1.現実的変化
現実世界に突然戻されたムクは周囲の状況を確認し、そしてチッと舌打ちをした。
(なんで戻されたんだ? 意味が分からんぞ)
そう考えるのも仕方のないことだ。彼はLDMの存在を知らない。故に、力を使い過ぎたら現実世界に戻されるという法則なんてものを知る由もないのだ。
(仕方ない。また行って誰かから聞けばいいだけの話だろうからな)
ムクは戻されたことについて深く考えることを止め、別のことを考えることにした。
(しかし、まさかヒバリ。また君に会えるなんてね……)
六年前に一度だけ出会った少女。会うまではぼやっとした輪郭だけの記憶だったが、今回の件で鮮明に思い出され、そして上書きされた。
(だからと言って、俺のプランの邪魔はさせないよ。次はこっちだって手段を選ばず倒させてもらう!)
彼にとってもヒバリと話したり行動したりした記憶は残しておきたいのだが、野望を邪魔されたことによりそれらを全て棚上げすることにした。
(さて、それ以上にクリム界をどうやって手中に収めるか)
一度や二度、それどころか何回も邪魔された所で、ムクの気持ちが変わることはなかった。自分の力が分かり、それを用いれば退けられることも分かっている。ならば恐れることは何もない、と自信を持つ。問題は、
(どいつに聞けば、女王の居場所が分かるのかだな)
誰も知らないわけではないだろうと算段をつけ、これからは女王探しを行いながら、仲間を増やす方針を打ち出して、自らのプランニングを終了する。
ふと顔を横に向けるとすっかり外は明るくなっていた。そして夢の世界ではなく、現実に目を向けた彼は自然と溜息をつく。今日も恐らく嫌がらせの数々が行われるであろう、あの魔窟に行かなければいけないと考えるだけでムクの気持ちは憂鬱だった。
(抵抗したいところだけど、多勢に無勢じゃどんな抵抗も意味を成さないだろうなぁ)
それを分かっているだけに尚更、気持ちは深く沈んだ。ただ、行かなかったら行かなかったで両親に心配を掛けさせてしまう、という親思いの一面が不登校という道を選べていないのである。根は優しいため、これはしょうがないことだ。
しかし今日のムクは、ただ暗く沈むだけで終わらなかった。
(まっ、そんな些細なこと関係ないな。別にこの世界だけがすべてじゃないし)
それはクリム界に行って掴んだ自信が、現実世界でも反映されたからである。向こうの世界で好きなことを好きなだけできる。ムクにとっては何とも喜ばしいことであり、
(現実で思い通りにならないなら、夢の世界で思い通りにしてやる)
それがムクの気持ちだった。
学校へ着くと早速、教室内の空気が冷え込む。いつも通りの日常にムクは心の中で肩をすくめ、これまたいつも通り自分の席に向かう。そこには相変わらず罵る言葉が書かれ、不幸の手紙、ゴミなどが散乱していたが、それをあまり気にすることなくせっせと片づけていく。落書きは消せないため放置し、先生が来る前には何とか片づけ切って席に着き、そのまま朝のホームルームに入った。
しかしいつも通りと思っているのはムクだけで、その様子を見ていたクラスの全員が、同じ疑問を抱えていた。
――あいつに一体何があった?――
何故ならいつものムクは顔を俯かせ、暗い目をし、この世に絶望した雰囲気を全身から溢れ出させて、傍から見ても生きているのが不思議な程の状態で学校生活を送っていたからだ。他の生徒が驚くのも当然であろう。
そうとは知らずムクは、ただひたすらに自分にとっていつも通りの中学生ライフを過ごしていた。
ぼっちで勉強し、ぼっちで休み時間を過ごし、ぼっちで飯を食べる。
何もかもが普通の、今まで通りの学校生活。何ら代わり映えしていないのである。
しかし彼にとって一つ、いつも通りではないことがあった。
(黒田の奴、今日は来ていないのか? まぁ、それならそれでいいんだけどさ)
普段であれば昼休み位にムクの元を訪れて、カツアゲを要求するのだが今日は来ていないのである。ある意味普通じゃない出来事に驚きはするものの、少しは平和に過ごせると分かり、その後は気にすることが無かった。
