1.闇に沈んだ心
現実世界での出来事を知ったムクは震えていた。
自分のしてきたことの愚かさを、自分の抱いてきた幻想の愚かさを、そして、ヒバリを泣かせてしまった愚かさを、その心は自分の人生全てを呪うかの如く、彼は苦悩していた。
――おれは、なぜあんなことを……。
――ヒ、ヒバリはなんであんなことを……。
病院から帰宅したムクは階段を駆け上がり、布団に潜り込んだ。しかし寝付けず、もう二時間くらい自問自答を繰り返している。
――自らの本当にしたいことはなんだったのか?
――自分の気持ちと行動はあっているのか?
――黒田が死んでしまったら?
――ヒバリはどう思っているのか?
――ヒバリはどういう気持ちで俺と戦っていたのか?
――ヒバリは……? ヒバリは……?
そしてその大半がヒバリのことで占められていることに、ムクは気づいているだろうか。
そうするうちに脳が考え疲れたのか、自然と瞼が下りていき、ムクは無意識に夢の世界へと誘われた。
クリム界は現在、夜中の午前三時くらい。
クリム界の時間は地球と同じ二十四時間である。しかし、昼夜の時間は地球とは異なる。クリム界の早朝六時は、地球と並列させて考えると夜の八時だ。ムクの意識が体から離れた時刻は午後五時くらいだったため、クリム界は現在、午前三時くらいとなる。
そのためか、街はまだ暗く、人は通りに一人か二人、恐らくその家の家政婦なのだろう、外で仕事をしていた。
(こんな時間に来たことなかったけど、全然人がいないのにはびっくりだなぁ)
三日前に降り立ったところと同じような場所に来たムクは、辺りを見渡しそんな感想を抱いた。しかし、こんなところにいても面白くはないと思ったのか、ムクは裏通りへと回る。人がいないことを確認すると、屈伸運動で膝をほぐし、一気に膝を曲げきると、そのまま屋上までジャンプした。一週間前は驚いていたものだが、流石にこの世界での自分の力を把握してからは、このくらいは当然の如くやってのける。
着地をして一瞬あたりを見渡すと腰を下ろし、それから寝転がり、まだ漆黒が支配する空を見上げた。
(なんだろう。今の自分はこの空みたいだ……)
それから今の自分の現状と重ねてみた。
悪いことをしている自覚はある。
多くの人に迷惑をかけている自覚もある。
王になるためだから、そのくらいのことは覚悟していた。
しかしそれは別段、誰かを傷付けたいとか苦しめたいとかそういうことではなく、単になってみたいからなるだけで、そのために多少手荒な真似はするが、長く続かせるような痛みや苦しみをムクは望んでいない。
ムクは星々に焦点を当てる。
まばらだが確かにある輝き。
消えそうで消えない、消えてくれない光の欠片たち。
星は恐らく、闇に染まったムクの心の奥底にある優しさを表しているのだろう。
(もうやめるべきなのだろう……。もともと自分には合わないし、勢いで始めてしまったから何も生まないし……)
ムクは溜息をついた。所詮は夢の世界のことだと割り切っていた分、現実世界へ及ぼした影響を考えると、自分には耐えがたい責任だとムクは思った。
(これ以上やれば、いずれ本当に、現実世界に大きな悪影響を及ぼしかねない。このまま続ければ、今回の黒田以上のことを覚悟しなければいけないということなのだろう……)
しかし、ただでやめるのも自分の中で納得がいかない。
さらに言えば、ここまで信じてついてきたメンバー(というより手下に近い)を裏切る形になるのは、好ましくもないし好まない。彼らのためにも何かしら行動を起こした上で、諦めるか続行するかを決めればいい、とムクは考えた。
ふとヒバリのことが頭をよぎる。
『お願いムク……』
『もうこんなことはやめよう……』
『昔のムクに戻って……』
反芻する言葉が、耳に、心に沁みついて離れない。
行動と表情が、眼に、身体に焼き付いて忘れられない。
(もしあのまま、抱きしめていたら……)
考えた途端、ムクは人知れず耳まで真っ赤になる。誰も見ていないのは分かっているが、なんだか気まずくなり軽く咳をした。そして、考える。
(女の子と喋るの、いつぶりだろう……)
気味悪がられ、気持ち悪がられ、近づいても離れていくだけの存在。
それがムクにとっての女子だ。
だから、あれほど近づく、どころか抱きついてきた女子は初めてで、どう反応すればいいのかムクには分からなかった。
(どうしてヒバリはあんなことをしたんだろう? もしかして、俺のことが……)
そんなことを考えてムクはかぶりを振った。
そんなことはない。
自分にそんな感情を持つ女の子がいるはずがない。
あれは単なる気紛れだ、とムクはそう結論付けた。
そろそろ寝るのに飽きたのか、勢いよく体を起こして周囲を見渡し、ヒバリの守る街を眺めた。
元はといえば、六年前にこの世界に来たことが発端だ。自分の意思とは関係なく放り出されたこの世界でヒバリと出会い、そのことを話したら嘘つき呼ばわりされみんなから遠ざけられ、そして今、ムクは戻ってきたこの世界を掌握しようとし、それを阻止しようとヒバリが奔走している状況にある。
感傷に浸っていると、徐々に寂しさが身に沁み始めた。
ムクは目標が霞んでしまった今、自分に意味はあるのかと考えてしまう。
(ないよなぁ……。だって生きているだけで迷惑をかけているんだし、この世界でも迷惑をかけるなら、いっそ……)
「死んでしまった方が……」
口から出た後、再び目を閉じ溜息をつく。考えた結論はあまりにも短絡的だが、しかし、もうこんなことしか考えられないほどに、ムクの精神は追い込まれてしまっているのだ。
頃合いだなと思い、足を踏ん張って立ち上がった。
が、途端に目眩がムクを襲う。
(って、えっ!?)
しまったと思ったが、ムクの意識は既に微睡み、いつの間にかこの世界から遠ざかった。
気づくと布団の中に戻っていた。布団から這い出し、目覚まし時計を手に取ると時刻は夕方の六時。約一時間、向こうの世界にいたことになる。
(LDMはそれほど使ってないのに、戻されてしまった。どういうことだ?)
ムクが使ったのは精々屋上までの大ジャンプだけだ。今までよりも少ない使用量であるのは間違いない。それなのにほとんど強制的に現実世界へと戻された形になる。
それについて思案しようかと思っていると、ぐうっ、と腹の虫が先に鳴ったため、腹が減っては考え事もできない、という何となく自分の考えている理念(というより本能)に従い、ムクは目的のものが待っている台所へと向かった。
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