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3.歪な巡り合わせ

                 * * *


「あぁ! 何書けばいいか分からないよ~!」

 とある建物の一室で喚き声が聞こえてきた。外にいる女性監視も何回目か分からない叫び声にうんざりしている。

「もう、ワザとじゃないんだからさぁ、別に書かなくったっていいんじゃないの⁉」

 怒りに任せて右手で思いっ切り机を叩く。ちょっと威力が強かったのか手を押さえて悶絶。目の端に涙を作り、机に突っ伏した。


 その声の持ち主、ヒバリは始末書の作成に頭を悩ませていた。

 昨日の一件で彼女は器物損壊と犯人の取り逃がしを咎められ、枚数三枚にわたる始末書を書けと命令が下り、現在その制作に明け暮れている。更にこの始末所が完成しない限りは一切外での行動をさせない、という制限まで設けられてしまい、ヒバリはますますイライラを募らせていた。

 最も、ヒバリがここまで荒ぶっている理由は別にある。

(早くムクを探しに行かなきゃいけないのに! こんなことしてる場合じゃないのに‼)

 一刻も早くムクを捕まえ、彼の横行を止めたいという気持ちが先走り、それが呻き声に、挙句は叫びにつながっているという訳だ。ヒバリもこれを書きあげないとダメだということは理解しているが、一分一秒がもどかしいため苦悶しているという状態なのである。

 しかしそれ以上にヒバリはとある問題に直面していた。

(どうやってこの事件のことを伝えようか……)

 ムクのことをなるべくであれば秘匿にして、秘密裏に処理をしたいと考えているが、虚偽の報告は夢の規定書(ルールズオブドリーム)に抵触するため下手な嘘がつけない。かといって、本当のことを書いてしまうとムクの存在を気づかれてしまい、色々と面倒なことが起こる。

(もういっそ、名称不明の夢残との戦闘により、って書こうかなぁ)

 一瞬の沈黙が流れた後……。

「んんんにゃああああああぁ‼」

 流石に溜め込みすぎたのか感情が一気に爆発し、これまでで一番の叫喚が出た。

「ちょっとバード! 静かにしてくれない!」

 急な怒号にヒバリは心臓と共に身体も跳ねる。

 振り向くと我慢がならなかったのか、監視がドアを開けて険しい顔と眼つきでヒバリを注意した。

「あっ……、すみません」

 流石に申し訳なくなりヒバリは平身低頭で謝罪した。

「全く、あなたは自分の立場を分かってください。懲罰中の身ですよ。大人しくできないんですか?」

 その言葉にぐうの音も出ないため、ただただ頭を下げるしかなかった。


 それから一時間後。

 ようやくラスト一枚まで書き上げ、もう一息というところまできた。しかし、肝心の集中力が低下し、その一枚を書くのに時間がかかっている。どれ程散漫しているかというと、机に落書きを始めるレベルには切れていた。

 因みに最後に書かなければならない内容は、この件を受けてどう反省したか、そして、次にどう生かすのかというものである。

 何故最後のこの一枚に時間がかかっているのか? それは理由を半分も書けないからである。

 その他の報告書等もそうだが、四十行の原稿用紙が与えられ、与えられた枚数の内一枚を除き他には四十行全てを埋め、最後の一枚は半分の二十行を埋めなければならない。

 ところがヒバリが書く内容は、『自分の認識ミスでした。次はしっかりと逃がさないように気を付けます』だけとなる。どう頑張っても二行が限界だ。

(二枚だったら書き切ったのに……)

 そんな妄想が実現されるはずもなく、ヒバリはうな垂れた。

(ダメだ、一旦休もう)

 そう言って椅子から立ち上がり、窓の外を見る。今日もクリム界は晴天で、小さな犯罪以外は特に何も起こっていない平和な日常が流れていた。こんなにいい天気なのに外へ出してもらえないのは不公平だ、とヒバリは心の中でそう吐露したが、そもそも始末書を終わらせればいいだけの話である。

 お門違いな怒りを持って外の様子を見ていると、ふと下の方に何やらこそこそ動いている影が見えた。目を凝らして観察すると、

「⁉ なんで‼」

 その姿を見て、ヒバリは悲鳴のような声をあげてしまった。しかも声は大きく、外まで届くのは当たり前のことで、

「何かありましたか⁉」

 当然その声に監視が驚き、ドアを勢いよく開け放つ。

「えっ、いや、大丈夫、大丈夫です。あの、ちょっと始末書の中に、単純なミス気づいただけなので……」

「はぁ、そうですか」

 咄嗟のヒバリの嘘に監視は何も疑いを持たず、そのままドアを閉めた。

 ホッとしてもう一度下を見やる。そこには明らかに見知った顔が妙な動きを見せていた。

(な、何やってんのムク⁉)

