4.すれ違いが生んだもの
予想していた答えにヒバリは少し動揺したが、何とか表情に出さないよう、口を固く結んで押し殺した。
「なんであいつはおどおどしてんだ? とか、もっと抵抗してみろよ! とかね、明らかにいじめているようにしか聞こえない言動なんだけど」
(それで黒田を嫌っていたのね……)
ヒバリはムクの行動に納得がいった。ムクの黒田に対する怒りが募るのも理解できる。
「昔は仲が良かったからなおさら気になってね」
しかし、この発言には虚を突かれた。ヒバリの頭は疑問符で埋まってしまう。表情に出ていないか心配になったが、文野は気づいていないようで、どんどんと話を進めていく。
「夢久君は、昔はとっても明るくて誰よりも今を楽しそうに生きているって感じだったの。だけど確か小学一年生の頃に、何か変なことを周りに言ってからは嘘つき呼ばわりされて、心を閉ざすようになっちゃったかな。文和はそれこそ最初のうちは気にしていたんだけど、たぶんね、夢久君の元気がなくなってきて、暗くなっていく姿に耐えられなかったんじゃないかな? それで、きついことを言ったりしていたのかもしれないって思うけどね」
文野の証言が本当ならば、ムクと黒田は友達だった。少なくとも、文野がその良さを認めるくらいには。それなら、ムクが黒田を恨みたくなる気持ちも分からなくはない。
親友だと思っていた存在に裏切られたようなものだからだ。
ヒバリはそう合点した。
「私達の両親が亡くなった時の葬式でね、一番泣いてくれたのは夢久君だった。まるで自分の親が亡くなったのかなと思うほど泣いてくれたの。両親も遊びに来た夢久君のことは好きだったし、あの子も二人のこと好きだったから、なおさらつらかったんだと思う。でも、もろもろ終わった次の日から笑顔で文和を迎えに来て、塞ぎ込もうとしていたこいつを連れて行ったのよ。夢久君のおかげで文和は根暗な性格にならなかった。そして、それがすごく嬉しかったんだと思うの。そのことが未だに心にあるから、文和としては気にかかるんじゃないかな。悪い形にはなっているけどね……」
はぁ、と一つ息を吐いて文野は話を終えた。あまりに多くの情報が長い話の中に織り交ぜられていたため、ヒバリは脳の整理に手間取ったが、一つの結論に達した。
(つまり、ムクと黒田を仲直りさせれば、ムクは落ち着くのかな?)
しかし、それには説得の材料が足りないのも事実で、ヒバリは心で頭を抱えてしまう。
「雲雀さん、本当に大丈夫?」
またもや文野が心配そうに声をかけてきた。
「ごめんね、こんな話をするつもりじゃなかったんだけど……」
そして、文野は本当に申し訳なさそうに謝り、頭を下げる。
「い、いえ、そんな謝らないでください。お姉さんも辛かったでしょうから、私で良ければ話をしてください。私は大丈夫ですから」
その姿に慌てたヒバリは、思考の海から一旦浮上し、文野にそう声をかけた。その姿を見た文野は、少し微笑む。
「あなたは優しいね。弟と同じ年とは思えないわ」
(私はそんなに優しくないですよ……)
優しく声をかけた文野に、ヒバリは心でそう謝罪した。
(ただ私は相手の喜ぶようなことを言うだけで、別段、人に優しくしなければと思って行動している訳ではない。それが人間関係を円滑に進めるための手段だと知っているからやっているだけ……)
それをヒバリは分かっているからこそ、文野の言葉に素直に喜ぶ気になれないのである。
「いえ、そんなことはないですよ」
だからここではその言葉を返す以外に思いつくものはなかった。ヒバリは自分の性格に少し苛立つ。
文野はその言葉を鵜呑みにしたのかにこりとする。
「謙遜しなくてもいいのに。……と、もうこんな時間。ごめんね、長話に付き合わせてしまって。もうそろそろ帰らないと、心配されちゃうよ」
そう促されてヒバリは自身の腕時計を確認する。時刻は十六時を少し回ったところ。確かに帰らないと(主にヒバリ父から)心配される時間だ。
「すみません。では、お言葉に甘えて今日はこれで失礼させていただきます」
そう言うとヒバリは椅子から腰を離し、頭を下げて扉へと向かう。しかしふと、何かを思い立ったかのように後ろを振り向き、じっと文野を見据えた。
「お姉さん、明日も来ていいですか? 少し連れてきたい人もいるので」
その言葉に文野は眉根を寄せるが、まぁいいか、といった表情でヒバリを見つめ、
「大丈夫だよ。因みに、誰か教え……られる?」
一瞬迷って文野はそう言葉を繋いだ。
「申し訳ありませんが、明日まで待ってもらっていいですか?」
こう返したヒバリに、文野は無言で頷いた。それを見たヒバリは感謝と謝罪の意を込めて頭を下げて、黒田の病室を後にした。
帰りの道中、ヒバリは腕を組みながら思考を速めるかの如く足早に駅へと向かっていた。
(勢いであんなこと言っちゃったけど、よくよく考えればどうやって連れてくるか、全く考えてないんだよね……)
もうそこには少女 “現野雲雀 ”の考え方はなく、クリム界の守護者 “バード ”として、どうクリム界を守るかを考えていた。
(絶対にムクを連れてくるのがクリム界の存続に繋がるし、ムク自身の心を助け出せると思うんだけど、肝心の本人が話を聞いてくれるのかな……)
歩みを進めながら考えを深める。しかし、考えても確実な妙案は浮かんでこなかった。
(ムクに……賭けるしかないか)
代わりにヒバリは一か八かの策を思いついた。




