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8.それぞれの胸中

 困難は去り、懸念は拭われ、僅かな希望は見事に手元へと手繰り寄せた。

 その時それぞれは何を感じていたのだろうか?

 ヒバリはその様子に表情としてはほっとしているものの、内心は発狂しそうなほどに心臓が激しく脈打っていた。


(良かったぁ! 本当に良かったあああああ……!!)


 交渉の相手は副局長のハースになることは予想済みだった。局長も補佐官である父も容易に動きはしない。だからヒバリは他の夢残たちが集まる頃合いを物陰から計り、ある程度話の目途がついたと分かってから治安局の正面へと歩き出した。


 事前に二人にはどう行動するか話をしていた。と言っても、ただヒバリの後ろを着いてくるだけで、何をするわけでもなかった。

 しかし、ハースの鬼の形相の前に二人とも慄いてしまい、それに反抗心を抱いてしまったムクが噛みつく形になってしまった時は、正直終わったとヒバリは思った。


(お父さんには本当に感謝しなくちゃね……)


 騒ぎに駆け付けたフォックスの擁護は本当に大きかった。図っていたわけではなかったが、それでもその場に居合わせてくれたおかげで、ヒバリたちは難を逃れることができた。




 胸を撫で下ろしているのは何もヒバリだけではない。


(あ、あのおっさん恐っ!! 一体どんなことを経験すればあんな目つき出来んだよ!?)


 神代こと黒田は本当に動けずにいた。

 本人は自分のような部外者が立ち入るのは筋違いと元々は考えおり、今回の作戦で何も口を出さなくていいと言われ、とりあえず静観してみることにしていた。

 しかし、ハースのあの表情とあの目線は、流石に経験したことのない恐怖を感じ、蛇に睨まれた蛙状態となってしまったのだ。


(こ、殺されるかと思った……)


 動けば確実に殺される。黒田の勘はそれを感じ取っていた。




 一方のムクはと言うと……。


(あのタイミングで言わなかったら、被害が及んでいたのはヒバリだ……。だけど……)


 身体が動いた理由を冷静に分析していたが、


(だけど、体が反応するなんて思わなかった……)


 本当は咄嗟に反応しただけなのである。

 実際ムクも恐怖で足がすくんでおり、動けない状態にあった。これは確かに自分でも自覚のある事実である。

 だがムクは、何故”その”行動に出たのか、”その”根源がどこから来たのか、本質的なことは分かっていない。


 しかし、ヒバリが傷つくのは見たくなかった。


 それは事実だ。


 それは置いておき何にせよ、ヒバリの導きによりこの世界からの存在消去をムクは免れた。


(あれだけ酷いことをしたのに、まさかヒバリのお父さんも助けてくれるなんて……)


 色々と後ろめたい思いはあるものの、フォックスの手助けにムクは心底からありがたく思っていた。




 フォックスの登場は先ほども話した通り、3人にとって本当に大きな存在だった。


 フォックスはというと実は騒ぎを耳にし、暫く局長室で様子を図っていたのだ。

 少しすると局長の方から「こっちの仕事は良いから、君の大事な人たちを助けに行って上げてください」と時間をもらい、急いで現場へと向かった。

 現場についてもすぐに行動はせず、事の成り行きを見守っていると、ハースがむやみにムクを殴ろうとしている姿が見えたため、風の加護を使い、声をロビー中に響かせてハースの攻撃を止めた。


(これで、少しはヒバリの手助けができたかな)


 重たく胸の中に溜まっていたつかえが、ようやく流れていくのを感じ、それから改めてヒバリとムクに目を向ける。


 6年前より大きくなったその身体に、フォックスは成長の喜びを見た。


(二人とも良くここまで育ってくれた……)


 少しうるっと来そうになるが、しっかり気を持ち、この場を引き締めんと言葉を発する。


「ムク君、改めて私達の元へ所属してくれてありがとう。私が治安統括局局長補佐を務めているフォックスだ」


 それからおもむろにフォックスは右手を差し出す。


「私は君を歓迎するよ」


 精一杯の笑顔を作るが、少し吊り目の狐の顔では不気味でしかない。故にムクはおずおずと右手を取れずにいた。


「もう、ムクったらだらしないんだから!」


 そんな軽やかな声と共に横から、ムクの手とフォックスの手を同時に掴み、勢いよく近づける者がいた。思わずフォックスと握手をする。


「これで、局長補佐もムクも仲直り! でしょ?」


「ひ、ヒバ……」


「バード!! バードだからね!!」


 食い気味に顔を近づけ、キッと眉を寄せて睨みながらムクの言葉を塞ぐ。


「う、うん。分かった……」


 その顔と勢いから、若干のけ反るムク。


 と、ムクは気付いた。そして、その状況に気付いた途端、顔が熱くなっていくのが分かった。


「ヒ……バ、バード……? あ、あの、か、顔がち……近いよ……」


「えっ?」


 言われてヒバリもきょとんとする。


 その距離は5cmもない。


 目と鼻と口がもう少しで重なるところ。


 ヒバリはそれに気づかないまま、気にもしないまま、近づいていた。


 状況にようやく頭が追い付いたヒバリは、掴んでいた二人の手から慌てて離れ、そして後ろの方へと後退り……。


「ご、ごめんんん! 外で顔を冷やしてくる!!!!!!!!」


 急に叫んだかと思うと、脱兎のごとく駆け出し、バルコニーを飛び越えて、勢いよく扉を蹴っ飛ばし、そのまま振り返ることもせず、その場から逃げ出した。

 バードの行動にホールは唖然と静まり返った。




 ただ、その流れるような長い髪からのぞいた耳が真っ赤だったことは、近くで見ていた父であるフォックスとムクの二人しか知らない。

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