4.大切な人だから
美穂子はそんなヒバリの発言に少し驚いた。
(雲雀がこうやって悩みを打ち明けるなんてね……)
今までは何かトラブルがあるたびに、自分の意志で解決してきたヒバリの、初めての弱音の吐露に、美穂子は少し嬉しくなった。
そういった感情は別のところに置いて、その問いに彼女は腕を組み、深く思案した。
「雲雀はどうしたい? その人を助けたいの?」
うぅん、と肯定なのか否定なのか分からない返事をするヒバリに、はっきりしなさい、と美穂子は発破をかけるが、ヒバリはやはり俯いたままだ。
「まぁ、好きになったんなら悩んじゃうのもしょうがないとは思うけど……」
「ち、ちちちち違うよ! べっ、別にムクのことが、だ、だ、だ、大好きなわけじゃないんだから!!」
少し悪戯を仕掛けると、必死の形相で美穂子に迫り、今にも破裂するのではないかというほど顔を真っ赤にしてヒバリが否定した。
(おぉ、分かりやすいね……。別に「大」は付けてないのに)
あまり感情を表に出さないヒバリの動揺顔に、美穂子の顔が綻ぶ。
(なんだ、年相応の顔もできるじゃん)
「なんで笑ってるの? そんなにおかしい!?」
「あぁ、ごめんごめん」
今度は違う意味で顔を赤くするヒバリに、ちょっと反省する美穂子だが、話の根幹を忘れている訳ではない。
「で、雲雀はそのムク君を助けたいと思っているのね?」
う~ん、とまた曖昧な答えを返すヒバリに、美穂子は今度こそ叱りつけようかと思った。
ヒバリは体勢を元に戻し、膝の上に顎を載せる。そして、違う、と前置きをして、
「私はただ、六年前のムクに戻って欲しいだけ。そうすれば、また昔みたいに話ができるんじゃないかと思ってさ」
そう話し始めた。その目には何か決意をしたような灯がともる。
「それに嫌なんだ。ムクが暗いまんまだと、私が苦しくなるの」
不意に語意が強くなるのを美穂子は感じた。膝から顔を離し、更にはっきりとした口調で美穂子に告げる。
「ムクを助けたいんじゃない」
想定外の言葉に首を傾げる美穂子だが、まだ何か言い足りなさそうなヒバリの表情を見て、じっと次の言葉を待った。
何も言わないと分かったのか、ヒバリは思いっ切り息を吸い込み、想いを吐き出す。
「自分が助かりたいの。
この胸の苦しみから。
だから、戻って欲しい。ただそれだけだよ」
切実な娘の吐露に、美穂子は一瞬困惑してしまった。膝を抱えている手が、ズボンをしっかりと握りしめ、布に皺を作る。相当な決意で話したことが窺い知れた。
そう、と美穂子は答え、
「だったら、お母さんは信じる」
娘の気持ちを受け止めた。
更に、ヒバリの方に顔を近づけ、目線を同じ高さにする。
「今ヒバリが吐き出した言葉。私には嘘に聞こえないから、自分の思うように進みなさい」
それから、親としては当然、だがしかし、なかなか言えない言葉をヒバリに掛けた。
「私はいつでも、あんたの味方なんだからね」
精一杯の笑顔を顔に貼り付け、頭を撫でることによりヒバリの決意を称える。
その言葉に心を打たれたのか、ヒバリが美穂子にしがみついた。
「ごめんお母さん。暫く、このままでいさせて……。落ち着くまででいいから……」
美穂子の服が少し濡れはじめた。恐らく泣いているのだろう。それでも、初めてこれほどの自分を曝け出した娘の身体を突き放さず、寧ろ、丁寧に自らの腕で包み込み、その温もりを肌で、心で感じることにした。
「別にいいんだよ。気のすむまで私に甘えなさい」
そう言ってヒバリを抱く腕に力を籠め、その小さな体を、心を、美穂子は離さないよう努めた。
十分位経過した頃、寝息が聞こえ始めた。ヒバリの顔をそっと離すと、少し腫れ上がった目のままぐっすりと眠っているのが分かる。身体をゆっくりと起こし、静かにヒバリの身体を布団に横たえ、少し厚手のブランケットをかぶせてから、美穂子は物音を立てないようにヒバリの部屋を出て行った。
その様子をドアの陰から見守っていた誠は、安堵と悔しさと情けなさの混じった溜息をついた。
(あぁ、美穂子には敵わんなぁ……)
昔から子供たちを宥めるのはいつも美穂子の役割であり、誠は遠目から見守ることしかできずにいた。まるで誠自身には関係ないことのように思われているのは癪に障るが、こういった場面で自分が役に立たないことも誠は重々承知している。
その代わり誠はクリム界でヒバリとの交流を持っているから、それで良しとしていた。現実ではあまり頼りにならずとも、クリム界に行けば自分を必要としてくれる。誠はそれで十分だと理解していた。しかし、力になれないとやはり親心としてはやるせないものがあり、どうしても美穂子に嫉妬してしまうようだ。
少しの間感傷に浸っていると急に美穂子が現れ、誠は驚き身体を跳ねてしまう。
「誠さんと雲雀にどんな事情があるか知らないけど」
出てきて早々、美穂子は一部始終を覗いていた誠にそう声をかける。そして、誠の方に顔を向け優しく微笑み、
「もっと優しく見守ってあげないと、子供は自由に羽ばたけないんだよ」
そんなことを口にした。
誠はその言葉に唖然としつつも感激し、嫉妬や悔しさの感情を消し去って美穂子に近づき、
「えっ? ちょっとどうしたの?」
自分よりも少し小さな体を抱きしめた。その行動に美穂子は戸惑う。
「いや何というかな。いつもありがとう、って思ったら、何となく……な」
ちょっとだけ照れくさそうに言う誠。
何それ、と口にする美穂子も、満更ではない様子で誠の背中に腕を回し、その愛情を噛み締めた。




