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夢から紡ぐ未来への系譜  作者: 馬波良 匠狼
六夢 捕虜(と)らわれの心
39/66

3.逃げ場のない苦しみ

 そしてここはヒバリの現実での自室。

 少し薄めのピンク色の壁紙に、女の子らしくキャラクターもののカーテンが窓にかかっている。ぬいぐるみは棚の上に五、六個置いてあるだけで、後は本が本棚に所狭しと並べられていた。それは漫画や小説、図鑑等様々で、なんだか女の子らしからぬものが多く見受けられる。

 ヒバリは本を読むのが好きで、それこそなんでも貪るように読み漁る。おかげで言葉遣いも考え方も、相手に合わせ柔軟に対応できるところがヒバリの特技だ。

 しかし、自分の考えを表現することに関しては苦手である。現野家の長女であり姉弟の中で最も早く生まれたために、下の弟たちに情けないところは見せられないという思いから、自らの考えを抑え込んできた。そのため、現実世界では八方美人を演じ、誰からも嫌われることのないように振る舞っている。

 その代わり、クリム界ではそれなりに自由にさせてもらっていた。現に、誠ことフォックスはムク探しを許し、ヒバリの思うように行動をさせている。勿論、任務は別に関わらなくていいと話していた。とは言ったものの、前述した通りの性格が災いしてか、任務の方を最優先してしまい、休日になってからしか動いていない。

 そうするうちに、ヒバリは平日休日構わず犯行現場を目撃したり、犯罪を阻止したりと諸問題を解決していった。それが今日の「万屋のバード」の異名となっている。

 しかし今、その面影は全くない。ヒバリもムク同様、布団の中に潜り込み、自身の行動について考えていた。

『ムク……。もうこんなことはやめよう……。昔のムクに戻って……』

 病院で吐き出したあの言葉が心に繰り返される。それにヒバリは戸惑っていた。

(どうしてあんなこと言っちゃったんだろう……)

(普段言わないようなことをムクの前では言ってしまった)

 ヒバリはいくら考えても分からずにいた。

(なんで?)

――……本当に分からないの?

 不意に心の底から疑問を投げかけられる。

 ヒバリはその無意識の返答に否定を唱えたかった。

――分かっているはず。あなたは六年もの間、そう思っていたのだから。嘘をつくのはやめてちょうだい

 そんな気持ちはないと意識したかった。

 だが、奥底にある気持ちは否定することを許してくれない。

――現に、あなたはムクに抱きついたじゃない。それは、なかったことにするの?

(確かにそうだけど、あれは不可抗力っていうか……)

 言い訳がましく口にした途端、口の中がまずくなり、心に何かが刺さる。その痛みから逃れようと、ヒバリは自身をぎゅっと抱きしめた。

――逃げる言い訳を探すのは簡単なこと。だけどそれでは、あなたの心が崩れてしまうのは目に見えている。それもそう遠くない未来にね。助かる道筋はただ一つ。自分の気持ちに正直になることだけ

 心の声に諭されるヒバリは、奥歯を噛み締め反論する。

(それができればどれだけ楽だと思っているの?)

――別に、だれかれ構わず心を開けとは言わないよ。ただ、今抱いている感情だけは偽らないで欲しい。

 偽っている訳ではない、と抗議をしたかったが、ヒバリは否定する気力を既に無くしていた。


 それは、自分の気持ちに気づいているから。


 隠し切れない感情であると知っているから。


 ヒバリはまだ納得しきれていないが、今だけ、と考え、渋々自分と向き合うことにした。

 しかし別の問題に直面する。

(じゃあ、どうしたら昔のムクに戻ってくれるんだろう……)

 ヒバリの気持ちとは別に、やはり今のままではムクがだめになるのは間違いない。それだけは避けたいと考えてはいるが、いまだに妙案は浮かばずにいた。

 そんな折、コンコンッ、とノックの音が聞こえてきた。考え事から一旦遠ざかり、布団から少し顔を出してドアの方を見やる。閉めずにいたため、その存在を確認することは容易かった。

「お母さん……」

 夕食の乗った盆を持ったヒバリの母――美穂子の姿がそこにあった。腰に手を当て、少し厳しい顔つきでヒバリを見つめている。その目で見られているのが耐えられず、ヒバリは体を起こし布団から出て、その場で体操座りをした。

 美穂子はヒバリの一連の動作を見終え、盆を勉強机に置き、ヒバリの左隣へと静かに腰を下ろす。ヒバリは怒られることを覚悟し、顔を自分の脚に押し付けた。

 しかし、美穂子は何も言わない。じっと、何かを待っているかのように、ただひたすら無言を続けている。ヒバリはどうしていいか分からず、ますます強く脚を引き付けた。

「……なんで、何にも言わないの?」

 五分くらい沈黙が続き、流石にこのままでは気まずくなるのが目に見えているため、ヒバリはぶっきら棒な言い方で沈黙を破った。

「だって、私は別に話したいと思っていないもの。ただ、あんたが何か話をしたがっているんじゃないかなぁ、と思ったからここにいるだけ。そのためだったら、何時間でもここで待つよ」

 その声からは煩わしい、鬱陶しいという感情は読み取れない。あっけらかんと、それが当たり前であるかの如く、本当にそうしてしまいかねない声音であった。

「馬鹿じゃないの? そのためにわざわざ私のところに来たって訳? ほっとけば明日には直っているかもしれないのに……」

「馬鹿は雲雀だね。あんたがここまで落ち込んで、立ち直れるほど心が強いとは思えない。更に落ち込んで、誰も近寄れないような状況になるのは間違いないんだから」

 図星を突かれ、ヒバリはぐうの音も出なくなってしまった。その言葉が効いたのか、再び黙り込んでしまう。

 それからしばらくして、もう一回ヒバリが口を開く。

「お母さん……」

 伝わるように、そして慎重に、ヒバリは言葉を選び紡いだ。

「大切な人を傷つけてしまって、それで苦しんでいるときは、どうすればいいと思う?」

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