だからと言って何もされない訳ではない。放課後、部活へ向かおうとするムクの目の前に三人組が立ちはだかった。
「面貸せ」
こうしてムクは校舎の裏へと連れて行かれる。この三人はいつも黒田と行動を共にし、ムクにちょっかいを出してくる連中で、その要件は勿論、
「おい名守、ちょっくら金貸せや」
「俺たち友達だろ? 金に困っている友達に貸すのは当然だよな?」
カツアゲである。ムクはふ~んといった表情で三人を見回した。
その態度に三人組は少しムッとくる。
「なんだ? ジロジロ見てんじゃねぇよ」
真ん中にいるロン毛長身の奴がそう啖呵を切ってきた。しかし、ムクはそんなことはどうでもいいと思い、とある疑問を発した。
「あんたら、黒田はどうした? 珍しく見かけないけど」
その問いに三人は目を合わせ、左にいた坊主頭の小柄な奴が答えた。
「なんでてめぇがそんなこと気にしてんのか知らんけど、黒田は今日は休みだってよ」
(へぇ、珍しいこともあるもんだ)
黒田は休まないことで有名だ。熱を出そうが関係なくやってくるため一部からは「タフガイ黒田」と呼ばれてもいる。また、不良のような感じだが授業は真面目に受け、成績は可もなく不可もなく大体中間を維持している。学校生活も充実しているのだが、如何せんムクいじめを止めようとしないため、ムクは黒田のことが嫌いだった。
その事情を知っているからこそ、三人組はその問いに驚いたのだ。しかし、そんな感情はすぐに捨て、本来の目的を思い出し、
「んなことどうだって良いだろうが! 痛めつけられたくなかったら、さっさと金出せ‼」
右の金髪がムクを脅しに掛かる。こうすればムクは怯み、簡単に財布を出してくれるため、この方法をとった。しかし、
「はいよ。これで良いかい?」
昨日までのムクだったら怖々とお財布を取り出し、最終的には引っ手繰られるようにしてお金を取られていたが、まるで慣れた手つきのように財布を取り出し、そして堂々とお札を渡す。その態度に三人は困惑……
――いつもの名守じゃない。誰だこいつは?――
いや、恐怖した。何か企んでいるのかと訝しんでしまうくらい、昨日と態度が違うのだ。
「あ、あぁ……。大丈夫…………か?」
一瞬の戸惑いの後、思わずロン毛がそう尋ねてしまった。
「うん? 何が?」
いつもと同じ調子(だと思っている)のムクからしたら、それは当然の疑問である。
「いや、なんでもない」
思わず三人はムクから目を逸らした。
そして、ムクのお札を逆に怖々と受け取り、三人はその場をそそくさと後にした。その後ろ姿をムクは、首を傾げて見送った。
この日の部活もいつもより早く着いたとはいえ、やはり遅刻してしまった。当然ではあるが先輩やコーチ達から一人だけ別メニューを言い渡され、一人黙々とそれに励む。その様子を観察していた連中からも、ムクは疑問の眼差しを向けられていた。それでもムクは人の目など気にせず、本当に黙々とメニューをこなしていた。
そして全員が結論付けた答えが、
――開き直ったか――
ということである。
ムクは勿論、開き直ってなどいない。寧ろ、教室の雰囲気を察している時やカツアゲされている時も、
(まだこんなことやってんのかよ。めんどくせえな……)
と内心で罵っていた。開き直るどころか、ウザそうに、そして呆れたように彼らを見ていたのである。また、
(お前ら、クリム界で見つけたら覚悟しとけよ!)
とも思っていたので、前の方が開き直っていたのではないのだろうかという感じだ。
ムクは今日もへとへとになって帰りつき、流石に練習メニューが大変なものだったのか夕食をたらふく平らげ、ゆっくりと風呂に浸かり、宿題を終わらせて眠りについた。
疑問に思った人も多いと思う。ほとんど昨日と変わらない状況のはずなのに、全く違う動きをしているのだ。それは何か生きる目標を見つけたのか、はたまた別のところでの憂さ晴らしが効いたのか。これはムクにも分からなかった。




