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詩集 ―Migratory Bird―

100円のコーヒー


100円のコーヒーを飲んだことがあるだろうか。

最近コンビニなどで見かける、ワンコインで買えるコーヒーのことだ。


その安さと手軽さにもかかわらず、一丁前に挽きたてを味わえるという利点によって爆発的に普及していった。

味のクオリティも、最近のものは専門店に勝るとも劣らないところまで上がってきている。

朝ちょっと飲みたい時やランチタイムの休憩がてらに利用することも多く、今では幅広い年齢層に支持されてきているのだ。

そんな100円のコーヒーは、恐らく日本で最も安く手に入る本格的なコーヒーになるだろう。


では、そのコーヒーは本当に100円分の価値しかないのだろうか。


コーヒーとはそもそも、中南米やアフリカ等の熱低地域で主に栽培されている。

中には未だに民族同士の争いをしている国や、貧困に苦しむ人々が多い国も多数ある。

そんな国々のなかで、特に標高が高い地域でコーヒーの木は栽培されているのだ。

標高が高ければ当然寒暖差も激しく、また空気が平地より薄いため行動にも制限が付いていく。


そんな厳しい気候の中で育ったコーヒーの実は、現地の農家の手によって1つ1つ丁寧に収穫されている。

機械を使わず未だに手摘みにこだわるのは、豆の品質保持以外にも収穫に際し機械を通しにくいという理由もあるのだ。

そうやって収穫された実は、実に様々な方法で処理をかけられる。

あるものは実が付いたまま天日に晒し、あるものは水洗機で実と種を分離させてから天日干しをし、あるものは動物のフンの中から取り出される。

特に水洗式はその処理に要する施設の規模が大きいため手間と時間、そして廃水の処理などの問題を抱えながらも生産している。


こんなに大変な事をしている現地の人々は、実はコーヒーを飲んだことが無い人が多いことを知っているだろうか。

自分たちが育てているものが、一体何になるのかを知らずに育てているのだ。

さらに、広大な面積に植えられているコーヒーを小さな農家が手間暇かけて育てても、その賃金はたった数円から数十円にしかならない。

その理由のひとつが、100円のコーヒーなのだ。

原因として挙げられるのは、各国のバイヤーがいかに高品質なものを低価格で買い付けが出来るかを競いあっているために、現地の人々は自分たちの生活のためにより高品質・低価格で豆を売らなければならなくなっていることがある。


処理をかけられたコーヒー豆は生豆(きまめ・なままめ)と呼ばれ、麻袋や樽に入れられて空や海を通り世界各国に送られる。

そうして日本に輸入されたものはそこから各地に運ばれ、各焙煎士の元にたどり着いた豆は熟練の技術と確かな知識の元で焙煎されるのだ。

焙煎は約200度の高温で行われることが多く、その日の気候や温度湿度、豆の状態によって細かく温度調節をしなければならない。

それも、季節問わず顧客からの注文があれば絶えず焙煎し続けなければならないため、非常に厳しい仕事でもある。

体力、気力共に強靭でなければ焙煎士は務まらにだろう。


そうしてやっと、私達がよく知るあのコーヒー豆が出来上がる。

それを専門のバイヤーが買い付けをし、各お店にて量り売りやドリンクになっているのだ。

特に専門店では、バリスタと呼ばれるコーヒーのプロが吟味した豆を使い、コーヒーの淹れ方1つ1つにこだわって淹れてくれる。

豆の良さを最大限に引き出したコーヒーは、家で飲むインスタントものとは雲泥の差があるだろう。


私達が普段よく飲むコーヒーとは、そういった背景の元に出来上がっているのだ。


さて、話を最初に戻すが、今ここにコンビニで買った100円のコーヒーがあるとする。

果たして、本当に100円の分だけの価値しかないのかどうか考えてみてほしい。

1杯約60粒ほどで出来ているこのコーヒーに、100円という値段を付けているのは一体誰なのか。


音楽家で有名なベートーベンは、コーヒーを淹れる時に豆の数をキッチリ数えたそうだ。

残っている記録によれば、正確に60粒数えたと言われている。

コーヒーの実の中に種は2粒入っていることから、60粒の豆を手に入れるにはおおよそ30回実を摘まなければならない。

そして、摘み取ったもの全てがコーヒーになるわけではない。

中には未成熟や腐ったもの、虫に食べられたものや病気なものまで商品価値のないものが多数入り混じっている。

それをピッキングという方法で、1つ1つ目視で確認しながら手作業で取り除いていくのだ。


栽培、収穫、下処理、輸送、焙煎、抽出、これらすべてに掛かる時間と費用はとても計算しきれない。

それがたった100円で買えてしまう現代のコーヒー事情を、あなたはどう考えているだろうか。


もしできるなら、今からコンビニで100円のコーヒーを買ってみてほしい。

そして飲んだ時、是非その味を確かめてみてほしい。

苦味、酸味、甘味、旨味等の物理的な味がするだろうか。

それとも、生産から今口の中に入るまでにかかった時間と手間と思いが詰まった複雑な味がするだろうか。

それは多分、飲んだ人それぞれだと思う。

でもきっと、そうして色々な味を探したコーヒーの価値は100円では収まりきらなくなるのではないだろうか。


100円のコーヒーは手軽で美味しい。

しかし、その背景には数多くの人々がかかわっていることをどうか忘れないでほしい。

100円という価値だけに収まる物かどうか、もう一度よく考えてほしい。


これを読みながらそのコーヒーを飲み終えるとき、最後の一滴にはきっと何か特別な味がすることだろう。

それがどんな味なのか、私は楽しみで仕方ない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 辛かった時期に毎朝飲んでいた缶コーヒーのことを思い出しました。 コーヒーは喋りませんが、いつも自分を励ましてくれました。 缶コーヒーをまた飲みたくなりました。 本当にありがとうございます…
[良い点] いつもより苦く感じました。ビターチョコレートよりも苦い、どこか炭のようなフレーバー……。胸に焼き付き、咽につまるような苦さです。いつも以上に味わい深い一杯でした。 [一言] コーヒーだけで…
[良い点] この作品を読みながら飲んでみました。……コンビニのでは無く、インスタントですが。 普段何気無く飲んで居る味とは、また違う味のように感じてきて、不思議な感慨を覚えました。 [一言] どうも、…
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