7.説きほぐすために
ヒバリが一通り状況を説明すると、黒田は納得いかない様子で首を傾げた。ヒバリは静かに黒田が口を開くのを待っている。当の黒田は体の痛みが和らいだのか、今は胡坐をかいてヒバリと向き合っている。
少し上を見上げて逡巡し、黒田はヒバリを見てから選ぶようにして話す。
「えっと……、まず一つ聞きたい。君も……、というかヒバリさんも俺も、今、現実の世界では寝てるんだよな?」
その問いに、ヒバリは無言で頷く。ますます首を傾げ、更に腕組みをして悩みだす黒田。
(まぁ、そう簡単には理解できない話だよね)
今の自分が初めてこの世界に来たら、相当疑ってかかるだろうなぁ、とヒバリは同じ状況に置かれた時のことを想像した。
当の黒田はあちこちに視線を彷徨わせて何を聞こうか考えているようだ。目を細めたり、片目を瞑ったりと忙しない動きに、ヒバリは意外と素直な方なのかもしれないと評価した。
「俺はどうしてその夢残になったか分かる?」
悩み抜いた末に発した疑問にヒバリは頭を抱えた。
「……ごめんなさい。それについては全く持って分からないの。本当にごめんなさい!」
五体投地で更に額までつけて謝る。少し勢いで頭をぶつけたが気にせず続ける。今いる地面は少し湿っており、うっすらと土が覆っていたため、服や額が汚れてしまうのだが、構わずヒバリは土下座を続行。
「あっ、いやぁ……。俺は別に分からなかったら分からなかった、でいいと思ってたから、大丈夫なんだけど」
周囲に人はいないが、何となくその姿がいたたまれなくなり、黒田は困惑した声で話しかけた。ヒバリも少しやり過ぎたと反省し、顔をあげて元の体勢に戻る。と、
「ぶっ! ぶはははははははっ! なんて顔してんだよ!」
黒田が腹を抱えて笑い出した。一瞬ヒバリは分からなかったが、額を右手で擦るとパラパラと何かが落ちてきた。確認すると黒い。気づいて黒田の方を向くと、更に体をのけぞって笑っていたため、ヒバリは眉間にしわを寄せ、目を細くし、頬をあげて睨みつける。その形相があまりにも怖かったのか、黒田は気まずくなり黙り込んだ。
「今度笑ったら、さっき殴ろうとしたこと、こっちの警察に言いつけるからね」
黒田は無言で頷いた。それを見てヒバリはふんすと鼻を鳴らし、満足したのか残る土を払い落とし、再び座り直す。そして、睨み直した。
「それで、他に何か質問は?」
多少怒気を含ませ問いかけたが、黒田は怯むことなく、改めて怪訝そうな顔でヒバリを見た。
「物凄い気になってたことだけど、なんでヒバリさんは俺のことを知ってんの?」
一瞬ヒバリは、喉に何かが詰まるのを感じた。それはムクに、と言いたかったが何故かその言葉が通り過ぎて出てこない。
理由は単純だった。
――ムクのことをばらしていいのか?
もしかしたら、黒田はムクにとって害悪となる存在。そして黒田にしても、昔は仲が良かったというだけで、今はヒエラルキーの中間層と最下層、言い方を悪くすればいじめる側といじめられる側だ。そんな関係であるため、ヒバリ一人が簡単に判断できる話ではない。苦虫を噛み潰したような顔で下を向き、悩んでしまう。
「だ、大丈夫か? なんだか顔色悪そうだな」
黒田の声掛けに、ヒバリは一気に思考の渦から解放された。少し周囲を見渡して動揺を落ち着かせると、再び視線を黒田に戻す。そこで見せた黒田の様子にヒバリは驚いた。
表情は間違いなく心配そうな顔をしていた。
しかし、その目は真実だけを求めている。
先ほど言っていた “分からなかったら答えなくてもいい ”は、その質問だけが適用範囲だったようだ。
正直なところ、ヒバリは言いたくない気持ちで一杯だ。何が起こるか分からない賭けに出ることは、可能性があるからやるものであって、普通はやるものでないとヒバリは理解している。
そしてそれ以上に、ムクが心配なのだ。気持ちに気づいた今、ヒバリは何とか彼の抱えている苦しみを解放させて、またあの頃のように笑い合いたいと願っている。そのためにゆっくりと時間をかけて、黒田と仲直りさせようと算段していたのだ。
(下手な嘘は……ダメだね……)
だが、黒田は余計な感情をもう既に取り払い、静かに、そして真剣に、ヒバリの言葉を待っている。誤魔化しは聞かない。今ここで話さなければ、一生取り合ってもらえないということだ。ヒバリの打算はこの時点で瓦解した。
「黒田くん、名守夢久って分かるよね?」
ヒバリは意を決して話を始めた。突然出た名前に黒田は、思ってもみなかったのか目を大きく見開いている。
「まさか、夢久に会ったのか? それで俺のことを聞いたのか?」
「ちょっと違う。確かに私はムク……夢久とこの世界で会っている。六年前くらいの話だけどね。その時は仲良くしてくれたんだけど、今は対立中なんだよね。それで彼を説得して、昔に戻そうと思って色々と考えているうちに、君に思い当たったんだよ」
淡々と説明したヒバリに対し、黒田は首を傾げる。
「どうして俺に思い至るんだよ? さっきの話を聞いていると、俺はこうなる前のクリム界での記憶を持ってないんだろ? それでどうやって俺のことを探せるんだ?」
当然の疑問だがヒバリはだってねぇ、と前置きを口にして、
「あなたは現実と見た目が全く変わってないし、ムク……ごめん、夢久にあれだけ気持ちの強い人は中々いないと思ってさ」
更なる疑問が膨れ上がり、黒田の眉間にしわが深く寄った。ヒバリは思わず溜息をつく。
「要するに、あなたは現生人でもムクのことを考えるくらい、ムクのことが気になっていたっていうこと」




