その師匠に愛はあるのか
「今日、あなたには体力作りのためにこれを引いて走ってもらいます。体力があって損するようなことはまずありませんから」
「あのー、師匠。これ拒否権とか、あります?」
「無いに決まってるでしょう。師匠命令です」
ですよねー。
「……師匠、これに乗ります?」
「当然です。都に着くまで、頼みますよ」
今、俺の目の前にある馬車があるから、これをひけってことなんだろうけど。
……馬車でいいのかなあ、これ。
人力車?
もしかしたら牛車かもしれない。
何でもいいや。
まあ、体力作りのために馬車をひくっていうのは分かる。
特に文句を言うつもりもない。
けど、師匠は昨日こんな物は持っていなかった。
きっと、ファンタジーお約束のアイテムボックスとか、四次元ポケ●トみたいな、便利空間を扱えるんだろうなあ。
と、何となく考察はしてみたけれど、別にこれが盗品ではないなんていう証拠はない。
大して興味がないから、盗品でも俺は構わないけどね。
まあとにかく、俺は師匠が馬車に乗り込んだことを確認してから、馬車の先についていた棒を掴み、持ち上げて歩き始めた。
……結構重いな、これ。
都ってどれくらいで着くんだろう。
うーむ、分からん。
というか、この世界に来てからずっとこんな調子な気がする。
あの詐欺神、何も教えずに俺をこの世界に放り出しやがったからなー。
ラノベみたいなことをしてくれたのは感謝してるけど、仕事の雑さは一生恨むぜ。
あーあ、めんどくせー。
「それくらい、我慢しなさい」
諭されてしまった。
俺、そんなに不満そうな顔をしてたのか。
いかんいかん。
にっこり笑顔を作らなくては。
「気持ち悪いです。普通にしなさい」
ハイ。
ていうか師匠、ノリいいな。
ツッコミに若干棘があるけど。
ついでに毒もぬってあるけど。
もっと言うと急所にグサグサ刺してくるけど。
さすが師匠。
ノリがいいなんていうレベルじゃなかった。
トドメ刺しにきてるぜ。
とか、どーでもいいことを考えてみる。
軽くボケてみたけど、師匠のツッコミくるかな。
わくわく。
わくわく。
「……あなたは私のことを何だと思っているのですか」
超絶美少女で陰陽師で人の心を読める完璧超人だと思っていますがなにか?
「……はあ。そんな目をしてもツッコミはしませんよ。諦めて下さい」
否定はしないんだな。
ところでさ、師匠。
さっきからすげーナチュラルに心読んでない?
ナチュラル過ぎて気付くのが若干遅れたんだけど。
最初は顔の表情見てるだけかと思ったけど、流石にそれだけじゃないだろ?
「陰陽師の技の一種です。制限は多いですが、便利ですよ。あなたもそのうち出来るようになるかもしれませんね」
へー。
やましいこと考えたら、一発でバレる?
「はい。もちろんです」
マジかー。
いや別にさ、師匠のことをエロい目で見たりはしないけどさ。
やっぱり俺も男だから色々考えるかもよ?
「……そんなことでいちいち動揺するわけないでしょう。バカですか? バカなんですか?」
ちょっと心配しただけでボロクソ言われた。
……泣いていい?
「ダメです。私としては、そんなことよりも、『この世界に来た』や、『詐欺神』といった言葉の方が気になりますね」
そういって、師匠はにっこりと笑いながらこっちを見てきた。
……目は笑ってないけど。
無表情な師匠の笑顔を見る最初の機会が、こんな形になるとは。
なんか悲しくなってきた。
にしても、やっぱりそれも聞かれてたかー。
アホなことを考えて誤魔化したつもりだったんだけどなー。
失敗かー。
「あんなもので誤魔化せると思われていたとは、私も舐められたものですね。私への態度もあまり良くありませんでしたし、少し教育をしましょうか?」
いやホント、勘弁してください。
多分それ、“ 下手をしたら死ぬ、下手をしなくても死ぬ” とかいうレベルでしょ?
俺まだ死にたくないよ。
つか師匠、怖いって。
なんか黒いオーラみたいなのがモヤッて師匠の周りに出てるし。
これが殺気というやつか。
ってふざけてる場合じゃない。
平気に見えるかもしんないけど、今俺結構ビビってるからね?
