2.囲われた食卓で
一方のヒバリは病院から帰ってきてもどこか上の空で、父親からも姉弟からも声をかけられていることに気づかず、魂が抜けているかの如く過ごしていた。
そして、一番心配しているのは他ならぬフォックスこと父:現野誠である。
「雲雀、大丈夫か? 外で何かされたのか?」
「別に……」
帰ってきてからずっとこの調子のため、誠は本当に心配になってきた。
ここ最近、娘の様子がおかしいのも誠は気になっていた。
一週間前に少年――ムクと出会ってから、ヒバリの天真爛漫な性格は鳴りを潜め、真剣な面持ちで数日を過ごしていた。食事もいつもより早く切り上げ部屋へあがったり、ぶつぶつと独り言を言っていたりと、まるで何かに憑りつかれたかのように、常に考え事をしている。
恐らくはムクを捕らえる方法、もしくは説得する方法を探しているのであろう、と誠は予測をつけている。その証拠に、ヒバリはクリム界で通常任務を放棄し、ムクの捜索隊を組み、起床時間ぎりぎりまで粘って戦っているようだ。
ヒバリは昔のムクに戻って欲しいと願っている。誠も六年前のムクに戻って欲しいと思った。最初のうちは怒りと失望に苛まれていた誠も、今となってはムクのことが心配になっている。
そして、ムクをおとなしくさせればヒバリも元に戻るであろうと推測している。更に言えばその役目を担うのは、自分ではなくヒバリだ。それに、自分が関わるとヒバリは恐らく嫌がることを知っているからこそ、今回誠はムク捜索隊に参加していない。
しかし話を聞く限り、成果は芳しくないようだ。その証拠に、クリム界でムクを探し回った後、帰ってくる頃には全員の表情筋が死んでいる。ムクが強くなっているということで「成長した」という多少の喜びはあるが、ヒバリの疲弊度を考えると、早く捕まってくれとも思ってしまう。
(今朝は恋人ができたかのように出かけて行ったから、いい気分転換になればと期待したのだが……)
まるで恋人を怒らせてしまったような顔で帰ってきたヒバリに、誠は先ほどから何度も声をかけている。しかし、どう声をかけてもヒバリの耳には届いていないようだ。
現在、現野家では食事をしている最中である。リビングにある机の上には、サラダや煮物、味噌汁、誠の母が育てた白米が並べられていた。メインは生姜焼き。ヒバリの母特性のたれを絡めてあるその豚肉は、表面が艶やかな飴色で随分とおいしそうである。
現野家には朝食もしくは夕食を必ず家族全員でとるという習慣がある。そして本日は休日ということもあり、夕食が家族団欒の機会となった。
ところがみんなが食事を進めていく中、ただ一人、ヒバリだけが食事に箸を付けようともしていなかった。その様子が何となくいたたまれなくなり、家族の会話が弾まず、誠も困っているところだ。
「雲雀、いい加減にしないかい? 折角母さんが作ってくれた料理が冷めてしまうだろう」
誠はしびれを切らし、少し強めの言葉でヒバリに話しかける。
「……」
それでもヒバリの顔は俯き、目線はあちらこちらを彷徨い、ここ以外にいる人のことを考えているようで、肝心の誠の声は届いていなかった。
「雲雀!」
バンッ、と思わず誠は机を叩いた。食器がカチャンと音を立てて跳ねる。その形相にヒバリと誠の妻以外の顔が蒼白になるが、ヒバリはますます目線を下げてしまう。
「今日はもう部屋へあがりなさい。ここにいては、空気が悪くなるだけだ」
そう誠が突き放すとヒバリは静々と立ち上がり、リビングを後にして自室へと引っ込む。それを確認した誠は、ヒバリの今後を憂い、
(本当にどうしたんだ? あの調子だと、クリム界での任務がだめになるぞ……)
少し落ち込んだように溜息をついた。
「お父さん、もう少しそっとしてあげたらよかったんじゃないの?」
そう誠の行動を柔らかな声音で諫めているのは、妻である美穂子だ。
「母さん、そうはいっても心配にならんか? あの子は何か考え込むと、好いも悪いも必ず感情がそっちに引っ張られてしまう。だからどうしても気になるんだ。だから……」
「男の子ならまだしも、あの子は女の子。あなたが口を出すんじゃないの」
反論しようとした誠を一言一閃、目で鋭く一蹴した。思わずその場にいた全員が背筋を伸ばす。
誠は口撃に関して美穂子に勝ったことがない。特に、子育てに関することでは妻にばかり任せてしまったツケが回ってきているのか、トラブルが起こっても深く立ち入ることができなくなってしまっている。
「じゃあ、どうすればいいんだ? 雲雀はあんな風になってしまうと、いつ機嫌を直すか分からないんだぞ?」
それでも精一杯父親でありたい誠は、何とか自分の考えを美穂子に伝えた。しかし、美穂子はそれに溜息をつき、
「あのねぇ、雲雀ももう中学生。あまり私達が言わなくても、自分で自分の気持ちぐらい分かっているのよ。自分の状況を分かっているなら、あの子が答えを見つけるまで、親はただ見守るだけ。それを理解してって思うのだけど、だめなの?」
更に美穂子が目つきを鋭くすると、誠は肩身に狭さを感じ、いそいそと黙って食事を続けた。
ヒバリの母である美穂子は帰ってきた娘の様子を見て、現時点では何も言うまいと決めていた。しかし、夫である誠があまりにも声をかけるため、いつかこうなるだろうとは予測し、現にそうなったことで少し頭にきていた。
そして、ようやく場も落ち着いたため、少しヒバリのことを考えることにした。
美穂子も心配ではあるが、今は何も手助けできないと知っている。
この世の終わりかというような表情をした娘の顔は初めて見た。しかし、今何か話しかけようとしても、恐らくほっといてと言われてしまうのがオチなのは、誰が見ても明らか……のはずだ。そしてこの手の問題は、誰かが介入しない限り、時間が解決してはくれない。
(まぁ、今のままじゃダメなのは私も分かっているから、少しだけ元気づけようかな?)
ある作戦を思いつき、美穂子も食事を進めることにした。