 そこには、始末書を書かされる羽目となった要因が薮に身を潜めていた。隣には昨日仲間にしていた奴もいる。その姿にヒバリは唖然としてしまった。

 何故こんなところにムクがいるのかというと、理由は至極単純。ここが目的地だからだ。

 そう、今現在ヒバリがいる場所こそがムク達の目的地「治安統括局」なのである。ヒバリは六階建ての四階、その場所に設けられている自分の自室にいるのであった。

 この治安統括局は世界中の夢残及び現生人をまとめる「夢人ゆめびと総括会」、通称:夢人会むじんかいという母体に所属する組織の一つであり、前に話した通りクリム界の治安の維持を任されている。ヒバリが所属している組織は治安統括局日本支部の総司令部と、日本におけるクリム界の治安を総括している。高い階層に部屋があるほど権限や地位が高く、四階に部屋を構えるヒバリはそれなりに地位を築いていると見ていいだろう。ただし、ヒバリにとってはムク探しのついでに事件を解決してきただけのため、あまりこの地位を喜ばしく思っていないのは、本人以外与り知らぬことである。

 そうは言っても結果は結果。本人がどれだけ嫌がろうと、与えられてしまった地位は中々に覆ることが無い。五年で築いた地位を破壊するにはそれこそ反逆でも企まなければいけないであろう。ヒバリにその意志は全くないのでその心配はない、と上層部も誰もが高を括っている程である。

 ただしそれは、ムクが関わらなければの話であるが。

(動こうとしないのは何かを警戒しているからなのか……。恐らくは私だろうけど、何を企んでいるの?)

 そう考えを巡らせつつ、かぶりを振る。

(こんなことしている場合じゃない‼ ムクに話を聴きに行かないと……)

 ヒバリはムクの元へといち早く駆けつけるために立ち上がり、勢いよく扉を蹴破ろうとした。

 がしかし、

「えっ⁉ にゃあっ‼」

 ドタバタした音によって監視に気付かれたのか、扉を思いっ切り開けられたことにより蹴るものがなくなったため、廊下へと転がるように放り出されてしまった。そのまま壁に激突し、頭を抱えるようにして悶え始める。それに対し監視の方も違う意味で頭を抱え、腰に手を当ててヒバリを睨みつけた。

「さっきから何なんですか⁉ 急に暴れたり奇声を発したりと騒がしいですね! いい加減にしないと、独房に放り込みますよ‼」

「うぅっ、すみません……」

 監視に叱られ、流石にヒバリも自分の行動の粗雑さに気付く。一瞬、しゅんと項垂れたため反省したのかと監視もほっとした。しかし、彼女の中にはこの時、悔い改めるという考えがなかった。そして開き直り、目に炎を宿らせて、

「ごめんなさい監視さん、すぐに戻るから‼」

「えっ? ちょっと! どこへ行かれるんですか‼ 始末書は⁉ 懲罰は⁉」

 その声に耳を傾けず、ヒバリは一目散に廊下をかけた。


               * * *


 薮の中からムクは右手で輪っかを作り、人混みを見つめていた。その様子を見ていた菱川は、気になって周りを気にしつつ小声で尋ねる。

「ムクさん、一体何をしていらっしゃるんです?」

「う~ん、ちょっとね……」

 空返事で答えたムクに菱川はますます疑問を感じる。流石にこれでは信頼が揺らぐかと考えたムクは、輪っかから目を外し菱川に顔を向ける。

「実はな、この輪っかから人を見ると、その人の現実世界での名前が分かるんだよ。たぶん俺しか使えないものだろうけど……、ってどうした?」

 そこにはポカーンと口を開けて、言葉を理解していない菱川がいた。

「いえ、現実世界ってどういう意味かと。ここは現実世界じゃないんですか?」

 その質問返しにムクはそうだったと頭を抱えた。

 この世界の住人の内、大半を占める現生人は現実世界の記憶を有していない。故に、二つの世界は彼らにとって両方とも「現実世界」であり、現生人である菱川にもクリム界が現実となるのは必然である。

「いや悪い。なんでもないんだ。ただ、これをすると何か分かるかなぁって思っただけ。忘れてくれや」

 そう言ってムクは手をひらひらさせた。

「了解です」

 それだけを発し、菱川はこれ以上何も言わなかった。ムクもほっとし、また視線を薮の外に向け、輪っかを覗き見ようとした。

 すると、目の前を知った顔が通り過ぎる。

(ん? 確かあの人は)

 目を凝らして見てみると、老いて毛の色が薄くなってはいるが、それでも鋭い眼光、野太い声、くたびれたスーツ姿。その面影をしっかりと残していた。

(ヒバリの親父さんか……。良いかもしれんな)

 そう考えムクはニヤリとする。それを見ていた菱川にとっては、恐ろしい表情に見えた。

(本当にこの人は世界を掌握するかもしれない……)

 それ以上に菱川は、尊敬の眼差しで見る。

 その一方で、

(どうすれば、自然な接触ができるか。怪しまれずに話すことができるか)

 ムクは思考回路を巡らせていた。今飛び出て声を掛けたら、明らかに怪しいのは分かっている。だからと言って、色々と話せるのはこの人しかいない。そんな葛藤を心の中でしていた。

(これが一番いいか……)

「なぁ菱川。ちょっと俺のプランに付き合ってくれるかい?」

「俺で良ければ」

 即答した菱川の目には、どこまでも着いていきますよ、という強い光が湛えられていた。

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