5.失った時
その後もムクは片っ端から、現実世界で自分をいじめている奴の名前を見つけては、攻撃を仕掛けて仲間にするということを繰り返し、その数は総勢三十人に上った。
二時間ほど活動したところで、ムクはすっかり右腕となっていた菱川へあることを尋ねた。
「なぁ菱川。この世界の頂点に立つには、どうすればいいんだ?」
そう聞かれた菱川は、下手なものを返すと逆鱗に触れかねないと考え、上擦った声ながらこう答えた。
「この世界は一人の女王によって統一されております。名前と場所は申し訳ありませんが分かりません。しかし、その女王を倒せば、恐らく王になれるかと……」
「なるほど」
(そいつを倒せば、この世界は俺のものになるのか)
期待した答えではなかったものの、ムクは悪くない情報として心に留め置くことにして、また仲間を増やそうと考えた時、
「ムク!! あなた何やっているの!!」
その声は路地中に響いた。
ムクは声のした方向を振り返る。そこにいたのはもう輪郭ぐらいしか分からなくなっていたが、その面影を残した少女であった。
「君はまさか、ヒバリかい? 随分と大人びたな」
ムクはほとんど確信を持って、言葉を投げかけた。
これ以上は見ていられないと飛び出してきたのは、六年前にムクが助け友達になった少女であった。
* * *
ムクの応答には答えず、ヒバリは真っ直ぐに見つめて言葉を放つ。
「あなたのやっていることは、この私『バード』が全て見届けた! 夢乃規定書に従い、あなたを拘束することをここに宣言する!!」
「夢乃規定書」とはこの世界の治安や秩序を守るために定められた、いわゆるクリム界式の法律のことである。この規定に反したものは現生人も夢残も関係なく厳しく処罰され、最悪の場合、この世界から存在を消されてしまう。そしてムクの犯した罪は、「無差別傷害罪」という比較的に重いものであった。
威勢よく宣誓したは良いものの、ヒバリの内心は様々なものがないまぜとなっていた。怒りと悲しみ、悔しさと寂しさ、そして喪失感。会えた時に感じた喜びもまだ心には残っているが、それ以上に今のムクの現状に対する感情の方が勝っていた。
(本当はこんなことしたくない……。だけど、このままじゃやっぱりムクがダメになってしまう。最悪は……、ううん、やっぱりそれだけはイヤだ。絶対にヤダ!)
それがヒバリの出した答え。今ならまだ軽い処分で済むと考えた彼女は、自らの力でムクを捕まえ、治安局に突き出すことを決心したのである。
しかしムクは溜息をつき、ヒバリを睨みつける。
「な、何よ?」
「なぁ、バードだかなんだか知らないけどさ、俺を捕まえるだって? 冗談はその名前だけにしてくれ。本当にそんなことができるのか?」
ヒバリは少しムッとしたが、ここで激情に流されてはいけないと思い、しっかりとムクを見つめる。
「もしこの場で自らの行いを懺悔し、これから先二度と同じ行為を繰り返さないと誓うならば、今までの件を不問にしよう。抵抗を見せるならあらゆる手段を用いて拘束する!」
ムクはそれでも目を逸らすことをしない。寧ろ真っ直ぐにヒバリと向かい合い、怖気づく様子もなく見つめ返す。すると横にいた菱川が怯えていることに気付いた。
「おい、菱川どうした? なんで怯えているんだ」
「ムクさん知らないんですか⁉ 治安局のバードと言ったら、検挙率ほぼ百%の凄腕のガーディアン『万屋のバード』ですよ! 見つかったら逃走不可能、それが彼女です!!」
ふぅんとムクは思った。この様子だとそれは本当らしく、捕まえるというのも出来ないことではないということを理解した。
「それで、凄腕さんになった君は何の為に俺を捕まえるんだい?」
だからと言って、今更態度を改める気もないようである。
「それは勿論、治安維持のためよ。私にはこの世界の治安を守る義務があるからね」
この言葉は嘘ではないが、今回の場合は当てはまらない。何故ならヒバリは私情で動いているからだ。
その言葉を聞いてムクは肩をすくめる。
「何が納得いかなかったの?」
「いや、もっと個人的な事かと思ったんだけど、違うのかと思ってね。てっきり俺を説得しに来たのかなぁ、と」
ヒバリは図星を突かれ一瞬息が止まる。それを見てムクはニヤリと笑顔を返した。
「だから何? あなたを捕まえなければいけないのは確実なこと。このまま放置しておくのは私的にも公的にも問題だから、絶対に捕まえる!」
そう言い放ち、ヒバリはムクに向かって攻撃を仕掛けに行く。それを待っていたかのようにムクは反撃の構えを取る。両者が交錯しようとしたその瞬間、
「風の加護よ! 汝の友として我に力を授けよ!」
ヒバリが何かを唱えた。何かしら嫌な予感を感じたムクは寸前のところでガードの態勢に入る。
しかしその行動は無意味に等しい。ムクの周りの風が渦を巻き始め、体が宙に浮く。
「な、なんだこれ⁉」
圧倒的な力の差になす術がなかった。そのまま後ろへとひっくり返り、背中から地面へ落ちる。
「つうっ!」
得体の知れない攻撃にムクは怖気づきかけたが、ここで引いては自らの計画を遂行できないと覚悟を決め、再び対峙する。




