3.王の器とは
街はずれの山の中に建つ無人の小屋の中。ムクはその場所に潜んでいた。
ここ二日、ヒバリの姿を見かけないことにムクは安堵しつつも、不安を隠すことができなかった。
(あれだけ俺に突っかかっていたのに、急にどうしたんだ?)
それでも監視が付いているのは分かっていたため、捕まえることを諦めたわけではないのだろうとは予測していた。しかし、二日も動きがないことには流石のムクも首をひねる。
(もしかして、現実世界で事故にあったとか、病気にかかったとかじゃないよな?)
不安というのはこれのことである。敵であるはずだが、何故かそんな心配をムクはしていた。
因みに病気をしても意識があればクリム界に飛ばされるため、ムクの心配は基本的に杞憂で終わる。ただし、昏睡状態になると人間界の意識が完全に途切れているためクリム界に来ることが叶わなくなり、可能性は否定できないのもまた事実だ。
閑話休題。
そんな変な心配をしているムクの横で、菱川は仲間たちと連絡を取り合っていた。今どこに監視組がいて、どこを通ると捕まるか等の話を煮詰めている最中だ。ムク達はヒバリが合流しないと手出しができないことを知らないため、それ程大きな障壁にならない監視にも目を光らせている。その為、見つかりにくいような場所を潜伏先として転々とし、現在十一カ所目がこの小屋である。
そしてこの瞬間にも、この小屋は大勢の治安局員たちに監視されており、その内仲間を引き連れて自分を捕らえに来るかもしれない状況である、とムクは勝手に思っている。実際のところは、彼らにも通常業務があり、監視している者はほとんどいないのだが、そんなことを知っている者は誰もいない。
この二日間、ムクを捕まえに来る者がいなかったため、逃げ回りはしたが体力は全開している。体調も万全だ。
(この調子でもっと仲間を増やしていけば、治安統括局を攻め落とせるかもしれないな)
そうすれば、強大な力が手に入るに違いないとムクは自信を持っている。確かに治安統括局を手中に収めれば、治安制御の要を夢人会は失うため、ムクの判断は間違っていない。
しかし、実行に移せるかと言われると、ムクもそれについては難しい顔をしている。ムクの集団の大半は現生人で占められており、夢残は情報提供のみになっている。戦力としては心許ない。他の仲間も戦ってはくれるが、夢残の力の前では現生人の力など無力に近く、一瞬で制圧されてしまう。それでも、彼らのおかげで捕まらずに済んでいることに関しては、心の中で深く感謝している。
なかなか進展しない世界征服に、ムク自身が少し苛立ちを見せ始めていた。腕を組み、顔をしかめ悩み事に傾倒していると、
「ムクさん、誰かがこっちに来るみたいです! 仲間からの情報によると、容姿から恐らくバードかと思われます!」
菱川が小声だが、切羽詰まった声でムクに話し掛ける。
口を真一文字に結び、ムクは更に厳しい顔を見せた。逃げるのも最近では億劫になり、ここらでしっかりと蹴りを付けておきたいと考え、
「お前らは逃げな。俺一人でやる」
そう、菱川に告げた。しかし菱川は納得がいかない様子である。
「何言っているんですか!? 戦うのであれば私も加勢します。他の連中だって喜んで手伝います。だから私も一緒に……」
言葉が途中で途切れる。ムクが菱川の顔の前まで自分の顔を近づけ、人差し指を立て目で威圧していたからだ。流石の菱川も怒られるのを覚悟した。
「俺はな、仲間にした連中が傷つくのをあまり見たくはないんだ。頼むから、俺だけにしてくれ。な?」
しかしムクは怒らない。逆に悲しげな顔でそう呟いた。優しさと厳しさを併せ持つ人の元で働ける嬉しさと、この優しさが仇とならないか心配になる寂しさが、菱川の胸中で渦巻いた。そして、その尊敬する存在にこのような言葉を掛けられると、反論もできなくなるのも分かっていた。菱川は目を伏せ、
「分かりました。気を付けてくださいね」
そう言い残して菱川は歪んで少し重くなったドアを開き、この小屋から脱出した。それを見届けた後、一人取り残されたムクはただひたすらにじっと虚空を見つめていた。
散々な人生の中で今が一番楽しいのは明らかだったが、その楽しさの中心には黒い洞の様なものがある。本来のムクは、破壊衝動と無縁な性格のはずだった。この六年の間に歪みはしたが根本は何も変わらない。彼にとっては今の行動も、単なる憂さ晴らしのつもりだ。実際はあまりこのようなことは好まない質である。
それでも一度言いだしたことであり、慕ってくれる――脅されてそうしているのも含め――仲間も増えた。その者達のために計画を完遂させる。それがムクを動かす原動力だ。もはや自分の復讐はほとんど完了したため、ここ三日くらいは征服計画の遂行を主な行動としている。しかし、この征服計画もなんとも味気なくなってしまい、野望を達成させたい気持ちはあるが心にやる気が起きなかった。
(このままでいいのか俺は?)
そんな自分に自問自答を問いかけた瞬間、足音がした。




