を観察し、自らがどう動けばいいかの確認を行うことに決めた。
とりあえず街を巡ることにしたムクは、久々に沸き上がった好奇心を抑えずに歩き始めた。それは以前の伸びあがるような気持ちではなく、澱みきったどす黒いものだが。
そして、同じ頃、遠目でムクを観察する影がそこにはあった。特徴的な癖っ毛に水色の二つの玉を付けた髪留めを結んだムクと同じくらいの少女。
彼女の名は「現野雲雀」。ムクが六年前に出会った少女「ヒバリ」である。
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