悪食の国のアリシュ
昔々、あるヨーロッパの街の片隅にアリシュと言う野生児が住んでおりました。アリスではありません。アリシュです。
アリシュは容姿こそとても愛らしく、高級なビスクドールのようでした。しかし幼い頃から野山を駆け巡って熊や猪と死闘を繰り広げては、その辺りにいる生き物をとって喰うという生活を送っていました。街に住む今でも蛙や蛇、イモリ)、果ては芋虫まで食らうのです。また、そんな暮らしが長かったせいで、ベニテングダケだろうとスベスベマンジュウガニだろうとトラフグの肝臓だろうと、全て消化吸収してしまう鋼鉄の胃袋を誇っておりました。
これは、そんな悪食アリシュの冒険物語。
悪食の国のアリシュ
その日もアリシュはヤモリの丸焼きを食べて一休み
ぽかぽか陽気で アリシュも思わず うたた寝しそうになってしまう
そんなアリシュのすぐ横を 一羽の兎が駈けてった
燕尾服に眼鏡を掛けて 手には懐中時計を携えて 「急がなくちゃ 急がなくちゃ」と呟いている
しかしアリシュは 兎の擬人化お構いなし
今のアリシュに 兎は好物である ミートパイにしか見えてなかった
「待たんかいコラ 白兎!!」
アリシュは愛らしい顔からは思いも及ばぬ粗雑な言葉を投げ掛けて
アフリカでチーターに勝った事のある 黄金の脚で追い掛けた
されどやはり草食動物
獅子の如く追い掛けてくるアリシュに気付くと 一目散に駆けだした
そして突き当たりにあった 木の根の間の 穴に飛び込んだ
アリシュもまるで 野球選手の如く 滑り込むように 穴に飛び込んだ
それがアリシュの 冒険の始まり
アリシュが着地したところは 長い長い廊下のはじまり
アリシュは兎が駆けてく影を見て 木の葉のクッション散らして駆けだした
廊下の奥の奥まで走って行くと 広い部屋に飛び出した
そこに既に兎はおらず
代わりに小さな扉があった
アリシュは扉をこじ開けようとした だがちっとも開かない
それに アリシュじゃ仮に開いても 狭くて通れないだろう
そこで取っ手が勝手に喋った 「机の上の 鍵をお使い」
「通れなかったらジュースをお飲み 小さくなれるから」
しかしアリシュは聴いてなかった
アリシュは 「仕方ないな」と呟きながら 何メートルも後ろに下がり
猛烈ダッシュで助走して なんと壁を蹴り壊した!
取っ手は知らなかった アリシュがとても短慮な子供と言う事を
哀れ取っ手は断末魔 アリシュは構わず駆けてった
壊した壁の向こうは森の道
アリシュはちょっと途方に暮れた
「兎はどこに行ったんだろう?」
しかしアリシュのほんの逡巡 一瞬だけ
「道が1本しかないからきっと真っ直ぐだ!」
アリシュは所詮幼い少女 物事を深く考える事を知らなかった
アリシュが立ってた傍の木の上で 三日月笑いのチェシャ猫が 苦笑した
「一言くらい助言させろよ それしかやることないんだし」
しばらく走ると一軒家
そこでアリシュは 兎を発見
兎もアリシュの姿を認めると 家の中に飛び込んだ
「こら待て兎!」
アリシュも直ぐに家の中に飛び込んだ
しかしアリシュは中々兎を見つけられない
いる訳無いと思いながら アリシュはどこかの部屋の 箪笥を漁った
その中にあったキャンディー舐めたら あらあら不思議
アリシュは家が壊れそうな程大きくなった
「きつい きつい きつい!」
アリシュは慌てて暴れ回る 実は兎はとっくに外に飛び出していて 召使いのトカゲのビルに命じてる
「ビル ビル!家の中に私を食おうとする化け物がいる! お前が中に入って 退治してくれ!!」
「ええ!? 嫌ですよ 私だって死にたくない!」
「いいから行くんだ これは命令だ!」
意外に横暴白兎 ビルは槍を携えて 煙突からするりと入りこんだ