足がガクガク震えてっからね?
「あなたは本当に、能天気ですね。それだけ危険を感じたのなら逃げ出してもおかしくありませんよ? 殺される可能性だってあったんですから」
師匠がため息を一つつくと、師匠の周りの黒いモヤモヤが消えた。
……それにしても。
あの黒いモヤモヤ、さっきは冗談で殺気とか言ったけど、本当に殺気だったのかもしれんな。
威圧感がすごかったもん、あれ。
いや、これ危ないなー、とか死ぬかもしんない、とか思ってたよ?
けどさ、ここで師匠から逃げても多分俺、野たれ死にするだけだし。
だったら師匠に殺される可能性があってもここで粘った方がいいかなー、って思ったんだよ。
あ、ちなみに能天気なのは生まれつきです。
もうどうしようもないので諦めてください。
俺も諦めました。
そう俺が言い切る(言ってはないけど、師匠は心が読めるのだからこれで良いだろう)と、師匠に疲れと呆れが混ざった視線を向けられた。
気がする。
気がするだけだけど、ため息が聞こえてきたから多分間違ってないだろう。
……師匠、ため息多いなあ。
誰のせいだろうね。
「間違いなくあなたのせいですね。……普通はここに残った方がいいことに気が付いても逃げ出さずにはいられないと思うのですが……。あなたの能天気さがあってのことなのでしょうね」
せっかくの異世界なのに死んでたまるか。
陰陽師の技もまだ使えないのに。
つか、能天気ってあんまり言わないでほしい。
俺のガラスのハートが割れちゃうから。
「……で、詐欺神、というのは一体なんなのですか?」
スルーですかそうですか。
っていうか、まだ忘れられてなかった。
さすが師匠、いい記憶力してますねコンチクショウ。
やっぱり誤魔化すのは無謀だったか。
……こういうのが、態度が良くない、って言われる原因なんだろうなあ。
まあ、詐欺神ってのはあれだ。
俺を騙した神様のことだ。
「はぐらかさないで欲しいですね。あなたが私をはぐらかすのなんて100年経っても無理でしょうから、やめた方がいいですよ? 無謀だと分かっているのでしょう? ……それに、どうせ大したことではないのでしょう?」
まあ、無理だろうね!
けど、足掻かないと何かに負けた気がするから足掻いてみる。
「あなた、さっきその無駄な足掻きのせいで死にかけたって分かって言ってます?」
がっつり分かったうえで言ってます。
酷い目に遭いましたよ。
尚、後悔は全くしておりません。
「むしゃくしゃしてやった。反省も後悔もしていない。寧ろもう一度やらかしてしまいたい」
「……いきなり、何を言い出すんですか。頭大丈夫ですか?」
まあ、詐欺神のことに話を戻すけどそんな大したことじゃない。
魔法を教えてくれるって言ってたくせに教えてくれなかったからそう言ってるだけ。
ただの約束破りだよ。
そもそも、俺と詐欺神にゃでっかい格差があるわけで。
その差を分かったうえで俺と約束して、一部とはいえ守ってくれただけで儲けもんだよ。
……まあ、あっちにそのつもりはなかったのかもしれないけどね。
っと、また話が逸れた。
なんで俺はすぐ話をそらすんだろうね?
「知りませんよ。強いて言うのなら、あなたに落ち着きが足りないからじゃないですか? ……ああ、 また話が逸れました」
師匠、それ結構核心ついてます。
……どこまで話したっけ?
「あなたが実は魔法を教えてもらっていない、っていうところまでですよ?」
やっべ。
そういえば魔法を使える、とかいう設定作ってたな。
嘘なの、ばれたか。
「とうの昔に気付いてましたよ?」
ま、だよねー。
俺の嘘くらい、簡単に見破れるよねー。
まあ、いいや。
この世界に来たってのは、そのままの意味だよ。
別の世界からこの世界に移動してきたってこと。
多分、師匠が聞きたいのはそういうことじゃないんだろうけど、聞かんといて下さい。
ぶっちゃけ細かいこととか全く分からんからな!
な?
大したことじゃなかっただろ?
