8.溶けていったわだかまり
ヒバリが追い打ちをかけるように言い放った瞬間、黒田の口が塞がらなくなった。気持ちが逸ったためか、ヒバリは夢久のことを“ムク ”といったことに気づいていない。ただ、黒田も誰のことを言っているのか分かっているため、そこには突っ込まずにいる。
しかし、黒田は顔を引きつりながら、発言を笑いつつ一蹴する。
「待て待て待て待て。お、俺が夢久のことを考えている? じょ、冗談はよしてくれ。俺はあいつをいじめてるんだぞ? どうでもいい奴だしぃ、いても邪魔だから、お、俺は夢久をいじめてるんだ」
そんなことを言いつつ、声が滑っていることに、黒田は気づいていなかった。
しどろもどろになっている黒田を見て、ヒバリは肩をすくめた。
「あなた、ムクと幼馴染なんでしょ? そんでもって、あなたは昔のムクに戻って欲しくていじめてるんじゃないかな? 昔助けられたことがあったから」
「はぁ!? ど、どこからそんなでたらめな話が出てんだよ!」
精一杯のプライドを保とうと、黒田は必死の形相でヒバリに食い下がる。ヒバリは飄々とキーワードを出した。
「お姉さんからばっちり聞いたよ」
その一言がとどめの釘となって黒田の心に打ち込まれる。黒田の周りの澱んだ空気が取り払われ、表情はもう既に抵抗する気をなくしているようだ。
「あぁ、あの時姉貴と話していたのは君だったんだ……。泣いてたから分からなかったけど、そういえば声はそうだよな」
「えっ!? 日曜日起きてたの?」
驚くヒバリに対して黒田は少しだけな、と言って頷く。更に、だけどさ、と付け加え、
「なんで君と姉貴が一緒の部屋にいたのかが、すげぇ気になるけど……。あそこは俺の部屋なのか? 寝てた感覚的に違う気がするんだけど……」
そんな感想を漏らした。鋭いなぁ、とヒバリは素直に感嘆する。
「正解。あそこは病院のベッドだよ。あなたがその場所にいるっていう情報をもらったから、お見舞いのつもりで行ったんだよね」
「なんで病院なんだ?」
「……まさか、気づいてないの?」
黒田は、何が? という顔でヒバリを見ている。ヒバリはハッとして、
「そうだよねぇ。あの一週間意識がなかったのなら、分かるはずもないか……」
何か合点がいったかのように呟いた。
「一週間? 意識がない? どういうことだ??」
「黒田くん、君は寝たきりだったんだよ」
「えっ?」
切り返された回答に黒田の声が思わず漏れた。
「詳しいことを言うと……」
そう前置きをしてヒバリは事の経緯を話し始める。説明を聞いている間、黒田は一言も挟まず聞き入っていたが、殴られた部分を説明すると頭を抱え、話を聞き終えた後は何故か放心状態であった。今度はヒバリの方が心配してしまう。
「えっと……、大丈夫?」
「いや、なんというか、俺は色々と空回りしている気がするなぁ、って思ってさ……」
溜息一つを空に放ち、黒田は昔に思いをはせた。
「姉貴の言う通りだよ。俺は夢久のことが心底嫌いなわけじゃない。むしろ逆だ。昔のあいつに戻って欲しいと思っているんだよ。だけど、夢久はどんどん暗くなって、一人でいるようになって、今では俺以外の連中からも絡まれてしまっている。それが嫌で更にいじめてるんだ」
表情が更に落ち込み、顔が俯く。自分のしていることを相当悔いているようだ。
「ここまで来たら、もう単なる八つ当たりだったんだ。だけど今回のことですっきりした。俺は夢久をこれ以上いじめない。夢の中までいじめているんじゃ、あいつは元に戻るはずがない。あの時言ったことも、嘘じゃなかったしな」
「あの時? 一体どうしたの?」
「小学一年の頃に寝ていたら異世界に行った! って、夢久は楽しそうに話してたんだよ」
(あぁっ、そういうことなの!? ムク、ごめん……)
ヒバリは唇を悔しそうに噛み締めた。何も知らなかった子供だとしても、この世界のことを不用意に話してはいけないと諭すべきだったと。
そうすれば、自分はこんなにつらい思いをしなくてもよかったのだと。
「だけど当時はだれも信じなかったから、変な奴扱いされて無視されるようになったんだ。そしたら段々落ち込んでいって、楽しそうにしてくれなくなってさ、見ていられなかった。だから、俺言ったんだ『落ち込むなって、俺がいるからさ』って。だけど夢久は『ほっとけよ』と言ったんだ」
ヒバリは黒田に同情した。折角伸ばした手を払われてしまえば、嫌われたという傷が残る。その傷は癒えず、やがて恨みになるのは必然だ。特に子供心で制御するのは難しいことである。黒田はそれに飲み込まれてしまった。
(ムクのバカ。黒田いい奴じゃん)
「今思えば、続きは『お前まで巻き込まれることない』って意味だったんだろうな。だけど俺はまだガキだったから、その裏にある言葉の意味に気づかなかったんだ。そんでもって気を引く方法はいじめることしか知らなかった。まぁ、戻ることはなかったから意味なかったんだけどな」
ははっ、と自嘲気味に笑った黒田。その目には何か光るものが見えたが、ヒバリは少し俯いて見なかったことにした。
(様々なすれ違いがことを大きくしてしまっている。そんなことで関係が悪くなることは、絶対によくない)
そう思うとヒバリは少し悲しくなった。ふと空を見上げて心に呟く。
(何とかしなくちゃ……)
自分のできることなんて、少ないことは理解している。だからこそ、できることをしていかないとという使命感に駆られた。
――このクリム界のために。
――そして、ムクの未来のために。
ヒバリはとある決意を胸に、この場を立つ。
「黒田くん、話があるんだけど……」
「?」
ヒバリは黒田にある提案をする。急な提案だったが、嫌な顔一つせずあっさりと受け入れたため、ヒバリは気持ちが楽になった。
話し終えた後、二人の周りに雲間から現れた陽の光がちょうど射す。
(これが成功したら、ムクと黒田はきっと……、そして、私達も……)
それを希望の光だと信じ、ヒバリは考えを実行することにした。
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