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9.鎮静と高揚

 扉の向こう側へと逃げてしまったヒバリの行動に、暫く釘付けとなっていたフォックスとムクであったが、ふと自分たちの手に視線が移る。そしてもう一度互いに視線を交わし、呆れた笑顔を先に披露したのはフォックスであった。


「勢いではあったが、これで君も晴れて私達の一員だな」


 深く暖かい声で再び話し始めると、ムクも少しくすりとし、緊張がほぐれたのか明るく声を出し始めた。


「ヒ……バードのおかげですね」


 その要因を作った本人は今この場にいないが、その存在の大きさにムクはあらためて感謝する。それはフォックスも同じであった。


 と不意にフォックスはその後ろにいる少年のことが気になった。


「君はどうする? どこにも所属せず気ままに過ごすかい?」


 少年は左上に視線を向け、何かを考えるそぶりを見せたが、


「俺は別にどっちでもいいんですけど、一人でこの世界に居てもつまらないんで、夢……おっと、ムク達に着いていくことにしますわ」


 その少年黒田――クリム界での神代は、既に問いに対する答えを決めていた。


「神代……」


 ムクは思わず振り返り、こちらの世界で呼ぶことができる友の名を口にした。


「そうか。なら君も歓迎しよう」


 フォックスは彼の意志をしっかりと汲み取り、近づいて右手を差し出す。


「私はここ、治安統括局の局長補佐を務めているフォックスという者だ。以後よろしく」


「俺は黒……ではなくって、神代って言います。よろしくお願いします、フォックスさん」


 ムクとは違い恐がりもせずしっかりとフォックスの手を握り返す。


「神代くん、君は度胸がありそうだな」


「いえ、ムクのバードさんを守ろうとした時の度胸に比べれば、俺の度胸はちっぽけなものっすよ」


 そして、ムクとは違い相手からの問いに謙遜して答えられるところに、ムクは若干ジェラシーを感じた。

 そんなことをムクが思っているとは露知らず、神代は笑顔で対応していた。

 一通り二人への歓迎の言葉かけを済ませたフォックスは、二人から一旦離れ、ロビーにいる夢残たちに二つロビーに響く拍手を打って指示を出した。


「さぁ、ロビーの諸君よ。そろそろ自分の仕事に戻りなさい。長い事待たせてしまって申し訳なかった。今後は自分たちの通常の任務に就いて、各々頑張って欲しい。それから……」


 一つ呼吸を置いてから、フォックスは少し頭を下げる。


「それから、尽力してくれて、心の底から感謝する。ありがとう」


 局長補佐が頭を下げるという異例の事態にロビーの人々は戸惑ったが、ただ、その姿に何も言うことはせず、彼らはその場で静かに一礼をして、解散した。


「さて、これでとりあえずは一件落着ってところだろうか」


 静かに頭を上げると一息ついて腰に手を当てるフォックス。そして、ロビーの向こう側へと遠く目を向け、しみじみと目を細めながら思い出す。


「随分とこの1週間で色々なことがあったな……」


 色々と言いたいことはあるが、しかしフォックスは何も言うことはせず、くるりと後ろを振り返り、ムクに目をやりにやりとした。


「さてムク君。早速だが一つ仕事をしていただきたい」


「えっ?」


 突然の依頼に戸惑うムクだが、フォックスはできると確信をもって話し始めている。


 フォックスは分かっていた。

 この依頼はムクでないと完遂できないからだ。


 ムクは伝えられた依頼に少し疑問を抱き、色々と尋ねたが、フォックスは何故ムクでないかをゆっくりと説いたことにより、ムクは渋々ではあるがその依頼を受け、そして、ロビーの外へと足を進めた。




 一方のその頃、ロビーから逃げ出した少女――ヒバリことバードは……。


(あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!)


 治安局の外れにある森の中の川辺に来ていた。

 そこでしゃがみ込み、水に映る自身の顔を見ながら……。


(もう、何でこういった時に逃げちゃったかなあああああああああああああああああああ!!!?)


 自分のその行動に頭を抱えていた。


(私のアホおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!)


 本当はただただムクへのもどかしさに我慢ができなくなり、無理矢理二人の手をくっつけただけなのだが、その後のムクが自分の本名を言おうとした瞬間に、思わず体ごとで言葉を防いでしまった。

 それぐらい自分の現実世界での名が知れることは重大な失態であり、現実世界で殺されることも多い。

 だから自分のやったことは間違っていないが、間違っていないが……。


(あんなに、あんなにムクを意識するなんて……!!)


 ムクから言われた一言で、心が大きく揺さぶられてしまい、思わずその場にいられなくなった。

 恥ずかしさからなのか、意識してもらった嬉しさからか。思った以上に気持ちが高ぶってしまった。

 その気持ちを落ち着かせたいがために走って来たが、状況を見る限り、当ては外れているようである。


(うぅっ……。まだそうと決まった訳じゃないのに……。何でこんなに……)


 自分の気持ちは理解できている。だが、それがムクと同じかと言われると、自信は当然ながらない。

 ただ、水に映った自分の顔からは朱が取れていないのが分かる。

 それだけで自分にとってムクの存在はどういうものか分かった。


(ダメだなぁ……。ムクの前だと何だか、自分が自分じゃなくなっちゃうみたい……)


 思わず自分を自嘲してしまうヒバリだが、いつまでもこのままここにいたって致し方ないのは分かっている。


(そろそろ戻らないと、流石にみんな待っているよね……)


 意識を違うことで少し埋めて、頬を数回叩き、気分を一新して立ち上がり、治安局の方向へと歩こうとした。

 その時――。


「あっ! ヒ……じゃなかった、バード! こんなところにいたんだ!!」


 よりにもよって今一番、二人きりになりたくない相手に出くわしてしまうことになるとは、ヒバリは予想だにしていなかった。

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