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6.夢残(レフター)の力

 200m行った先に小さな喫茶店があり、三人はそこに入った。三人ともコーヒーを注文し、運ばれてきたところでフォックスが口を開く。

「さてと、何から話せばいいのやら……。とりあえず、今までムク君……でいいのかな?」

「ムクで大丈夫ですよ」

 快活よく答えるムクに、フォックスは頷いた。

「じゃあ、ムク。君はあの後何かあったのかい? 大病を患っていたとか、意識を失っていたとか」

「いえ、そうじゃないですよ。何と言いますか、行こうと思っていたんですけど何かに阻まれて行けなかった感じです」

 その問いは何となく予想していたのか、さらりとした顔でムクは答える。その顔からは偽りの表情を窺い知ることができず、フォックスは腕を組み小さく唸った。

(そんな話は聞いたことないが、本人がそう言うならそうかもしれんなぁ……)

 少し頭を抱え、悩ましく思いつつも嘘をついていない様子では詮索のしようがない。

「ムクと言ったね? 君はじゃあ、なんでこの世界に来ることができたの?」

 澱んだ雰囲気を払拭すべく、鱗が一石を投じた。フォックスも目を向け動向を窺う。ムクは俯いて考え込む素振りを見せ、顔を上げてから言葉を紡いだ。

「それが全然分からないんですよ。なんで急に来ることができたのか、なんでクリム界にいるのか? こちらもさっぱりです」

 表情に嘘を言っている様子はなく、本当に訳が分からないようであった。鱗も顎を押さえ、目を細めて考える。

「僕からも質問いいですか? えぇっと、その、ヒバリは今何しているんですか?」

 この質問により二人の思考が中断され、ムクを見やる顔には動揺が浮かんでいた。ムクが一瞬たじろぐ。周囲を確認し、フォックスが小さく口を開いた。

「ムク、その名前を不用意に口にしてはいけない。この世界であの子は『バード』と呼ばれているんだ。実名で呼ぶと、誰がどこで聞いているか分からないから、頼むよ」

 ムクは理解し頷いた。その動作に満足し、フォックスは安堵の溜息を吐く。

(? 今、笑わなかった?)

 ただ鱗は、口の端をわずかに上げるムクの表情を見逃しはしなかった。しかし、すぐに元の表情へと戻ってしまったため、真意を掴めない。

「チッ」

「⁉」

 思わず舌打ちをした鱗に、フォックスは情けなく驚いてしまった。鱗が気まずそうに咳払いをする。フォックスも乗じて咳をし、改めてムクに向き直る。

「バードなら元気にしているよ、今は謹慎中の身だがね。それより、話とはなんだね? 単なる世間話ならば、ここらあたりで切り上げたいのだが」

 フォックスは単刀直入に聞いた。彼らにも仕事があり、その時間を無駄にしてまでムクのお喋りに付き合っているのだ。急ぎたくなるのも当然である。

 それを思い出したかのようにムクはすっと姿勢を正し、真剣になった眼差しを二人に向ける。

「実はですね、久々にやってきたらこんな力を使えるようになったんですけど……」

 そう言うとムクは目を瞑り右手の平を差し出し、右手に力を籠める。指が少しだけ動いたかと思うと、小さな火の玉が飛び出した。見ていた二人は互いに目を合わせ、周囲を再度確認しフォックスが話しだす。

「それを不用意に使わない方が良いね。その力は私達夢残だけが使うことのできる特殊な力、『LDM』と呼ばれている」

 それからムクはLDMについてのレクチャーを受けた。とりわけ、使える量に限りがあり、限度を超えるとクリム界から現実世界へと引き戻されることを教えられた時は、まるで何事かに納得し眉をしかめて何度も頷いていた。

「大体こんなものかな? 何か聞いておきたいことはある?」

 自分達が持っている機械まで一通りの説明を終えた後、フォックスはムクに尋ねた。ムクは少し目を伏せて、一瞬考えを巡らせてから質問を繰り出す。

「LDMには、その、何か特別な技とかありますか?」

 そういえば、というような顔をしてフォックスが頭を悩ます。ちょっと頼りなくなった先輩をフォローするつもりで、鱗が口を開いた。

「ないこともないってとこかな? 私達は持っていないけど、夢残の中にはさっきの基本的な加護の技の他に『個雑技ワンスフリーテクニカル』っていう特殊な能力を有している人もいるわね。そんなに多くはいないし、持っていると知られたら、大概は持ってない夢残に嫉妬の念から嫌われるけどね」