「……はあ。ほんっとうに碌な情報がありませんでしたね」
いや、そんなこと言われたってねえ?
詐欺神がその気になれば多分、俺なんかいつでも殺せるだろうし。
そんなの相手に情報収集とかちょっとシャレになってないからなあ。
「今度からは殺されそうなラインぎりぎりまで情報収集はしておきなさい。情報は大事ですよ?」
うわあ、無茶苦茶言ってるよ、師匠。
そんなライン、分かるかっつーの。
……まあ、やってみるけどさ。
「意外と思い切りは良いのですね。もっとグダグダと文句を言うか、尻込みするものと思っていました」
まあね。
多分、この世界ではそれくらいできないと死ぬんだろ?
師匠が最初に教えるのは心構えってよく聞くし。
……そういえば異世界移動のこと、結構あっさり流されたな。
冗談で思っていたことが本当になるとは。
ところでさ、師匠。
都ってあとどれくらいで着くの?
一日移動したぐらいで着くような距離ではないことを頭では理解していても、聞いてしまう。
話のネタがないのも理由の一つだけど、それ以上に足が疲れてきた、ってのがある。
体力作りなんて疲れてなんぼだけど。
「えっ? 都ならもう見えていますよ?」
えっ。
そんなに都って近かったのかよ。
つか、もう見えてるってどういうことだ?
……もしかして、あれのことか?
汗を腕で拭いながら、目を凝らしてよく周囲を観察すると、不自然にとんがったものが見えた。
見れば分かる話だけど、師匠曰くこの辺りは土地が平坦で、特に視界を遮るようなものは無いらしい。
それなら、ある程度の高さがある建造物ならこれだけの距離があっても見えても良い、都ならそれくらいあるだろうと、さっきまで思っていたけれど。
考えてみれば、そんな遠くからでも見えるような高い建物とか、あるわけないよな。
ファンタジーな世界だからな。
いや、ファンタジーな世界は科学が発展してないってのはただのイメージだけどさ。
まあなんにせよ、都が見えてきたのならこの体力トレーニングも今日で終わりだな!
今日始めたばっかりだけどね。
ダメだな。
根性が無いのは俺の悪いところだ。
まあ、直そうと思って直せるもんでもない。
と、俺は思うんだけどそこんところ師匠はどう思う?
「どうでもいいですね。根性があろうとなかろうと、そんな物は関係ありません。無理やりにでもやらせれば良い話ですから」
……左様で。
うん、いやまあ、俺が甘ったれてるだけなんだけどね。
っつーか、都の周辺だってのに、何にもないな。
都っていうぐらいだから、てっきり村が周りにたくさんあるものだと思っていたんだけどな。
せっかくの平らな土地なのに、何でだ?
「説明が面倒くさいから、そのうち機会があったら説明しますよ」
……それ、ついこの間も似たようなことを詐欺神に言われたんだが。
俺の周りにはものぐさが多いのか。
前世のときからそうだった気がする。
俺も含めて、だけど。
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そんなこんなでやっと都の門の前に着いた。
時間は……分からないけど、空はもううっすらと赤みがかかり始めている。
急いで良かった。
師匠と会話をしながらのんびり歩いていると、師匠に、
『このまま都に着く前に夕方になれば、また野宿ですかね。……私はあまり、野宿はしたくないのですが。あなたはどうですか?』
と、にっこり笑顔で見つめられたのだ。
師匠だって、俺の問いかけに親切に答えてくれたくせに。
とは考えてはいけない。
多分、考えた瞬間、何かが終わる。
だって、師匠は心が読めるから。
俺だって、もうあの野宿はしたくない。
ついでにいえば、師匠を怒らせるのが怖かった。
というか、こっちの気持ちの方が走る原動力になった。
まさか、たった一日の間に二度もあんな怖い思いをするとは思わなかった。
師匠、怖すぎっす。
と、益体もないことを考えていると、師匠が戻ってきた。
都に入るのに手続きが必要とかで、なんやかんやをしに行っていたらしい。
これでも短く済んだ方なのですよ、と師匠に説明を受けながら、俺たちは都の門をくぐった。
場面転換、意外と難しいですね……。
もっと精進しなければ。