勿論アリシュは黙っちゃいない
アリシュは狭いながらも なんとか家の中でビルを捕まえると
ぱっくり一口 食べてしまった
「トカゲの踊り食いは 悪くないわね」
アリシュが槍を放り投げると 兎の近くで 地面に突き刺さった
兎は心底驚いて 「ひゃああああ」叫んで 逐電した
「あ こら 兎!」
アリシュが追いかけようとしても アリシュの体がうまく動かない
かと思えば どんどん体は小さくなってった
みるみる小さくなってって 終いにゃ元より もっと小さい8センチ
アリシュが外に飛び出した時 兎は既に 逃げていた
「くそっ 逃げられた!こうなりゃ意地だ 絶対食べてやる!」
アリシュが兎の跡を追ってると キノコに座った 芋虫を見た
奇妙な事に芋虫は とっても長い水煙管を吸っていた
アリシュは 芋虫が何か見たかも知れないと 歩み寄って尋ねてみた
「芋虫 芋虫 兎を見なかった?」
「いいや何も見てないよ」
アリシュはそれを聞いて立ち去りかけたが
ふと歩みを止めて また戻って来た
「ところで何か 食べるもの持ってない?」
芋虫は 面倒そうに 自分の座るキノコを示した
「このキノコが食えるぞ 食べて御覧 ただしそのあとの事は保障しない
ってもう食べてる!?」
アリシュは芋虫の話も聞かずに キノコをむしゃむしゃ食べていた
途端にアリシュは 高い高い木の背丈を軽々越えた
アリシュは木を折りながら 無理矢理しゃがみこみ
野太い大きな轟く声で 芋虫に怒鳴った
「何よこれ! どうやったら元に戻るの?!」
「キノコの茎を食べれば小さくなる! だからその大声は やめてくれ!」
アリシュは芋虫転がり落して キノコをもぐと茎をぼりぼり頬張った
するとまたもや小さくなり ようやく元の大きさに
アリシュは彼女の危険性に気付き 逃げようとした芋虫つまんだ
アリシュはじたばた暴れる芋虫 じっと見たあと 呟いた
「確か芋虫 食えるよね」
それが芋虫 この世で最期に聞いた言葉
哀れ芋虫 蝶になれずに アリシュの胃腸で溶かされた
その後アリシュが走っていると 何やらとても良い香り
アリシュがふらふら歩いていくと
三月兎と帽子屋が たった2人でめでたそうにパーティー開いてた
アリシュは近付き 尋ねてみた
「今は何のパーティーやってるの?」
アリシュが訊くと帽子屋が答えた
「今日がなんでもない日だからさ! さあ君も一緒に祝おうよ!」
アリシュは2人だけの乱痴気パーティーしばらく見ていたが
食欲優先 アリシュは騒ぐ2人を放って置いて
紅茶のポットの蓋を開け 一気に全部飲み干して
3段トレイの サンドイッチもスコーンもケーキも下から順に まるっと全て平らげた
そしてそれに気付かぬ帽子屋 三月兎を放って置いて アリシュはさっさと立ち去った
アリシュはさすがに 少し疲れた
「一体兎は どこにいるんだろう?」
アリシュが一先ず休もうと 近くの木の下 座ろうとした時
そこに扉が あるのに気付いた
「何でこんな所に 扉があるの?」
アリシュは不思議に思ったが 特に迷わず アリシュは扉を開けた
扉を開いた先はまた森の道
アリシュがきょろきょろしながら歩いていると 開いた庭園に出た
見えてきたのは薔薇の咲いた木 トランプの庭師達
庭師達は 白い薔薇をペンキで赤に塗り替えていた
「何で赤に塗り替えてるの? 白薔薇も綺麗なのに」
庭師達はいった 「女王様が赤薔薇がお好きだからです
でも間違えて 白薔薇の木を植えてしまったのです
知られたら 首をちょん切られてしまう!」
アリシュは庭師達の嘆きを聞いて 直ぐに思いついた方法を実行した
アリシュは白い薔薇を毟り取り むしゃむしゃ むしゃむしゃ 食べだしたのだ