 ムクは関心を示したのか、小刻みに何度か首を振る。その様子が嬉しかったのかフォックスは額から手を離し、両肘を机に付けてムクに言葉を向けた。

「まぁ、もしくは畏敬の念を抱かれるかだ。そんな能力を持っている奴らは本当に少ないから、もしかしたら神と崇められるかもしれないよ、なんてね……って、どうしたんだい⁉」

 その言葉にムクの目は大きく見開き、身を大きく乗り出す。対面に座っている二人が、一瞬気圧される位に好奇心の波が強くなった。

 ムクは自分の姿に羞恥を覚え、耳が赤くなっていく。そのまま俯き、小さく呟いた。

「す、すみません……。何というか、特殊な能力っていいなぁ、って思いまして。その何と言いますか、自分しか持っていない力に憧れがありまして、ははは……」

 歯切れの悪いものになってしまったのか、引きつった笑いになっている。見ていた二人は互いに目を合わせて、フフッ、と思わず笑ってしまった。

 馬鹿にされたと思ったのか、ムクは顔まで朱を帯び始める。笑い終えた二人はバツが悪そうに顔を背け、フォックスが咳払いをした。

「すまない。君があまりにも年相応な反応を示したから、それがとても楽しくてね。何というか、若いって良いなぁと思ってしまって」

 その顔には、本当にただ優しく見守るお父さんのような表情が浮かんでいた。しかし、言葉を聞いていたムクの顔には、何故か影が落ちていたのに鱗は気付く。

(やっぱり、何か隠している……んだけどな……)

 疑いの目を厳しくしたいものの、横目で見る先輩の普段は見ない表情に気圧されてしまい、何となく睨みを利かしづらくなった鱗は、その場の雰囲気に流されることにした。

「そうだ、ムク。君も私達と共に行動しない? これからこのクリム界の治安維持や安定のために、一緒に働いてくれるとありがたいな」

 ただし流されながらも、彼を監視するという密かな名目で鱗はこの提案を繰り出した。こうすることで、乗ってもこちらの目があるため大っぴらなことは出来ないし、断れば何か裏の事情があることを考慮し、逆に監視対象にすることが可能となる。

「私としては、君が協力してくれると色々と助かるから、入って欲しいなぁ」

 ニコッと笑って見せると、ムクが分かりやすくたじろいだ。恐らく、こちらの意図に気付いているのだろう。もうひと押しと感じ、鱗は更に説得――脅迫ともいえる――を試みた。

「先輩やバードとも仕事ができるんだし、先輩もその方が良いですよね?」

 そう言うと笑顔でフォックスの方を向く。少し迷いを見せたがすぐに思い直し、フォックスは鱗の方を向き、

「バカ野郎」

 と優しい声とは裏腹の罵声と共に、軽くチョップした。

「えぇ⁉ なんでですか⁉ なんでバカ野郎なんですか⁉」

 鱗は、自分のプランに賛同してくれなかった先輩に反論した。その瞳にはクエスチョンマークが敷き詰められている。

「私はそう言った事をあまり強制したくはない。自分の意志で入りたいと言って来たら考えるが、そうでない場合は強制した方を怒るのが当然だろう」

 厳しい声が発せられると同時に、その声の中には少し落胆の色も見えていた。

 見透かされていたかと鱗は思い、これ以上の追求を諦めることにした。

「という訳で私の連れがすまないことをしたな。でも、君が入ってくれるのであれば、私はいつでも大歓迎だよ」

 そうしてフォックスは、ムクに優しく微笑みかける。しかし、この時のムクの顔は喜びというよりも安堵の表情が浮かんでいた。フォックスもこれには気が付いたが、

「そうです。もう一つ気になることを聞いても良いですか。この世界を治めている王様みたいな人はいます?」

 この質問で彼らの疑念に満ちた思考は打ち切られてしまった。

「あぁ、えぇっとね。確かにこの世界には女王がいるのは間違いないわ」

 ムクに思考を読み取らせないよう、慌ただしく鱗がその質問に答える。

「ただ、居場所や正体はもっと上の上層部以外は知らされていないのよ。お役に立てなくてごめんなさいね」

 その答えを聞き、ムクはこれまでで一番の落胆の色を見せる。これが一番聞きたかったことと知り、二人は少しほっとした。

 しかし、それも束の間であった。

「いやぁ、ありがとうございました」

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