1.忙しない日々の訪れ
ひと騒動が終わり落ち着きを取り戻しつつあるクリム界。
しかし、治安というものは時折は崩れるというもので……。
きれいな青の絵の具が塗られた空の下。夢の世界:クリム界は今日も割と平和で気持ちの良い天気となっていた。
そんなクリム界のメインストリートに……。
「この野郎! 待ちやがれ!!」
響き渡るような少年の怒声が聞こえてきた。
声の主のシルエットは普通のようだが、犬のような耳をつけ、目は肉食動物の瞳孔に近い縦型の目を持っている。
「はん! 待てと言われて待つ何たらはいるかってんだよ!!」
それに答えるのは、昼間にもかかわらずいかにも自分の身元は明かさないような黒い外套を纏い、人垣を縫うように……いや押しのける様に駆けていく馬の顔を持つ青年だ。右手には何かを落とさないように抱え、かなりの速さで少年から離れていく。
「だぁ! 馬の現生人なんざどうやって止めりゃあ良いんだよ!! 速すぎんぞ!」
追いかける少年はそんな悪態をつきつつも、追いかけるのを止めない。
(まぁ、見失うことがないってのは、やはり大事だな。今もしっかりあいつの姿を捉えられてるから)
距離は離れていくが、目的人物は見失わない。
自分の戒めのために選んだこの姿だが、こういった時に役に立つため重宝している。
(予想が外れなければ、盗人が大体入るところといえば……)
すると犯人は急に左の細い路地へと進路を変えた。既に1kmほどの距離を離されていたが、少年はさして問題にしていなかった。
何故なら……。
「こちらコードナンバー二一三三五、神代。的はしっかりそっちへ追い込めた。ちょっと追い付けなかったから、後は頼む」
追い掛けていた少年――神代は、左腕に着けた夢残機にそのような連絡を入れ、少しゆっくりとした足取りで、犯人のあとを追いかけた。
犯人の馬青年は、後ろを確認しながら路地の奥深くへと逃げていた。
「何だ、口だけの野郎だな」
小ばかにしたような笑みを浮かべ、改めて収穫物のバッグを見る。
(へへへ、色々と入ってそうだな。これだけの物を売れば、大金たんまり稼げそうだなぁ……)
普段からかなりの盗みを繰り返しており、今回も狙いやすそうな老婆に狙いを定め、人込みに紛れながら奪う算段をつけ、そして実行した。
(まぁ、所詮治安局の連中だ。俺の敵じゃねぇってことだな)
今までも何度か治安局の局員からは逃げている。その自負は固い。
(今日もうまくいって大満足だ! さぁ、後はこいつを裏の換金所で売ってしまえば、また遊び放題……)
「おっとっと」
丁字路に差し掛かり右に曲がろうとするが、そこに現生人たちがたむろしていた。
(ちっ、こっちはダメか……)
これでは足がつくと考え、馬青年は反対の左方向へ曲がる。
そのまま道なりに進んで、そろそろ追っても巻いた頃だろと思い出していた。
「そこまでです!」
急に前から呼びかけられ、馬青年は慌てて立ち止まる。
「馬中太志。数々の窃盗の罪、そして無断での物品の売買。これらの罪により、治安局はあなたを逮捕することといたしました」
よく見ると二人が馬青年――馬中の道を塞ぐようにして立っている。そのうちの右側にいた鱗を纏い、龍のような顔を持つ、声からして女の子だろう人物にそう声を掛けられた。
「ちっ、治安局も本腰を入れたってところか? だが前を塞いだだけじゃ、俺は止められないぜ!」
馬中はそういうと踵を返し後ろへと走り去ろうとする。
だが――
「行かせません!!」
さっきと違う女の子の声が聞こえた途端、馬中の目の前に巨大な炎の壁が築かれた。
「うぉあっちぃ!!!」
突然できた炎の壁にぶつかりそうになり、慌てて急ブレーキをかける。
「これ以上の悪行は許しません。治安局第四三七隊、バードと鱗があなたを逮捕します!」
そういうと少女二人は馬中に突進していく。馬中は既に少女二人の方向へ振り返っている。
「風の加護よ! その強い抱擁を用い、あの者の手から奪い取れ!」
右手にLDMを集中させ、体を捻り相手に風の渦を飛ばす。渦の大きさは500mlのペットボトルぐらいだが、素早く馬中の手に届いた。
が――
「その程度のスピードで、止められるかってんだ!」
馬中は風の渦が届く直前に、体を低くしてかわした。更に強く一蹴りして――。
壁を駆け出した。
「何も”地面”だけが俺の走れる場所じゃないのさ!!」
二人の少女を嘲笑うかのように、そのままもう一蹴り左足を後ろに伸ばす。
しかし――
「水の加護よ」
「はっ!?」
いつの間にか鱗を纏った少女が、左手をかざしながら馬中の隣に来ていた。
「水の柱をこの者の頭上より降らせたし」
そう一声小さく、しかし、馬中の耳にしっかり届くように発した。
その次の瞬間――
「がぼぉっ!?」
馬中はいつの間にか水中の中にいた。
一瞬の出来事になす術もなく、馬中はそのまま持っていたに盗品を話しながら地面に落下する。
「はぁ、はぁ、はぁ……、かはっ」
胸に手を当て、口を大きく開け、足りなくなった酸素を身体に取り込もうと必死になる。その上下する背中に……。
「ふんっ!」
容赦なく外套を纏った少女が回し蹴りを加えた。
「ごはっ……!!!」
慣性の法則に従い、蹴った方向へと馬中の身体は飛んでいく。
そのまま地面を3度バウンドし、300m先の壁際で止まった。
「うぅ……」
小さな呻き声は聞こえるが、もう既に動くことはできない。
悪事のツケを払うことが決定した瞬間だった。




