3.行き着いた名前
「私達のためにと思って一生懸命に働いていたらしいのだけど、無理がたたって倒れてしまって、そのまま還らなかった。私達を助けるつもりって言ったって、死んじゃ意味ないのにね」
一度口を閉じ、何も描かれていない真っ白な天井を見上げる。両親を失い、何もない空間に放り出された当時のことを思い出しているのだろう。ヒバリは何となく一緒になって上を見つめた。
「亡くなった当時、文和はまだ年中だったし、私も中学生になる前でね。二人っきりになってしまってからは大変だった。親は二人とも互いの両親とは縁を切っていて、頼れる人はいなかったから私がお母さんの代わりをしなきゃいけなくなったの。買い物行ったり、料理したり、洗濯したりとやることは一杯だった。その時初めて、親の偉大さに気づいたね。
近所の人たちも助けてくれたし、幸い両親の残した貯蓄のおかげで中学生まではバイトせずに済んだけど、中学三年くらいになって流石にこのままだと底を尽くって気づいたの。私は普通高校を諦めて工業高校に進学して、バイトで生計を立てて、卒業した後は近くの自動車整備工場で働いて、何とか二人分の生活費を稼いでいたの。
もちろん、文和には不自由させないだけのものは与えていたんだけど、私の姿や両親の姿を悪い方に捉えっちゃったのか、真面目に頑張ることを放棄して、本人は小学校中学年くらいから悪い仲間とつるんじゃってね。中学生になってからはそれに拍車がかかってしまった感じかな。夜も遅いし、ご飯も食べないし、言うこと聞かないし、成績だけは何故か平均を維持するからむかつくし、本当、絶交してやろうかと思うような時も何度もあるしさ」
けどね、と前置きをしてから再び口をつぐんだ文野は、黒田の顔をじっと見つめ手を伸ばし、彼の頭を一撫でする。
「たった一人の肉親だから、なんだかんだ言って大切なのよね。だから、早く帰ってきて欲しい。私からこれ以上、誰も奪わないで欲しい。一人にしないで欲しい。幸せな生活なんて望まないから、このあんぽんたんの声が聞きたい。今はただ、それだけを願っているわ」
最後の言葉を吐き出すのと同時に、眦から雫が一筋落ちていく。どれほど黒田のことを思っているか、十分にヒバリには伝わった。
そして、改めて決意する。
(文野さんの為にも、何とかしないと)
このままでは、クリム界だけではなく現実世界まで不幸にしてしまうのは明白だった。一刻も早く解決しないと、多くのことが手遅れになる。ただ、肝心の一手が思いつかない。ヒバリはそこにもどかしさを覚えた。今のムクに何を言ったところで聞いてくれるはずがなく、会えば戦闘になるのは確実であった。
(そういえば、ずっと気になってたけど……)
ふと、ここ一週間のムクの攻撃を思い出した。
(あれだけでかいこと言っときながら、急所は狙わないんだよね)
ヒバリたち治安局の一同はムクを捕らえんと躍起になり、急所や致命傷となるところを積極的に狙っている。しかしムクにその気はなく、基本的にその場で戦闘不能にする攻撃ばかりを仕掛けている(例えば足元への攻撃や腕の骨を折る程度のこと)。現生人たちに大きな危害を加えないよう、互いに細心の注意を払いながら攻撃を行っているが、前者は殺す気で、後者は生かす気で戦っている。
「雲雀ちゃんどうしたの? えらく真剣な顔になっているけど……」
文野が心配そうに話しかけてきた。いつの間にか思考の深いところに入り込んでしまったらしい。ヒバリは慌てて意識を戻し、表情を緩め少し困ったような笑顔を返す。
「すみません。何となく、どうしてこうなったのか原因を探せないかなぁ、と考えてしまいまして……」
「そうだったの。ありがとね。こんな弟のことを心配してくれて」
咄嗟に浮かんだ考えを口に出したところ、感謝の言葉を返されてヒバリは少し戸惑った。
(この人は疑うことをしないんだ)
普通なら怪しむべきところを、文野は疑うことを知らずにとことん信じてくる。人が好いのか天然なのか、それとも何か考えがあるのか。その真意は測りかねるが、とりあえず疑われることはなさそうだと分かり、ヒバリは完全に警戒を解いた。
「原因ねぇ……。それかは分からないけど、気掛かりなことが一つあってね」
そう言って文野は右頬を掻いた。目が少し泳いでいるのは、何かしら言うのを躊躇っているのだろう。しかし、意を決したのかヒバリの目をしっかりと見る。
「実は、文和がずっと気にしている男の子がいるのよ。その子なら何か知ってるんじゃないかなと思って」
(黒田の知っている男の子ってまさか……?)
「名守夢久君っていう子なんだけど……」




