1.説得のためのピースは
話は前日まで遡る。
意識不明の神代の体に出会った後、ヒバリは目覚めてすぐに神代――現実世界では黒田であるが――の似顔絵を作成し、土曜日だったこともあってか探しに出かけた。ヒバリの住む諫元市にいないことは分かっており、捜索は隣接する三つの町に絞った。更にヒバリにはある確信があったため、ムクのいる町を特定できたのである。
それはクリム界でムクの現れる場所。
どこにも所属していない、いわゆる野良の夢残が出現する場所は、確かにランダムである。しかし完全にではなく、住んでいる町の範囲でランダムなのだ。更に付け加えるならば、現実世界での眠っている体の場所を中心に、半径1kmの範囲内で確定的に出現するのである。
つまり、ムクの出現範囲した場所の周辺に神代もいるというのが彼女の推測だ。それを頼りにヒバリは西隣に隣接する、桜村市に絞って捜索を始めることにした。
天候は少し雲のかかった晴れ。気温は昼頃に真夏日に達するが、風がよく通り、暑さを感じずに過ごせそうである。ヒバリは動きやすいジーンズと半袖の上から白の上着を羽織って桜村市に向かう。
諫元駅から列車に揺られて二十分、やってきた桜村駅は五年前に国体が行われたため駅舎が改修されており、それほど大きくはないが、外装も内装も清潔感があった。また駅前はアーケードの再開発が進み、それなりに賑わっていた。
(ここなら聞き込みしやすそうだね。よし、神代探し開始!)
元々人見知りせず誰に対しても積極的に話すことができるヒバリは、駅に着いてから様々な人に似顔絵を見せて、神代の場所を聞いて回った。だがいくら聞いても、彼の情報は出てこない。ヒバリは少し困ってしまう。
(やっぱり地道は大変だ。中々良い情報がないね)
「お嬢さん、一体誰を探しているんだい?」
そうして小1時間探し回っていると、後ろから声をかけられた。確認すると中学デビューした感じのチンピラ三人組がヒバリを見ていた。
胡散臭さを感じながらもヒバリは近づく。
「聞きたいことがあるんだけど、この似顔絵の人知らない? たぶん、この町に住んでいると思うんだけど」
その似顔絵を見せられた三人は、しばらく目を細め考えた。やがて、ついっと顔をヒバリに向ける。向けられた三人の口角は、何かを企んでいるのであろう、上がっていた。
「教えてやっても構わねぇぜ。ついて来なよ」
右にいた金髪の少年がそう言って歩き出す。怪しさ満点ではあるが、ヒバリは何一つ言わずついて行くことにした。その後ろから、ロン毛と坊主頭の二人がついて来る形で。
歩いていく内にヒバリは、聞く相手を間違えたかなぁと少し後悔した。段々と人気がなくなっていき、最終的には袋小路に来てしまった。後ろを振り返ると、案の定、予想通り、二人が道を塞ぐようにして立っていた。ヒバリは心の中で溜息をつく。
「俺は確かにその似顔絵の奴を知っている。だがなぁ、ただで教えてやる訳にもいかないんだよなぁ。そこで、取引しないかい?」
「というと、お金? それとも胸を見せろだとか、下を見せろとかそんなところ? 見せたら教えてくれるの?」
その切り返しに話しかけたロン毛がヒバリから目を逸らす。他の二人も俯いたり、鼻を押さえていたりしていた。恐らくここまでストレートな返しは予想していなかったのだろう。全員の顔から煙が出ているのか、と思うほど赤くなっているのが分かる。
(ワルぶってる割には初心だねぇ)
「ち、違うわい! もっ、もっと、え、エロいことをし、し、し、してもらうんだよ」
真っ赤にしながらロン毛が言い返した。そして、何とか目線をヒバリに戻した坊主頭が睨みつける。
「お、お前、調子に乗んじゃねぇぞ! 言う通りにしなきゃ、も、もっとエロいことさせるからな……」
言っていて恥ずかしくなったのか、最後の方は尻すぼみになってしまう。それを見ていたヒバリは、何となく彼らがかわいく見えてしまい、思わずクスッと笑ってしまった。
それを彼らは見逃さない。
「おい! なんで今笑った!」
馬鹿にされたと思ったのか、代表して金髪がその行動を責めた。今度は恥ずかしさよりも、激昂で顔が赤くなっている。
あっ、と思いつつも、これはこれで、とも思い、ヒバリは顔を歪め、笑い方を変えた。
「そりゃあ、ねぇ。あれだけ威勢のいい啖呵を切ってるけど、本当にできるのかなぁ? と思ってね。その様子だと女の子の裸なんか見たことないようだし」
