5.所属夢残(レフター)の日常
ところ変わってクリム界。
いつの間にか眠ってしまったヒバリは、突然の状況に少し驚いていた。
(あっ、あれ? おかしいな。お母さんにしがみついていた気が……)
そう心の中で呟くと、そんな風に甘えてしまった自分が恥ずかしくなり、ヒバリは少しだけ顔を赤く染める。首を振ってその考えを消し、ヒバリは今いるところを何となく眺めた。
そこはパスを持っている夢残だけが来ることのできるゲート「夢の復帰門」。
中は欧州の神殿を思い出させるような純白の柱と壁が円形にずらりと並んでいるが、入り口は駅の改札口みたく、いくつかの自動ゲートが設置されており、表面にパスをタッチして認証を受けるとクリム界に正式入場できるという仕組みになっている。このゲートにより、登録されている夢残がいつこの世界に入界し、どのような職についているのかが分かるのだ。また色によって行動ができるか、制限されるか、禁止されるかとあり、それぞれ上から緑、黄色、赤となっている。
見慣れた光景にヒバリはふぅっと息を吐き出してこの建物についての思案をやめ、目の前のゲートを通ることにした。歩みを進めて慣れた手つきで懐からパスを取り出し、タッチする。機械が緑色に変わったため、今日のところは行動制限なしと分かり、ヒバリは安堵の色を浮かべた。そして、ゲートが両側に開くのを見届け、クリム界へと歩みを進めた。
ゲートを出るとこれまた見慣れた光景が目の前に広がる。しかし今日は生憎曇りとなっており、なんだか人々の雰囲気も沈んだものとなっている。
(この世界の人たちは、天気に気分を変えられやすいんだよね)
晴れた日はみんな顔をあげて快活にクリム界で生活を送るのだが、曇りの日だと少し俯き、雨だと人通りが少なくなるのも相まって、陰湿な雰囲気が街を包む。現実世界よりも天気の影響は深刻なものだ。
う~ん、と一伸びして、辺りを見渡す。それから夢残機に送られている情報を確認した。内容に変わりはなく、依然として、名守夢久の捕縛を最優先せよ、抵抗するなら殺してもかまわん、とのことだ。何とも味気ない命令、とヒバリはふと思ってしまう。
(私にとっては大事な人なんだ……。絶対に殺させない!)
改めてそう誓った。
ヒバリが寝た時刻はおよそ二十時半。このクリム界においては五時半くらいである。中学生が寝るどころか、小学生も寝るには早すぎる時間にこの世界に入ってしまったため、まだ捜索隊のメンバーも揃っていない。外もやっとのことで、灰色に色づけされた雲が黒く染まった空を追い出そうとしているところだった。生憎の天気ではあるが。
ムクと別れた六年前のあの日から、ヒバリは休みであろうともムクを探し続けている。しかし、今回は活動する人がそもそも少ない時間帯にクリム界を訪れているため、いる可能性は低いとし、久しぶりに出来た空き時間で散策をすることにした。
夜明けの近い街の空気は少しひんやりしていて気持ちがよく、現実世界で色々と一杯になっていたヒバリの頭と心を冷やしていく。
日本ほど大きくはないが、それでも十m級のビルが狭い空間を支配している。今現在、そこでは多くの人が自身の意識がその体に宿るまで眠り、起きている人々は、現実世界において夜間勤務か病気等々で眠っている人たちとなっている。
クリム界における現生人の仕事は、現実同様、会社に勤めていることが多い。ただ、現実世界の仕事は影響していないため、クリム界で普通に会社員として勤めている人が、実は有名人であったりすることもある。確認のしようがない話ではあるが。
この時間帯は道を掃除したり、出勤する人たちのための朝食を作ったりする人たちが多い。特に、料理によって辺りには様々な香りが漂い、ヒバリの鼻をくすぐり、腹の虫を刺激する。
(そういえば、夕食食べてないなぁ……)
そう思い、とりあえず目についた朝早くから開いている定食屋へと入っていく。美穂子の生姜焼きを食べ損ねたことが心残りだったため、迷わず生姜焼きを注文。ご飯特盛りにして受け取り、席について食事を始めた。
ヒバリの食事量は、運動をしているせいなのか普通の女子中学生の食べる量よりもはるかに多く食べる。その代わり少し食事スピードが遅くなるせいで人と食べ終わる時間がずれてしまうことが、もっぱらのヒバリの悩みだ。
(う~ん、やっぱりお母さんが作った生姜焼きが一番美味しい)
たれが光に反射して照り返しはきれいなものの、好みの味でないこともあるが、ヒバリとしては美穂子の作る生姜焼きの方が好きなようである。食にはそれ程こだわりはないが、やはり味は重視したい質のようだ。
勿論、この食事は現実世界に影響を与えないが、クリム界で活動するエネルギーにはなるため重要なことである。
三十五分ほどで食べ終わり会計を済ませ、ヒバリが外へ出た頃には少し明るさが増し始め、風に温もりを感じ始めた。時計を見て、後一時間くらいで仕事が始まることを確認し、ヒバリはムク捜索の準備を始めるため治安局へと向かう。