驚く庭師に アリシュは事も無げに言ったのだ
「私が全部食べちゃうよ それで万事解決でしょ?」
思わず唖然と庭師が見ていると 後ろから女性の怒声がした
「そこのお前! 何者じゃ?!」
アリシュが慌てて白薔薇口に詰め込み 振り向くと
ハートの女王と 女王より小さいハートの王が そこにいた
しかしアリシュは彼らより 其の足元にいて ラッパを吹いてるものの方に眼がいった
捜し求めたミートパイ もとい 白兎
アリシュは全く女王達を見ずに 白兎に駆け寄ろうとした
「やっと見つけた白兎! さぁ食べさせて!! 美味しく料理してあげるから!!」
「ひゃああああ!」
アリシュが追いかけて来たところで ハートの女王は 逃げようとした兎を捕まえ
突進して来るアリシュを 右手で制した
「小さき者 妾のペットに何用じゃ?」
「私はアリシュ その白兎をミートパイにしたくて追いかけてきたの」
アリシュの言葉を聴いた女王は 「んまあ」と声を一つあげた
「妾の可愛い兎を食べるですって?! 冗談ではないわ!」
「どうしても駄目?」
「駄目に決まっているであろう!」
アリシュは其れを聴くと 暫く首を傾げてた
そして ぽん と拳で掌叩いてみせると
ひとつにやりと笑って 提案した
「それだったら 此処で1つ勝負をしよう
どちらかが『まいった』と言ったら負けの がちんこ1本勝負……
殴り合いと行こうじゃないか」
「クロッケーではなく殴り合いとな! しかし面白い 受けて立とう」
アリシュの提案 なんとあっさり女王自身が請け負った
兎と杖と上着を兵に渡してしまうと
女王とアリシュの 後に伝説となる 5時間に及ぶ死闘が繰り広げられた
5時間後に歓声を受けながらリングに立っていたのはエプロンドレスの少女だった
「よくぞ女王を倒した アリシュとやら」
アリシュと女王の戦いが終った時 それれまで黙っていた王が言った
アリシュが見ると 王が杖と王冠を兵に渡して アリシュの前に現れた
王が不敵に 笑いながら言った
「あの者は 嫁いで来た時から態度がでかく 私に政治を執らせんかった
しかしいなくなった今 私が王だ
真の王になる為には お前を倒す必要がある
アリシュ 私と勝負し」
王は最後まで話せなかった
途中でアリシュが 王を殴ったからだ
あっさり王は 肥え太った体を地面に転がし やがて動かなくなった
所詮王も 単なる中年男 「千獣の王」と称された アリシュの敵では無かったのだ
「なんだ弱いね 5歳の時のツキノワグマの方がもっと強かったよ」
これを見た兵隊は 咄嗟に頭の中で判断した
(このままでは 自分達も殺される!)
そして兵は アリシュに平伏した
「アリシュ様! 貴女様こそ この国の王です!」
そしてアリシュは 不思議の国の女王になりおおせた
最初は気乗りしなかったアリシュも 毎日たくさん美味しいものを食べられるので
今ではちゃんと女王を務める
しかしその後も 虫やら何やら ゲテモノばかりを食べたので
その悪食ぶりから やがて国は
「不思議の国」から 「悪食の国」と呼ばれるようになった
そして白兎はというと
「アリシュ アリシュ 起きなさい もう夕方ですよ」
アリシュは 姉の呼び声で 自分が眠っていた事を知った
青い眼を開いて見れば 姉の顔
アリシュはむっくり起き上がり 体の上の 木の葉を払った
アリシュは姉の後をついて行った
「ねえねえ 今ね 凄く面白い夢を見たんだよ!」
「そう 良かったわね それは夕食の時にでも話して頂戴」
「あ そうだ 今日のご飯何?」
「ああ 今日は兎のミートパイだそうよ」
「……え?」
さて 今日の夕食と 夢の中のミートパイ
関わりの程は 神のみぞ知る
End.