1.互いの苦悩
ヒバリとムク――正確には治安局とムクの一味――が対立するようになって一週間。ヒバリ側から見ると成果は芳しくなく、ムク側の方はまんまと逃げおおせている状況であった。
ヒバリはその後、監視から怒られはしたものの始末書をしっかりと書き上げ、そしてムクを第一級要注意人物という監視対象としては最高レベルのランクとして上層部に似顔絵付きで報告した。そしてその際、彼女は二つの条件を提示した。
一つは、作戦の中心をヒバリに据えること。
もう一つは、見つけ次第ヒバリが合流するまで手を出さないこと。
両方ともヒバリがムクを捕まえるのに、並々ならぬ意欲を見せていることが窺える。しかし、受け取った治安統括局長は怪訝顔をしてヒバリを見た。
『何故、君が合流するまで手を出してはいけないのかね?』
その問い掛けにヒバリは睨めつけるようにして言い放つ。
『私が止めるのです。他の人達の力も借りながらですが、最終的に彼を捕まえるのは私が行います。それに、仲間になっている現生人を万が一巻き込むかもしれません。その対処に当たっていただきたい。更に付け加えれば、力不足の人達が交戦してしまうとやられてしまう可能性があります。ムクは強いです。応戦した私には分かります。だから、私にやらせてください』
その強い意志に局長は気圧され、彼女の申請を飲むことにした。
あれからヒバリはクリム界に来るたびに夢残機で情報を得て、それからムクと何度か交戦した。しかし、彼らはまるで監視していることが分かっているかの如く、不意を突く前に不意を突かれ、落とし穴にはまったり、逃げられたり、違う人物を掴まされたりと散々な結果であった。
一方のムクサイドは、着実に仲間を増やしつつあった。その中には夢残も含まれており、名前を知られてしまったために協力せざるを得ない状況に陥り、必然的にヒバリに嘘の情報を流していたりした。
ムクは勿論、自分の復讐も忘れていない。真名が分かる力を「真実の眼鏡」と名付け、目に付いた名前が分かる人物を片っ端から襲い、仲間に引き入れていく。その数は今や二百人以上にのぼっていた。
彼らを使ってムクは治安局の動向を探り、自分達の作戦を練っていた。作戦はこの一週間において成功を納め、何とか計画を進めている。
しかし肝心の女王は見つけられずにいた。力を使った所で真名しか分からないため、意味がない。捕まえた夢残も誰一人知らなかった。
女王を見つけ倒さない限り、自分はこの世界の王には為りえない。そう考えるムクにとって女王探しは決して蔑ろにしてはいけない重要案件であった。しかし、これだけ探しても見つからないのは少しおかしいと感じ始めてもいる。
――何故見つからない
――他方の仲間たちに聞いても、その居場所が分からないと言っている連中ばかりだ
――もしかして、存在していない架空の人物なのか?
――そうだとしたら、この捜索は無意味に近いぞ
悩みに悩んでいるが、しかし小さな可能性を目指して探していた。腹立たしくはあるがそれしかできないため、逃れた後は監視網の目を掻い潜って捜索に徹する。そしてこの一週間は徒労に終わっているため、夢残たちとの交戦も相まってしまいクリム界での疲弊度は高かった。
――例え見つからなくても、この世界の王者となれば良いことか……
ただ、彼の目から野望の火が消えることはないようである。
所変わって治安局所属のヒバリは、未だに和解の道を模索し続けていた。
(何とかして暴走を止めないと……。でも、説得する材料が足りないんだよね)
ここ最近、何とかあと一歩まで追い詰めているのは確かだった。ムクの顔には焦りを感じないが、少し動きが鈍くなってきている。
クリム界においての体力は、現実世界の比ではないレベルで格段に上昇する。しかし、毎日のように戦闘したり逃げ回っていたりすれば、当然のことながら疲労が溜まり、回復するのも遅くなる。ここ一週間ムクは戦闘を一人で行っており、毎日のように体力を使っているためそれが顕著だ。一方の治安局組は十人単位の編成をローテーションして毎日替えるため、ヒバリ以外の連中の体力は万全で、ヒバリ自身も力をセーブして戦っていることもあってか、体力はあまり削れていない。風はヒバリ側に吹いているのである。
ただ、彼が逃亡を図る時は現生人の仲間が壁となって逃がすため手が出しづらく、そうなった場合は総出で組み伏せるのがやっとである。ヒバリも追いかけるが、逃げ足が異常に速いため捕まえられない。こういったところから、ムクの夢残としての素質は高く評価できる。
いずれは捕まるだろうが、その前に千人単位で仲間を増やされてしまっては、ムクを尊敬していた現生人一派から攻撃を受ける可能性もある。世論を強力な味方に付ける前に、何としてもこの事態の収拾をつけることが目下の課題だ。
現在ヒバリは自分の部屋に帰ってきていた。先ほどの作戦も失敗に終わり、机に肘を立て、顔を乗せ、嘆息をつく。殺した方が早くないか? という意見も出てきているが、それには絶対首を縦に振らないようにしていた。命の恩人の命だけは奪いたくないためだ(ここまで来ると恩人も関係ないのだが)。
今日の報告書をまとめ上げ、一つ伸びをし、そのまま天井に目を向ける。
(ムク、本当に何があったんだろう? やっぱりいじめられていたのかな)
考えたくもないことだが、あの目は人生に絶望した眼だった。それは必然的に現実世界では嫌な目にあってきたということの証明だ。ヒバリはそれが悔しくてたまらなかった。
しかし、まだ希望があることもヒバリ自体は確信していた。それは彼の行動を見ていれば、絶対的なものであることも確証済みである。ただ、あと一歩その材料が足りないのである。
これまでのムクの生き様を想像していると、一つ案が浮かんできた。
(そういえば、あの時の少年は何か知っているだろうか?)
あの時とはムクに久々に会った日のことである。その時、ムクは彼の顔を知っていた。ということは、彼の顔は現実でも一緒ということだろう。そいつなら過去を知っていると思い至った次第だ。しかし、
(名前はなんて言ってたっけ……。えぇっと……)
目を瞑り必死に記憶を掘り起こす。顔は思い出せるが、中々に名前が出てこずヒバリはもどかしくなった。
《神代さん、やっちまえ!》
戦闘シーンの記憶が映った瞬間、それは呼び起こされた。
(そうだ、神代だ!)
脳内が一気に明るくなった気がした。
(名前が分かれば、聞き回ることで知っている人が必ず現れるはず)
ヒバリは何とかなりそうな予感に胸を躍らせた。




