兵士の話
「不死になる術を教えていただけないだろうか?」
くすんだ鉄の鎧を身にまとった、汗臭い男が少女に詰め寄っている。少女は眉1つ動かさずに紅茶をすする
「ダメよ」
男は眉を顰め、泣きそうな顔をしながら少女に頭を下げる。少女はため息を吐きながら男に語りかける。
「聞いてあげるわ、貴方の不死の理由を」
***
男は自分の生まれが分からなかった。薄暗いスラムに捨てられ、薄汚い者達に育てられた。
他の住民は皆、法に触れるような生活を送っていたが、男は違っていた。
“生きるためとはいえ、法を犯していいわけがない”
スラムで生きるために必須の汚れを男は受け入れようとしなかったのだ。
男は残飯を漁り生き延びた。盗みをしない、人を襲うこともない男が生き延びるには他に道は無かった。
そして男は兵士に憧れ、鍛錬を怠ることは無かった。
「おい、お前の腕っぷしをかって1つ頼みがあるんだけどよ…」
男の腕を利用しようと近づく者は多かったが、男はそれを上手くかわし続けた。
男には法を破る事が出来なかった。
兵に憧れた男は、志願兵となり国に仕えた。真っ当に生き、真っ当な職についた男をあるものは羨み、あるものは憎んだ。しかし男はその言葉を気に留める事も無かった。
男は自分の正義だけを考えつづけたのだ。
しかし、そんな男でも不満を持つことはあった。生まれで判断され、出世の道が閉ざされているということだった。
「あいつは裏切るだろう」
そう言われて男は最も下の位から抜け出せずに居たのだ。
それでも男は正義を信じ、正義に生きているというだけで誰にも不満を漏らさずに戦い続けた。
そんな中での事だった。
隣接する小国との戦争が始まったのである。
彼の属する国は大国で、領地も軍事力も文化も他の国よりも優っていた。しかしその小国はただ農村が広がるばかりで、軍隊と呼べるものは存在せず、もし戦と慣れば戦うのは農民になるだろう。
その国では王すら畑仕事をすると聞く。そんな国が大国と戦争をする理由が男には分からなかった。
男はあくまで末端の、道具として使われる身。戦をするという情報しか知ることは出来なかった。しかし男は偶然耳にしてしまったのだ。
“この度の戦ほど楽な戦も無いでしょう。なんせ彼の国はこちらが攻めるという事を知らないのですから”
その瞬間、男の中の正義が悪へと一瞬で姿を変えてしまった。
(何も知らぬ小国を攻めこむとは、それは戦ではなくただの略奪ではないか)
***
「俺は、戦いたいのだ。不死の身体となり、この身1つで王国と戦いたい。あの国こそが私が最も憎む悪なのだ!…頼む、不死の身を…」
「ダメよ、不死の法を貴方に渡すわけにはいかないわね」
男の声を遮るように、少女は言った。
「だが、それでは私の正義はかなわないのだ!」
「誰かの正義は、誰かの犠牲なのよ。月並みだけどね。」
男は意外にも簡単に諦めたようで、少女の言葉を聞いて素直に館から立ち去った。
少女の肩に青い鳥が止まる。
***
「知ってますか?遠く東の国で、たった一人で王国に謀反を起こそうとした男が居たらしいですよ」
細い目をした優男が少女ににこやかな笑みを浮かべながら話しかける
「へぇ、一人でね」
少女は微笑みながら紅茶を一口すする
「スラム出身の男だったそうです。まぁ、生まれで人を決めるなとはイイますが…僕はそうは思いませんね。結局あの男も生まれで決まっていたのでしょう」
優男は鼻筋を抑えながらそう言うと、すぐに表情を変えて少女に封筒を差し出す
「はい、これ!お手紙ですよ。僕は帰りますが、また一月後。顔を出しますねー!面白いうわさ話を添えて」
優男、郵便屋はそう言うとくるりと身を翻して館を去った。
またしばらく少女モリの家には平穏が訪れるのであろう。
バカな考えを持ったものが現れない限りは