更にその嘲笑したような笑みを濃くした瞬間、三人の怒りが最高潮に達した。三人が一斉に近づき、手を伸ばしてヒバリを捕まえようとする。
ヒバリは目を瞑り、顔を俯かせた。三人とも諦めたと確信し、勝ち誇った顔で更にその手を伸ばす。がしかし――
彼らがその存在を捕らえることは出来なかった。代わりに互いの頭を勢いよくぶつけてしまう。鼻の奥まで響くような痛みが三人に走った。
痛みが引いたところで三人が周りを見渡すが、彼女の姿は見当たらな……――
いや、袋小路の中央にいた。腕を組み、三人を見下ろすような形で、ヒバリは彼らを睨みつけている。
「「「は? なんで?」」」
三人とも思わず疑問を発した。
「なんで? って言われても、あなたたちが一番情報を持っている有力候補なんだもん。聞きたいことがあるのに、逃げる訳ないじゃん」
ヒバリは大げさに肩をすくめ、さも当然であるかのようにそう答えた。顔からは先ほど見せた悪辣な笑顔は見えない。しかし、その顔には冷ややかな眼差しと、真一文字で結ばれた口元が浮かんでおり、彼女がどういう心境なのかを教えてくれていた。
突然、冷たい風が三人を撫でた。
背筋に悪寒が走る。
この場から逃走したい気持ちが強くなる。しかし、
――所詮は女だ――
――男三人に敵うはずがない――
彼らの心の中には未だに、この考えがあった。長い歴史に培われてしまったこの陰湿な考えは、女性の参画が認められて十数年経っても中々変えられない。それほど根深いのであろう。
「さっさと居場所を教えた方が身のためかもよ。痛い目見るのはそっちなんだし」
もっとも、ヒバリにとっては相手が何を考えているかはどうでもいいことだ。
一刻も早く解決したい案件があるため、このようなところで時間を食いたくはない。多少手荒な真似をしてでも黒田の場所を聞き出すことを、ヒバリは念頭に置いていた。
「くそが! 女のくせに調子に乗んなよ!」
「多勢に無勢だ! すぐに根を上げるさ!」
「そうだ! やっちまおうぜ、こんな奴!」
立ち上がりながらそんなことを口々に言うチンピラどもに、ヒバリは落胆した。
(もっと相手の力量とか見ればいいのに……)
色々言いたいことはあるようだが、心の吐露はそれくらいに、と自身で留め置き、ヒバリは彼らを見やった。頭を打ったからなのかさっきよりも冷静になっている三人は、今度は慎重にヒバリを取り囲む。それをヒバリは注意深く観察し、タイミングを窺う。
室外機の音のみが支配する刹那の時間。
次の瞬間、背後をとっていた金髪が右拳に体重を乗せヒバリに襲い掛かった! 完全な死角であり、反応できないと踏んだ一手を彼女の背中に叩き込む。
しかし彼の攻撃は、いとも容易く避けられてしまった。
それどころかその右腕を両腕でがっちりと掴まれた。そして、ヒバリが体を回転させると、勢いがあり過ぎたためか彼は横向きに飛んでいた。しかしこれで終わらない。
「お、お前ら、避けろ! 避けろおおおおおおぉぉぉぉ……!」
そのまま二人にぶつかってしまう。更にヒバリが手を放すと、三人は仲良く袋小路の行き止まりの壁に向かって吹っ飛ぶ。地面に着くと転がり、三人とも壁際で動きが止まった。
「うぅ……、いってぇ……」
「何なんだよあいつは……」
「ほ、本当に女かよ……?」
負けた事実と共に、彼女の強さを見誤った自分たちの愚かさに、三人は血の気が引いていた。そしてようやく悟った。
――手を出したことが間違いだった……――
彼女は恐らく、いや確実に自分たちよりも遥かに強い。その確信が心を揺さぶった瞬間、三人は逃げたい衝動に駆られる。が、恐怖心に支配された心では、足を動かすことは叶わなかった。
ヒバリは緊張を解くことなく三人に近づく。いくら顔に恐怖の色が浮かんでいても、追い詰められた彼らが何かしてこないとは限らない。いきなりナイフを取り出し、刺しにくる可能性もゼロではないからだ。
両者の距離が1mと迫ったところでヒバリは立ち止まった。そして屈み込み、眼つきを鋭くすると、
「で、案内してくれるの? この似顔絵の彼の元に」
さっき見せた似顔絵を彼らの目の前に突き付ける。それは恐らく、ヒバリからチンピラ達への最後の忠告であり、チャンスでもあった。これ以上何かするつもりであれば、このままじゃ済まさない。警察沙汰も覚悟しろという事だ。しかし、普通に案内してくれるのであれば、手出ししようとした件については不問にするという事でもある。
「わ、分かりました。こいつの元に案内します」
そして、どっちが得かというのは、もう既に判っていた。




