5.希望を胸に
そしてその夜。
クリム界へとやってきたヒバリは、まず始めに自室で紙に何かを書き、それを折り畳んでポケットに突っ込んだ。
自室を出た後下へと降り、ムクの捜索に関わっている全員にこう告げた。
『今回は見つけても手を出さず、私に連絡してください。私一人で対処します』
その発言に何人かが異論を唱えようとしたが、
『気持ちは分かりますが落ち着いてください。彼と話がしたいのです。それも一対一で。だからお願いです。一人で事に当たらせてください』
そう言って頭を勢い良く下げると、真摯な態度に押されたのか、全員がその意見を承諾した。
捜索隊が散開してから二時間後。ヒバリの夢残機に連絡が入った。町の北側のはずれにある廃小屋に、ムクと仲間の一人が潜伏しているということだ。
早速向かい確認を取ると、仲間である現生人はすでに離脱したとのことだった。しかし、ムクは未だ小屋に潜伏しているため、ヒバリは自身の計画を実行に移す。
警戒はしつつも、今更自らの存在を隠すこともないと考え、正面から堂々と彼へと近づいていく。
扉が少し開き、誰かがこちらを覗いているのが分かった。それがムクであるのは間違いなく、現に部屋の中でLDMの高まりを感じる。
小屋まで残り5mと迫った。その時、
「きゃっ!!」
下の地面が沈み、ヒバリは抵抗できずに落ちていく。穴は2mもないが、動揺を誘うには十分すぎる深さだった。
(しまった! 何もしてない訳ないのに……!)
「風の加護よ。我が友として望みに応えよ。我を包み給え」
動揺はしたが、ヒバリは地面につく直前で冷静に自身のLDMを使い、落下の衝撃を緩和した。そして、静かに地面に足をつける。
直後、頭の上から熱の塊が降ってくるのをヒバリは感じた。見上げると穴を覆う炎がヒバリに迫っていた。しかし、
(やっぱり、この攻撃にも殺意はない!)
彼女は勘付く。炎の塊の威力は確かに絶大的だったが、殺すほどのものではなかった。自分の仮説が正しかったことにヒバリは安堵し、思わず顔が綻ぶ。かといって、このまま普通に攻撃を受ければ無事では済まされないのも確かだ。
「風の加護よ! その暴風で炎の壁を突き破れ!!」
風の渦を右手に作り、天に向かって突き出して炎の壁の一点に穴を空けた。膝をしっかり屈伸させ、空いた穴目がけて脱出。
上昇し切ったところで穴の淵の人影を確認した。ヒバリは再度右手に風の渦を作り、人影目がけて無詠唱で技を繰り出す。この攻撃は、炎の膜に阻まれ威力を半減させられたが、受け止めきれなかったのか人影――ムクが倒れ込む。
ヒバリはムクの目の前に片足で着地し、間髪入れずに踵を振り下ろした。しかし、寸でのところで左に躱されてしまう。
(動体視力凄い……! ノータイムで振り下ろしたのに避けられた!)
思わず感心してしまったのも束の間、躱したムクは素早く体を起こし、こちらに炎の弾丸を飛ばす。
「風の加護よ……。我が周りに風の鎧を纏わせよ……」
ヒバリは詠唱を呟き、気流を自分の周りに発生させた。すると、弾丸はかすりもせず、ヒバリの横を通り過ぎていく。ムクの顔に驚愕の色が浮かぶ。更に二、三発放ってきたが、ヒバリは気にする様子もなくその攻撃へと突っ込み、そして火の弾は横へとはずれていく。今度は悔しさが滲み出ていた。
ムクはしびれを切らし、体勢を低くして拳を打ってきた。
(正面から受け止めるのはまずいかもね……)
ただ、その顔には何かを企んでいるのがバレバレだったため、ヒバリは右足を残したまま左へ体をずらし、ムクの足を引っかけた。案の定、ムクの体は宙を舞い、前方に勢いよく転がる。その間、ヒバリはポケットから一枚の紙を取り出し、自分の足元に置いてその場を後にした。
と見せかけて、彼女は小屋の裏にあった大木の上に上り、ムクがどう反応するか様子を見る。
(紙に気づいてくれれば、チャンスはあるかもしれない……。ムク、お願い。気づいて)
ヒバリはそう願った。願わずにはいられなかった。これでもし、気づかずに紙をスルーしてしまったら、次に会う時は彼の存在をこの世界から消さなければいけない。何としてもヒバリにとっては避けなければならない事態だ。
起き上がり臨戦態勢を整えたムクだが、ヒバリがいないことに気づき少し茫然としていた。しかし、紙があることを視認したのか、ヒバリのいた場所まで歩いていく。
ムクは紙を手に取り一瞥。ひとまずヒバリはそれに安堵した。しかしムクは表情を変えない。何を考えているのか全然分からず、ヒバリはやきもきする。手紙を読み終えたのか目を離し、そしてそれを――
まだ燃え盛る穴の中に紙を投げ入れた。
(あっ! ちょっとムク、何してんのよ!!)
思わず身を乗り出し、その行動に突っ込んでしまう。その際、木が揺れてしまったため音がしていないかと心配したが、ムクはこちら側に気づかず何事か考えに耽っていた。
(まずい……! もしかしたら、効果なかったかも……)
表情には焦りが見て取れるぐらい、ヒバリは動揺していた。このままでは本格的に彼を消さなければならなくなってしまう。その事実がヒバリの心にひしひしと迫っていた。
はぁ、と一つ溜息をつくと、眼を瞑り、自分のLDMを高めていく。
(これでだめだったら、どうしようもないけど、一か八かで……)
そして左目を開き、立ち止まっているムクに視線を向ける。そのまま数秒すると、彼の周りを黄色い靄が包んでいるのが分かった。
それにヒバリは驚愕する。
(あれっ? もしかしてこの作戦、成功したの……?)
確信は持てないがヒバリはそう感じた。
この力をヒバリは「現実未来の見解」と名付けている。力を溜め、左目だけで相手を覗くと、相手の現実での未来が良いか悪いかを判断することができるヒバリの個雑技である。
確証はないが、明色が出た場合は直近の未来が明るくなり、暗色が出た場合は暗くなるとのことだ。何故現実の未来だと思うのかというと、クリム界で見た人のその後は明色でも色々と不幸なことに巻き込まれたり、暗色でも幸せに暮らしていたりしているので、現実においての未来なのだろうということである。
因みにこの技は、力を溜めないと使えないため燃費が悪く、使用するとほとんど動くことができなくなるため、最終手段で用いる。
確証がないといったのは、この力を誰にも話していないからである。話すと確実に疎まれ、持ってない連中からの冷遇は確定的。そのため、確かめるすべを持たないのだ。それでもムクの色から察するに、悪くないのは間違いないだろう。
ヒバリは少しほっとして、今度こそ、その場を後にし、早めに仕事を切り上げることにした。




