2.語られた世界
時間にして小一時間くらいだろうか、二人はたくさん遊んで回った。
と言ってもその辺りをぐるぐる回……いや、連れ回されていた。
主に夢久が。
少女は同年代の子と遊ぶのが楽しいみたく、嬉しそうに話しかけながらあちこちを回っていた。一方の夢久はそんな彼女に引っ張られながら、簡単な相槌しか打つことができず、会話が続かないことに羞恥を覚えつつも、内心はすごく楽しんでいた。
ひとしきり遊び回ったためか二人とも疲れ、さっきのベンチまで戻って一休みしていた。
少女は満足気な顔で、夢久は楽しさの中に少しげんなりした様子で。
「そういえば、名前を聞いていなかったね」
ふと、少女はそんなことを口にした。夢久もそういえばといった顔をして、少女の方を向いて自らの名を名乗った。
「ぼくは名守夢久だよ」
「わたしは現野雲雀。ヒバリってよんで」
かわいい名前だなぁ、と夢久は心の中で感じた。雲雀という単語は分からないものの、響きは気に入った。
続けて彼女――ヒバリが質問を投げかけてきた。
「夢久ってどう書くの? おしえておしえて」
「おとうさんたちからきいた話だと、 “夢 ”に “久 ”しいって書くんだけど、どうして?」
「 “夢に久しい ”ね。夢久……。夢、久……。ム――。」
そういうと、ヒバリが少し黙り込んでしまった。そして、何事かを思いついた様に顔を上げ、下から覗き込むようにして夢久の方向を向く。
「ねぇ、ムクってよんじゃダメ?」
ちょっと柔らかく言ったその声と困ったような顔をしたせいか、夢久の心臓は撃たれたかのように跳ね上がった。可愛い女の子から初めてあだ名で呼ばれ、しかもちょっと色っぽい言われ方をしたために、顔が赤くなってしまったのは仕方のないことかもしれない。
「えっ、あっ、うん。良いよ。好きなようによんで」
たどたどしい言い方になってしまった。なんでそう呼びたがるのかは分からなかったが、夢久=ムクはその響きが気に入り、ヒバリの提案した渾名を受け入れた。
少しの沈黙がやけに恥ずかしかったため、ムクは思い直したようにこう聞いた。
「あのさ、ヒバリちゃ……」
「ヒバリでいいよ」
威圧されたような気がして、それ以上は言い返さず、ムクは気を取り直して質問した。
「ヒバリはさ、この世界がなんなのかわかる? ぼく、ベッドでねむっていたような……」
「ここ?」
首を傾げて不思議そうな顔をし、ヒバリは言った。しかしながら、彼女が疑問に思っているのは、ムクの言っていることが分からないのではなく、
「もしかして、ムクはこの世界でじぶんをもってるの?」
ムク自身への興味であった。
(じぶんをもっているって、どんな意味なんだろう?)
ムクはその言葉が気になったが、ヒバリはそれに気づかず聞かれた質問に答える。
「この世界は、夢とはちがう夢の世界。う~ん、ちょっとちがうかな……。眠っている時にいってしまう、夢とはべつの世界。わたしたちは “クラウドリームワールド ”、短くしてクリム界、ってよんでいるけど……」
突如言葉が途切れるヒバリ。そしてムクをじっと見つめ、
「あんまりおどろかないね?」
そう聞いてくる。しかし、ムクはそうじゃないと弁明し、
「それもだけど、それよりも″じぶんをもっている″ってどういう意味なのかなと思って」
自分の思っていた疑問をぶつける。
「あっ、そうだね……」
ヒバリは納得したようだ。しかし再び口を噤み、言葉を選んでから話し始める。
「本当はね、この世界に来る人たちって、みんな元の世界にもどるときおくがなくなるんだけどね……」
少し時間を空けてまた何かを考えているが、決意したのかしっかりムクの方を向いて話し始める。
「少ないけど、元の世界にもどってもこの世界のきおくがある人がいるんだ。その人たちは同じようにこの場所をきいてくるの。ふつうはそんなことを気にせずにすごしちゃうから、分かるんだって。私たちは夢残ってよぶよ。そのほかの人たちは現生人ってよんでいるんだ」
「夢残……。へぇ~」
ムクはただただ感心した。
この世界が異世界であること、寝ている間に来てしまうこと、そして、その世界には自分も含めた異なる人達もいるということ。
捕捉すると「夢残」というのは、「LEFT DREAMER」の略で、その名の通り「残された夢人」という意味で、「現生人」は「REAL+ER=REALER」という意味の造語だ。
夢残以外は使用しないため、一般に知られることのない単語である。
それを聞いてムクは、違う疑問が頭の中に湧いて出た。
「じゃあ、ヒバリも夢残なの?」
「うん」
それを聞かれることは予想していたようで、ヒバリはほとんど間髪入れず答えた。
(ヒバリといっしょなんだ! なんだかうれしいなぁ)
少しテンションが上がる。そして気分が少し良くなったムクは、軽い気持ちで更なる質問をぶつける。
「ぼくはひばりにもとの世界で会えるの!?」
しかし、その質問をしたことをムクはすぐに後悔した。
ヒバリの肩が震える。顔が青く変色する。
それは何かに怯えているようだ。
二の句が継げないのか俯いてしまうヒバリに、ムクは申し訳なさを覚えた。
「あっ、ごめん、へんなこと聞いちゃって。きみをさがそうと思ったわけじゃないから……」
「うん、だ、だいじょうぶだよ……。ちょっと、いやなことを思いだしちゃって……」
顔を上げムクの方に向けたヒバリの顔は、何とか笑顔を作ってはいたもののやはり曇っていた。
「現実世界じゃ、私たちのことをおぼえていて、その、仕事をしているおとうさんたちをねらっておそってくる人たちもいて……。それが……ね」
言葉が段々と細っていき、再びヒバリは俯いた。
(やばい、ヒバリがかなしんでる)
ムクの胸を罪悪感が駆け巡り、思わず頭を抱える。
自分の事はほとんどどうでもいいと思っているが、他人のこととなると悩んでしまう性格のため、人に対してはあまり迷惑をかけたがらない。
それ故に、つい口走ってしまった言葉に苦悶してしまう。
(このままじゃ、ヒバリがおちこんだまんまだ……)
「そ、そういえば、おとうさんは何をしているの?」
話題を変えなければと思い、矢継ぎ早に質問をした。
正直、この質問自体も地雷のような気はするが、とにかく彼が思いついた質問がこれしかなかったのである。
その質問を耳にした瞬間……。
ヒバリは思いっ切り顔を上げ、
「私のおとうさんはね、この世界でわるい人をつかまえるお仕事をしているの! あんまり仕事を見たことはないけどね、とってもカッコいいんだ! 一回くらいムクにも見せてあげたいよ!」
顔色を百八十度変えたのちにこう言った。
さっきまでの暗さが嘘のよう。照り付ける太陽のような笑顔でムクに迫り、嬉々として自らの父のことを語り始めた。
「おとうさんはね、あっという間にはんにんを見つけたら、あっという間につかまえちゃうんだよ。もうね、それだけでほれぼれだよねぇ!」
「ほ……ほれぼれ?」
言葉の意味は分からなかったものの、ムクは思わず胸を撫で下ろした。ともかくヒバリが笑ったため安心したようだ。
同時にこんなことも考える。
(お父さんもこの世界の記憶を持っている「夢残」ということなのかなぁ?)
それ程稀有な存在でもないんじゃないかな、とムクが思ったりしていると……。
「やぁ、お嬢ちゃんたち。こんなところで何してんの?」
頭の上に唐突に影が落ちた。