4.狐と龍の師弟関係
ヒバリの父ことコードネーム「フォックス」は、懲罰中の娘の代わりに今回の巡回を担当することとなった。いつもは何かあった時の切り札として治安局に滞在することも多く、こういった仕事はもう三年はしていない。しかし、久々に外を歩き回ることができると思い、彼は少し浮足立っていた。
「F先輩、久しぶりだからって浮かれないでくださいね」
隣を歩くのは緑色が少しくすんだ色の鱗を持つトカゲの顔……いやドラゴンの顔を持つ(ドラゴンだと思う理由は頭に二本の角が生えているから)、声からして女性の夢残である。余談ではあるが、「F先輩」とは「FOX先輩」の略となる。
「しょうがないだろ。うちの娘の不祥事とはいえ、こんなに堂々と外に出られるのはやはり気持ちが良いもんなんだからさ」
ふわぁ~、とあくびをしながらそう答えるフォックスに、ドラゴン顔は苦笑混じりにこんな言葉を返した。
「先輩は暢気すぎます。確かに最近は大きな事件も起こらず、治安も安定していますが、だからと言って今日何も起こらないとは限りませんからね」
「分かってる分かってる。流石にそこまで鈍っちゃいない。まぁ、今日はお前のフォローに徹するよ、鱗」
歳相応とは思えない笑顔を作り応えた。その顔を見たドラゴン顔――鱗も呆れた顔をしてはいるが、心中は明るい気持ちであった。彼女にとっても三年ぶりの名コンビ結成は喜ばしいことで、数多の事件や大騒動を解決してきた人と共に行動できるのだ。嬉しくないはずがない。
と、ここでふと鱗はフォックスの発した言葉を反芻する。
「いや、ちょっと待ってください。なんで私が前面で戦うことになっているのですか? 先輩も一緒にお願いしますよ」
「えぇ、俺もう歳なんだけど……。正直、面倒ごとやくどいことはさ、もう娘に押し付けているからどうすればいいか分からんぞ」
尊敬する先輩がおちゃらけて言った事に思わず溜息をついた。
「あのですね。そんなこと言っていられないんですよ。現在バードは、昨日の件につき謹慎中の身。他の人達では抜けた穴を埋められないから、先輩に白羽の矢が立ったという訳です。責任の重さを考えてくださいよ」
ふて腐れてそっぽを向く鱗にフォックスは冗談だと言って笑い、頭に手を置きポンポンとする。
「すまんすまん。俺もお前と組めて嬉しいんだよ。少しくらいは付き合えって」
「む~っ。そういうことでしたら……」
そう言って鱗は引き下がった。相変わらず明後日の方向を向いているが頬は朱を帯びているため、どうやら撫でられていることは満更でもないようである。それにフォックスは思わず笑いそうになる。このようなやり取りから彼は、日々の平穏に感謝をした。
すると突然、フォックスの横を何かが通り過ぎた。思わず身構えたが、確認すると十二、三歳の少年が走り去っていく。
「おい少年! 気を付けんと周りに迷惑をかけるぞ!」
攻撃された様子はないため彼は注意喚起だけに留める。
「はぁい、すみません!」
少年は振り返ることもせず右手を振って返事をし、近くの路地へと入っていった。
それを見ていた鱗は、顔をしかめて少年の行先を見つめる。そして、腰に差した刀の柄に手を掛けてから、
「不届き者ですね。今すぐ処分して構いませんか?」
物騒なことを言い放った。その行動にフォックスは一瞬頭を悩ませ、すぐさま軽く頭にげんこつを落とす。
「アホ。ちょっとぶつかっただけの現生人に何をしようとしとるんだ……。別に怪我をしてるわけではないんだからよ」
フォックスのその言葉に鱗は納得がいかず、腕組みをして首を傾げる。
「F先輩は甘くなられました。そんなことでは、防げた攻撃を受けることになりますよ」
かもなぁ、とフォックスは少し鱗の吐露を肯定した。三年前であればさっきの少年を無理矢理にでも拘束し、二度とこういうことが起きない様に注意をするのだが、ここ最近はそんな危機的状況に陥ることが無く、少し歳も取ったせいか性格がやや丸くなってしまったようだ。
こんなところで先輩の老いを感じてしまった鱗は、少し顔を俯かせる。
(そうだよね……。先輩ももう四十代の後半辺りだろうから、心身ともに衰えていても仕方がないか。……そうよ、ここは私が頑張る番なんだ‼ 先輩に成長したところを見せないと)
嫌な考えは捨てて、もう一度しっかりとフォックスを見つめる。
「先輩、私に任せてください! 先輩の分も私がフォローしますから‼」
しっかりとした笑顔と自信に満ちた目でそう宣言した鱗を、フォックスは笑みをこぼしながら頷き一言付け加えた。
「無い胸を張って答えられてもなぁ」
余計な一言ではあったものの、いつも通りのやり取りに戻ったことで安堵感を覚えたのか、鱗は肩をすくめて、
「あんまりそんなこと言っていると、バードに嫌われますよ」
と皮肉を込めた返答をした。しかし、
「えっ、本当? それはちょっと困るんだけど……」
この言葉は予想以上にフォックスの心に傷をつける形となり、少し表情が暗くなってしまった。
(真剣に悩んでしまうなんて、本当に娘のこと好きなんですね)
鱗は心の底で明るく微笑んだ。こんなやり取りをしていると、
「あっ、お久しぶりです! 覚えていらっしゃいますか?」




